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10.同族嫌悪か、はたまた…

フィーリス王国には白銀騎士団と白金魔導士団が存在する。


魔導騎士であるラインハルトは白銀騎士団が統括する騎士棟ではなく、まず白金魔導士団が統括する魔導士塔に出仕しなければならない。


しかし、王女殿下の護衛騎士としての職務を全うしているため、わざわざ魔導士塔に赴く必要性は皆無であった。ただ、ラインハルトという魔導士があくまで魔導士団に所属していることを示唆するためだけのポーズである。


無意味だと理解していようとも、この習慣に異を唱えることはしない。

不用意に騎士団と魔導士団の軋轢を生じさせるべきではないからだ。


「おはようございます。ラインハルト魔導士様」

「ああ。おはよう」


まだ早い時刻だというのに、魔導士塔の共同スペースでは多くの魔法使いたちが居た。


彼ら彼女らが私に挨拶はしても、私的に声を掛けてくることは殆どない。


騎士は誰でもなれるが、魔導士・魔法使いは違う。

才に恵まれた者のみ。

それが彼らのプライドの根底にある。


もちろん魔法を使用する騎士もいる。しかし、その殆どは戦闘直前に身体強化を施す程度の魔法しか発動できない。魔法使いに掛けてもらう方が余程効率的だ。

かくして、魔導士団員に遠巻きにされているのであった。


魔法使いの頂点たる『魔導士』でありながら、『騎士』としての職務を優先しているがために。


「ラインハルト!貴様、最近平民の女に随分とご執心なようじゃあないか!」


早朝から厭味ったらしい言葉を大声で吐き出した人物の方へ身体を向けると、そこには魔導士のマクシミリアン・ピューモス・ムーアがいた。


マクシミリアンは国王陛下から“沃壌の魔導士”の称号を賜る私の幼馴染。


土魔法の適性を持ち、地質変化を行うことを得意とする。土壌改良により我が国における作物生産量を激増させ、市井の生活水準を大幅に向上させた功績を持つ。そして、魔法使いによくいる典型的な権威主義者だ。


