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13.コレットという少女

コレットとしての朝は早い。

丁寧な暮らし、とでも呼ばれる理想の朝を実現する。


観葉植物と草花への水やり、花瓶の水替え、掃除、洗濯…


全てを終えたら次は朝食の準備に取り掛かった。

パンは既に焼かれたものを焼き直すだけだが、自家製の野菜出汁にソーセージや野菜を入れたミネストローネ、オリーブオイルと塩で簡単サラダ、とろとろオムレツが食卓に並ぶ。


悠々と食事を済ませて朝光を浴びながら仕事へ向かう。


王都の大通り沿いで仲の良い夫婦が営む小さな花屋。

そこがコレットの仕事場だ。


「おはようございます!」

「おはよう。今日も元気だねぇ」

「今日もよろしくお願いします」


挨拶は溌溂と元気に。

それだけでも人に好印象を与えられる。


「いらっしゃいませ!気になるお花がございましたか?」


それは接客業にも適応される。


軒先に飾られた見頃の花々。色鮮やかなそれらについつい目が吸い寄せられてふと足を止めるのだ。そこへにこやかに声を掛けられて無碍にする人はそう多くはない。

特に、平日の昼近い時間に出歩いている富裕層の御婦人は。


「ええ。この花が目に留まってね」

「こちらはトルコギキョウで花びらの色で様々な花言葉があるんですよ。白色には『永遠の愛』や『思いやり』、こちらのピンク色ですと、『優美』といった意味があります」

「まあ!こんなに可愛らしい花なのにとても雄大ね。少し包んで頂けるかしら?」

「ありがとうございます!少々お待ちください」


要望に応じた花の知識で懸命に働く少女の役を熟す。


右眼のすぐ横に黒子がある。ふくよかさは富の象徴だ。特別な日という訳ではなさそうだが、衣装も絢爛華麗だ。着道楽なのだろう。

客の観察をしながら手早く包装して花束をお渡しする。


大事そうに花束を抱えてトルコギキョウを揺らしながら去っていくのを、頭を下げて見送った。

手入れや掃除をしながら客を捌いていく。


「お兄さん、この前はありがとうございました。恋人さんは花束気に入ってくれた?」

「コレットちゃん!それはもう喜んでくれてたよ。また選んでもらおうかな?」

「その時は是非!」


接客した人をひとりひとり記憶しておく。そして同じ温度感で会話をする。それだけで人は気分を良くして財布のひもを緩ませるのだ。


少女はひと月もしないうちに違和感なく王都に溶け込んでいる。






大通りから外れた裏路地を抜けた先には雰囲気のいいお店がある。


『憩いの場』


このお店は最近仲良くなった友達に教えてもらった。美味しいだけでなく、価格がお手頃で最近はここにばかり通い詰めている。


「さて!何食べよっか!」

「どれにしようか何回来ても悩むよね」


目尻を垂らしたコレットがメニュー表に釘付けになっている。


緩やかなカーブを描くキャラメルブラウンの髪が風にさらわれる。陽光に照らされて煌めく様は高貴なプラチナブロンドの様相を呈していて、光を透かすような瑞々しさのある新緑の瞳は無垢だ。


可愛らしく笑って接客する花屋さんの看板娘は年頃の男子に大人気だ。刺繍と料理が趣味で女性らしさをも兼ね備えた可憐な女の子を好きにならない男なんてそう多くない。


「私は決まったけど、ダリアは決めた?」


私に掛けられた声は鈴を転がしたよう。

非の打ち所が全くといって良いほどない。


「私はこれにする!」

「じゃあ、ヴェルさん待とっか」


注文を取りに来るまでに時間が掛かるだろうとお喋りに耽るためにメニュー表を畳んでテーブル脇に置く。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


心地よい低音と共にスッと現れたのは窓際の光が黒に近い濃紺の髪を照らし出す、異国風の褐色男性。アーモンド形の蒼の瞳は涼やかで薄く紅い唇にはどうしても目が行く。


心の準備なく至近距離の好み過ぎる顔に跳ね上がった動悸を抑える間にコレットが注文をしてくれる。

注文を反復した後、店主は厨房へと下がっていった。


「ヴェルさんいつ見てもかっこいい!彼女いるのかな?…いるんだろうなぁ」


過っても彼の耳に入らないように囁いた。


一人でこの店を切り盛りしている店主のヴェルさんこと、ヴェルベスト・ウェスタ―


私は彼目当てにここに通っていると言っても過言ではない。

同じようにヴェルさんを狙っている女性が水面下で苛烈な争いをするのは知る人ぞ知る事実だ。


「聞いてみたら?」

「それが出来たら苦労ないよ…!コレットはどうなのさ。この人が気になるとかさぁ?」

「…実は、恋人がいるの」


頬を桃に熟れさせて俯くコレットは恋する乙女そのもので。


「彼が王都にいるから引っ越して来たの」


もじもじとしながら続けられた言葉に興奮が湧き立って仕方がない。

花屋のマドンナを一体誰が射止めたのか。義務感を盾に根掘り葉掘り聞き出そう。


「誰だれ!私の知ってる人?!」

「…内緒!」


両手で顔を覆って隠すコレット。でも、赤くなったままの耳までは隠し切れていない。


揶揄ってみても彼女は頑なに話そうとしない。これだけ嫌がるのは始めてだ。事情があるのか、禁断の恋なのか。妄想が膨らんでいく。


彼女と話す時間は色々な一切を忘れて居られて心休まる。


「先にご飯食べちゃお!」


ヴェルさんによって料理が配膳されたことでこの攻防は一時停戦となった。

指と指を間からチラチラと深緑の瞳を覗かせてこちらを窺う。


揶揄われたくない。けど、食べたい。そんな思いがひしひしと伝わってくる。


「早く食べないと冷めちゃうよぉ?」


ひとりでその美味しさを堪能する。この店にはハズレの概念が存在しないのか、美味しすぎる。


ここの料理の素晴らしさを知っているから見ているだけは辛い。コレットはふくれっ面を露わにしてスプーンを手に取って、一口食べては瞳を輝かせてそこから少しも手を止めなかった。


一回の食事をここまで楽しめる女の子はやっぱり良い子に違いない。




だからきっと、隙間から見えた品定めするみたいな影のある瞳は見間違いだ。






「ピエールさん!こんばんわ」


相手の姿を視認できなくても見つけられる。一般人であれば真横を素通りするだろう自然さでも便利屋所属かつ魔導士には丸見えも同然だ。


「ネーロ。久シブリだね!元気にしテイルかい?」

「うん!結構楽しいですよ」

「ソレハ良かったネ!」


本日のピエールさんは激怒顔。怒りで血行が良くなっているのを表現してるのがポイントらしい。前回着用していた物より少し髪が逆立っていた。私でなければ見逃している。


「どうしたんですか?何かありました?」


平日の真夜中。昼間でも人が通らない裏路地。

この時間帯に行動を起こす者のほとんどは裏の住人だろう。


表の陽光の下で生活するネーロに今接触するのは何らかの不測の事態があった時だ。


「コレ。ルーラからお仕事」


突如として出現した封筒を空中で受け取り、時空魔法の異空間に仕舞う。


見上げた先にはもう誰の姿もなかった。

意識を逸らしたのはたった数秒。こちらの状況を把握してのことだろう。



次の瞬間。その裏路地には誰もいない。足音も痕跡もない。

暗闇はすべてを融かして葬り去る。

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