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12.監視者

誰かに監視されている。


このことに気が付いたのは昨日仕事から帰宅してすぐ。

現在進行形で何者かの視線を感じていても気づいていない風を装いながら、今日の新聞に目を通す。どこそこの貴族が急死したという内容の記事が一面を飾っていた。


ちょっとした話のタネにする為だけに新聞を流し見ていき、適切な視線移動と頁捲りで監視者を欺く。

脳内ではこの監視者について思考を巡らせる。


九分九厘、“調教の魔導士”ゼガロ・ベレディス・ヴァーストだろう。


彼は操作魔法を用いた動物を介する情報収集を行うが、最も得意とするは洗脳魔法による尋問だ。

捕まったら最後、骨の髄まで搾り取られること間違いなし。平時でも油断しているといつの間にか忍び寄られて手駒に堕ち、機密を抜かれると、他国にまで知れ渡っているほど。

便利屋としても、フィーリス王国の魔導士で一番厄介と謂える人物。


そして、ゼガロはジュリアスとエリアスの実父の可能性が極めて高い。


適性属性が似通っているというだけで推測した訳では決してない。

約半年前に受けた依頼でヴァースト侯爵家のタウンハウスに忍び込んだ際にふたりの肖像画が人目の付かない場所にひっそりと飾られていたことからほぼ確定ではないかと睨んでいる。それ以上に詮索することはしていない。


推測に誤りがあったとしても、次世代を担う魔導士・魔法使いを手放す、もしくは逃亡を余儀なくさせるような待遇になぜしていたのかは甚だ疑問だ。


(侯爵家で何があったのかは気になるけど、今は…)