素晴らしい能力を持つ人物ではあるが、称号を笠に着ることが多く魔法操作が稚拙。

内に秘めたその可能性がとても勿体なく感じるが、彼からは常に敵意を向けられているためアドバイスも容易に行えない。


「何が言いたい」

「否定しないということはどうやら事実なのだな?」

「だから何だというのだ?」


マクシミリアンはニタニタと気味悪い表情を晒し、下品な笑い声をあげる。


彼に呼び止められた際に有益であったことは一度たりとてない。

いつもの如く魔法使いたちが脚を止めてなんだなんだと見物し始め、それにマクシミリアンはさらに気分を良くした。


「天下の魔導騎士様が平民に入れ込んでいるとは!誘惑が得意と観た。いやはや滑稽だな」

「…馬鹿にしないでもらおうか」


普段ならば適当に相槌を打つか、無視を決め込むか。

しかし、コレットのことを悪く言われて黙っている訳にはいかなかった。


「珍しいね。貴方様が反論するなんて」

「レイジェーン」


マクシミリアンの後ろに控えて様子を窺っていた“森羅の魔導士”がその煌々と明るい新緑の瞳を見開いていた。


レイジェーン・グロウ。


穏やかな性格の彼は植物魔法に特化し、マクシミリアンの能力が合わさる事で相乗効果を発揮する。先の功績も彼なしでは到底実現しなかった事だろう。


マクシミリアンと行動を共にするため衝突することも多いが、レイジェーンは私達と異なり、元平民だ。正面で威張り散らしている幼馴染よりは理解できるはずだ。


「恋人を貶されて、何故平静でいると思うのだ?」

「…貴方様が女性に夢中になるとは、意外でした」

「レイ!そんなことはどうでも良いのだ!その恋人とやらもどうせ貴様と同様つまらないのだろうな?」


勝ち誇った表情のマクシミリアンには今まで幾度となく貶されてきたが、これほどに憤怒を感じたのは初めてだ。


込み上げる感情のままに手が愛剣の柄へと添えられた。


「…この場で切り捨てられたいか」

「ハハハハハ!!!騎士は野蛮だな!言論を交わそうとは思わぬものか?いや、これは失礼した!魔導士団と違って騎士団は皆知能が猿以下であったな!」

「分別もつかないか」

「貴様とは違って俺様は天才だからな!」


本日のマクシミリアンは本当に人を煽るのが上手い。

それも、最悪な方向に。


「…もういい。そこに直れ」

「良いぞ?今一度魔導士とは何たるかをその身に刻んでやろう!」


共同スペースでやることではないと脳では理解しているが、感情が理性を振り切った。

偽りの姿でも、本当の恋人ではないとしても。




今は、今だけは。正真正銘、私の恋人だ。




沸騰する思考で私が抜刀すると魔法使いたちが悲鳴を上げ、あたふたと逃げ惑った。


相対するマクシミリアンは不敵に口角を上げてご自慢の杖を構える。

じりじりと肌を焦がす感覚に身を委ねて…。


「何の騒ぎだ!」


今にも襲い掛かろうと脚の筋肉に魔法を込め終えたタイミングで、凶悪顔を晒して怒号を響かせたのは魔導士、ゼガロ・ベレディス・ヴァースト侯爵。


あと数秒遅れていればマクシミリアンは軽傷で済んでいないはずだった。


(…間の悪い)


部屋の隅では魔法使いたちが恐怖から身を寄せ合い、委縮していた。

レイジェーンが周囲を睥睨するゼガロへ「いつものあれですよ」と告げ口をし、ゼガロの顔面の凶悪さが増した。


「吾輩に魔導士団の見本たれと何度言わせる?」

「…チッ」


小さく舌打ちをしたマクシミリアンにゼガロの眼光が鋭く突き刺さる。


「聞こえておるぞ!マクシミリアン・ピューモス・ムーア!」


怒号に肩をビクッと跳ねさせたマクシミリアンは不貞腐れた様子で踵を返し、そそくさと退室していった。

怒りの矛先は当然残されたもう一方にも向く。


「ラインハルト・ガーディン・フォン・フィールズ!貴様もだ。騎士としてではなく、我が国が誇る魔導士としての行動をとるように」

「…理解している」

「それで?今度は何だったのだ」

「ラインハルト様に恋人が出来たそうで」


レイジェーンの応答にゼガロは鷹揚に頷いた。


「そうか。それは良いことだ。ひとりでも多くその血を残すは吾輩たち魔導士の義務だからな」


魔導士に盲目的かつ厳格で高尚な精神を掲げるゼガロは相手が高貴な御令嬢だと思い込んでいるのだろう。


ラインハルトが何の能力も持たない平民と結婚することを王侯貴族が許可するはずがないのだから。

双方の認識の齟齬を正確に捉えているレイジェーンが苦笑を漏らした。


「それはそうかもしれませんが…。ラインハルト様。差し支えなければ、お相手はどのような女性なのかぜひお聞かせ願えますか?」


これまで浮ついた噂すらもほとんどなかった私に対して純粋に疑問なのだろう。

改めてコレットという女性を評するならば…。


「私の理想を体現するような女性だ。理想を鮮明にすればするほどに、彼女しか在り得ないと実感する日々だ」


記憶のコレットを想い、うっとりと甘く微笑んだラインハルト。


「かわいそ…」

「…同意だ」


そんな彼を尻目に険しい表情で溜息を吐くゼガロと頬を引き攣らせるレイジェーンがいた。


理想通りの女性。

聞こえはいいが、そこからほんの少し踏み外しただけで失望されることがほとんど。


しかも、相手は英雄と祀られる魔導騎士。


ラインハルトが悪し様に罵った日にはその女性の居場所はフィーリス王国内の何処にもないだろう。それが平民女性であれば街を追われ続ける。



レイジェーンが件の恋人へ憐憫を抱くその裏で、ゼガロは先の王女殿下とのやり取りを思い出していた。




「ラインハルト様に恋人がいるそうなのですが、それがどうやら一般の方らしくて…。その方への思い入れがわたくしには異様に思えてなりません。ゼガロ魔導騎士様。どうか、その恋人がラインハルト様の気持ちに沿う気が本当にあるのか、調べて頂けませんか?」


脳内で王女殿下の言葉を反芻しつつラインハルトを見遣ると、十年以上にも亘る期間の中で一度も見た事のない顔がそこにはあった。


(なるほど。これは確かに異常だ)


普段のゼガロであれば、「義務を負う魔導士が平民と番うことを断固として否定する!貴様は貴族としての誇りも忘れたかッ!」と力強くラインハルトを非難した事だろう。


しかし、直前に王女殿下に召集を受けて直々に命令を下されていたがために、敢えて無駄口を噤んだのだ。

その判断は結論として正しく、早急に調査すべきとゼガロは件の優先順位を引き上げる。


「貴様らの戯言に付き合っている暇は吾輩にはないのだ。失礼する!」


レイジェーンがラインハルトに恋人の詳細を聞き出そうと質問を重ねているのを遮り、ゼガロは自身に与えられた研究室へ足を向けた。

騎士棟と魔導士塔は誤字ではないので、ご安心を!

魔法使いって謂ったら作者の中では塔一択なのです!

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