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1.プロローグ

春風の心地よい、とある日の昼下がり。

路地裏の誰もが素通りしそうな日当たり悪い立地に、目的の店はあった。


外観は古ぼけた木造建築でさほどの広さもないだろう一軒家。フィーリス王国においてはありふれてはいないが、物珍しくもない。


そこを訪ねてきたのは、場違いにも身綺麗な格好に身を包んだ精悍な男性だった。

しかし、そのような一般的見解など歯牙にもかけず、ドアノブに手を掛けた。


扉を潜った先の店内は外観から推測できる域を出ない清潔さに、雑多なインテリアと薄暗い照明が室内全体を陳腐に見せている。


室内を一瞥したのち、迷いなく店番がいるカウンターへ歩みを進めていった。


「何用かね?」


顔以外をフードで覆った店番の老婆は、何が面白いのかニタニタとした不気味な笑みを零す。


「依頼を」

「何がお望みさね?金次第で何でもやるよ。うちは」


挑発するような視線を老婆は投げかけた。


「金なら幾らでも積もう。主人の婚約を円滑に遂行させて欲しい」


金貨を詰めた袋一杯をカウンターに音を立てて置く。それを大袈裟なほどに喜び勇んで中身を確認した老婆はいそいそと袋を回収した。


「ケケケッ!あんたの主人たぁ、ベレスディア・ローズ・フォン・バラズティエ第一王女殿下様だろう。もうすぐマッジシャーレの第二皇子に嫁ぐはずだが?」

「そこまで知られているのか…」

「便利屋にとって情報は食い扶持さ。ケケケッ!」


老婆は大きな仕事が舞い込んだことを確信してか上機嫌だ。


「ならば話は速い。早速動いてくれ。時間がないんだ」

「知ってるよ、そんなことは。ケケケッ!」


老婆はカウンターの下から紙束を取り出し、何かを確認するように捲っていく。


「…三日後のこの時間にまた来な。そん時にゃ、仕入れを完了させておくさね」

「…了承した。また来る」


仕入れとは何か。そんな疑問が脳内を支配したが、眉を顰めはしても言葉は飲み込んで店を後にした。


王家に忠誠を誓うはずの自分がここを利用すべきでないことを重々理解しているが、あの怪しい老婆の言葉通り期限がもうすぐ目前に迫っていた。

決断を下すには少々遅すぎたとも謂えるほどに。


監視を撒き、勇み参じた割に呆気なく追い返されたことに拍子抜けしつつも三日後の予定を頭の片隅に刻み、王宮への帰路に着いた。






「こりゃまた面倒だねぇ…」


扉が閉じられてから暫し。

先程までの上機嫌は何だったのかと問いたくなるほどのしかめ面の老婆がそこにいた。




ここは老婆の説明通り、金さえ積めば何でもやる店“便利屋”


その実態は裏社会を牛耳っていると畏怖されるほど強大な権威を持つ組織である。

責任者も従業員も、果ては建物に至るまでありとあらゆるものが気味悪く、信用ならないと噂される。


しかし、一点だけ。


引き受けた依頼は絶対に完遂するという事に関してだけは信頼が置けるのだ。

そこには尾鰭背鰭の付いた様々な噂が付いて回る。

やれ、魔導士だけで組織が構成されているだとか。やれ、王族の専属部隊だとか。



さて。どこまでが嘘で、どこからが真実なのか。



人々は今日も、厭忌を胸の内に秘めて店を利用する。

醜態を。憎恨を。難題を。

客は欲望や苦渋、憤怒等の激情を抱えて依頼を投げるのだ。






数少ない家具が配置されたシンプルな一室。


「…以上で説明は終了。何か質問はある?」


そこには妙齢の妖艶な美女の姿を取っているお師匠様のルーラが資料を片手に一方的な説明をしてくる。

内容はほとんどあってないようなものだったが、聞いておかないよりマシと取り敢えず耳を傾けていた。


「特にありません」

「ならあとはよろしく~。絶対に、何があっても依頼を達成しなさいよ?」

「はい」


返答に満足したお師匠様は話が終わったとなるや否やすぐに資料を手放し、退出していった。取り残された少女、ネーロはテーブルに広がる資料を取り上げ、再度目を通す。




依頼:ベレスディア・ローズ・フォン・バラズティエ第一王女殿下の政略結婚遂行


依頼主:ラインハルト・ガーディン・フォン・フィールズ


資金:不明


特記事項:不明




記載された名と概要に思わず大きな溜息を溢した。




ネーロはこの世界で『魔導士』と呼ばれる才覚を持つ少女だ。


世界には魔法を扱える者とそうでない者がいる。魔法を扱える者のほとんどは魔石と呼ばれる、魔法を発動するうえで必要なエネルギー、魔力が多大に蓄積された石を使用しなければならない。

それが“魔法使い”とされ、ネーロの住むフィーリス王国では総人口のたった一割しかいない。


そして、そのさらに上に君臨するのが『魔導士』である。魔導士は魔石なしに魔法を扱えるだけの魔力を保有する者達のことを謂い、一国にたった数人しか存在しない。


そのため魔導士という事実がひとたび世間に露呈すれば、国の庇護下という名の飼い殺しの未来が待ち受ける。


しかし、ネーロはフィーリス王家が関与しない組織である“便利屋”に勤めている。

それは“便利屋”という組織がその類まれな能力故に不遇を強いられる魔法使いや魔導士のセーフティーネットの役割を果たしているためである。


ネーロも幼い頃に親戚から王宮へ売られそうになっていたところを自力で逃亡し、お師匠様に拾われた経緯があるのだ。


されど、お師匠様はラインハルト・ガーディン・フォン・フィールズの依頼をネーロに押し付けた。

同類である魔導士からの依頼を。


しかも、ネーロの見た目は一目見て魔導士だと判断できる容姿をしている。


魔導士は魔力総量が膨大であるほどより黒を表す髪に、自身の適性属性を示す左右で瞳の色が異なるオッドアイ。保有魔力が少量な魔法使いも髪もしくは瞳にその適性属性の色彩を映す。


ネーロも例に洩れず、漆黒の髪に右眼が紫紺で左眼が黄金をしており、この色彩から瞬時に怪しまれることが確定している。


そして、通常一種か多くとも五種ほどの適性属性しか持つことのない中で、ネーロは魔導士随一の膨大な保有魔力に加えて全属性適性を誇る紛れもなき天才。


どこの国であろうと喉から手が出るほどに欲しい人材だった。




秘匿しなければならないという緊張感を張り詰めた状態で依頼に挑まなければならないことを再認識して、私は再度溜息を吐いたのだった。

新作です!宜しくお願い致します<(_ _)>

全21話です。


「続きが気になるぞ!」

「投稿はよ!」


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