現状打破を思案しつつ、テーブルに畳んだ新聞を置いて身体を魔法で操作して刺繍を進めていく。


ほぼ一日中ネズミを通して私生活を見られているので迂闊な言動は取れず、コレット役の仮面を常に張り付けた状態だ。

緊張感を抱き続けて心休まらないのは、思った以上の精神的苦痛を与えてくる。


このままではいつボロを出してしまうか分からない。早々に手を打つべきだろう。






少し期間の空いた十日ぶりにラインハルトを家に招いた。


嗜好は粗方把握してある。レパートリーから条件に合う料理を選択して操作魔法で身体を動かすだけ。


「痛ッ……!」


痛みを感じて確認した指先には血が滲んでいた。


「大丈夫か…?!」

「え、ええ…少し切ってしまっただけだから」

「すぐに手当てをしよう。救急用品はどこだ」


怪我をした私よりも慌てふためくラインハルトが何だかおかしい。

戦場を駆けて敵兵を薙ぎ倒したと恐れられる英雄とは思えない。


「ふふっ」

「怪我をしたのにどこに笑うことがある?」

「ごめんなさい。だって貴方が真剣なんだもの」

「当たり前だろう」


そっと触れられて慎重に慎重に包帯を巻かれる。

薄皮を切っただけで骨折でもしたのかと勘違いするくらいしっかりと固定されている。


「そこまでしなくても大丈夫よ?少し切れただけだから」

「傷口から膿んでは大変だ」

「大袈裟ね。それにこれじゃあ料理が作れないわ」

「…私も手伝おう」

「本当?楽しみ。騎士様のお手並み拝見ね」


大人しく治療された指はこういったことに慣れているのか丁寧な仕上がりだった。


「私は何をしたらいい?」


救急箱を片付けたラインハルトがキッチンへ立つ。

その似合わなさがこれまたおかしくて声を上げて笑ってしまった。




初心者と偽装上級者な二人では料理が完成するまでに紆余曲折が身に降り注いだ。

それもこれもひっくるめての料理だ。


「空腹で死にそうだ」

「そうね…。でもその分きっとおいしいわ」

「そうだな」


食前の挨拶を済ませて料理に手を付ける。


今日の献立はジビエ肉と野菜のスパイスグリル焼きと具沢山ポトフ、作り置きのピクルス、ガーリックトースト。


色付き過ぎたお肉やトーストの焦げ、煮崩れした野菜。これはこれで上手く出来ていておいしいと思う。


「うまいな。これは我が領の郷土料理なんだ」

「だから作ろうと思ったの。前に来た時に食が進むみたいだったから」

「そうか。ありがとう」

「どういたしまして」


嘘である。

便利屋には特殊趣味を持ち合わせる人物がいる。その人に開示請求したラインハルトのプロフィールが先日届いた過ぎない。


和やかな雰囲気で初めてのラインハルトクッキングの感想を言い合う。


食事を終えたらふたりでシンクに並んで食器を洗った。力加減を間違えてお皿を割ってしょげるラインハルトがまた面白かった。


落ち込む彼にデザートとしてカクテルフルーツポンチを出した。アルコール独特の香りがフルーツの甘い香りの中に漂っている。


「コレットは酒が好きなのか?」

「ううん。実は飲んだことなくって」

「そう、なのか…」


お酒を飲むのに年齢制限はないけれど、大人の飲み物だ。私はずっとそう言われてきた。

だからこれが初めて飲むお酒。



「何だか…ここ最近ずっと見られているような気がするの…。それがとても怖くって……」


フルーツを食べて初めての警戒をしていた。それが徐々に紅顔へ移り、動作が緩慢になっていく。


そう、お酒に充てられたように装ってしおらしく怯えるように縋るように上目遣いでラインハルトを見つめた。

お酒に飲まれるようなことは決してない。






魔導士塔の一角にて、ピンッと張った糸のような一触即発の緊張感が張り詰めていた。


遠巻きに成り行きを見守る魔法使いたちの中心には今にも襲い掛からんとするラインハルトと険しさの中に叱責の色を滲ませるゼガロが対峙していた。


「ゼガロ。何か申し開きはあるか」

「吾輩がか?ある訳なかろう」


硬い低音の、威圧。

それだけで魔法使いたちは委縮せざるを得なかった。本能に格の違いを刻み込まれたのだ。


「…そうか。ゼガロ魔導士は他人の恋人を監視する趣味があるようで」

「ふん。そんなことか。なればラインハルト・ガーディン・フォン・フィールズよ。貴様は庶民に現を抜かす暇があるようだな」


鼻を鳴らすゼガロには当然の責務を果たした姿勢を崩さず、欠片の罪責感もない。


「プライベートを侵害される謂われはないが?」

「一国の魔導士たる者が何という腑抜けか。貴様たった一人が毒牙に掛かり、反旗を翻すだけでどれだけの被害が出ると思っている」

「何故そこまで飛躍する?」

「吾輩は無用なリスクは回避すべきだと言っているだけだ」


“リスク”の言が癇に障る。


それではまるで。


「国民は信用に値しないと言うのか…!」

「そうだ。金を積まれただけで意見を容易く覆す。それが人間だ」


…確かに知っている、嫌というほどに。その醜悪さは貴族だろうと何ら変わりない。

それでも。


「…彼女はそれに当てはまらない」



私は彼女を信じたい。


「確証など、どこにもありはしまい?」

「私を裏切るとも証明されていないだろう」

「だが、可能性は高いだろう。高潔な貴族よりもずっとな」


自身の思想を盲目的に信仰する彼に何を言っても無駄だろう。

幾ら言い募ろうときっと届きはしない。


「…貴方の固定観念には頭が下がる」

「理解したようで何よりだ。これ以上話がないようなら吾輩はこれで失礼する」

「私は、貴方の思想を否定する」

「好きにするがいい」


ただの悪足掻きに捨て台詞を残して立ち去ったゼガロの背中を睨みつける。


結局自分は彼女を否定されたままにしか傍に置けないのだろうと、その未熟さに固く奥歯を噛み締めた。






多忙によりすぐにはコレットの許を訪問できないラインハルトは、手紙で以って真実を告げると共に謝罪をした。


それに目を通す間、私は盛大な溜息を何度も吐きそうになる度にどうにか堪え、視線の原因が分かってホッとするような、認めてもらえない現実に落胆するような一般的な反応をしておく。


そして、読み終えた手紙をいつものように丁寧に封筒へ戻し、引き出しに仕舞う。


ラインハルトがうまく事を運んでくれればと期待していたが、自己解決しないといけないらしい。

動揺を隠し切れない少女らしい演技で指まで切って高価な酒まで提供したというのに、これでは損しかしてないではないか。


もう違和感を抱かせるとか言い訳をせず、ボロを出してしまう前に自分で解決するに限る。


一応、ネズミの位置は魔法で常に把握済み。まずはネズミを目撃して恐怖に震える演技をして、捕獲器を購入・設置。あとは魔法で誘導し、駆除。


頭の中で算段を付けていくが、確実に相手へ違和感を残すことが不安要素だ。

それなのに消極的な対応しか出来ないのは結構なストレスを感じるが、放っておくより遥かにマシだ。


ゼガロを必要以上に刺激しないように時間をかけてじっくりネズミ退治頑張ろう。

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