メッセンジャーズ
その季節は、枯葉が足元に折り重なっている季節か、あるいは茹だるような暑さが身体に堪える夏の日の午後か、融雪が現れ始める季節か、風に舞う桃色が宙を踊り狂う季節か。今は遠い、私たちの記憶。
「ここは…どこだ…」
自分が置かれている状況が理解できず、困惑している。中学、高校と披露する機会は全く無かったが、練習教本内容は完璧にマスターしたドラムテクニックを武器に、今流行りの邦楽ロックコピーサークルへ足を踏み入れ、バラ色のキャンパスライフを謳歌するべく、サークル「(アルファベット3文字で下らない言葉を略語にした響きだけはかっこいいサークル名)」の新歓兼、登録会へ来ていたつもりだったが…何かがおかしい…このサークルはマンモス大学のマンモスサークルだとビラからは想像していたが、見渡す限り、いや見渡すまでもなく私を含めて4人だ、そう、この大学でサークルとして認められる最低人数の4人、しかも私を含めてのようやっと4人…名前も学年も知らない人たちと一緒に居酒屋の個室へ座って取り敢えずの一杯を選んでいる…
「いやーまさか新入生が来てくれるなんて思っても見なかったよ!祝サークル消滅の危機回避!ホントに嬉しい!私、なつな!宜しくね!とりあえずビールで良い?」
髪の毛が赤黄色い向日葵のような綺麗なグラデーションで染まっている、元気ハツラツを絵に描いた可愛らしい人だ、眩しくて目が潰れそう…
「お酒は…飲んだこと無くて…烏龍茶有りますか…」
「烏龍茶ね!オッケー!すみませ〜ん!ピーチウーロン1つ!」
何か聞きなれない烏龍茶の名前がしたが、多分おしゃれな感じの烏龍茶なんだ、そうに違いない。今の私は思考が回ってない、落ち着け、まずは素数を数えるんだ…1.3.5.7.9……
「夏それお酒だろ、ったく無理に飲ませるなよ、春が飲めなかったらお前が呑め、イッキな」
「雪ちゃんイッキはマズイって…春ちゃん、今から来るのはお酒だけど、飲みやすい部類のカクテルだから、飲めなかったら頂戴ね私が飲んじゃうから」
「秋は優し過ぎるんだよ、そこがライブでも夏の暴走を許している要因だぞ」
雪子と呼ばれているこの目がキリッとしていて、クールビューティーを平面から切りとって3Dプリンターで造形したかの様な整い過ぎなフォルム、藍色の目に黒髪ボブのタワワ(推定Dカップ)の方と、そして今にも寝そうな細目だが、そのほんわかとした雰囲気、毛先にかけて緩く巻かれた栗色の髪に同学科の男子が声をかけるが、天然過ぎて全く会話にならなそうなイメージの秋さん。この方たちが本日の会の全メンバーである…とは思いたく無い。とりあえず、会話の中で何とか名前は拾えた。漢字は勘だけど、季節にすると覚え易い。
「あのー、今更なんですが、ここのサークル名って…」
「サークル名?ビラに書いて無かったっけ?」
夏と呼ばれていた赤黄色い頭の推定リア充がガサゴソと胸の前で巨大な手提げを漁っている、その様子はさながら餌袋を漁っている猫の様、チュールをあげたい。
「また夏のことだから、名前も書き忘れたんだろ」
「夏ちゃん抜けてるところあるからねー」
「秋には言われたくない…」
「チラシ見つからないな〜…まぁいっか!ウチらのサークル名はずばり!ジャズ研究会、略してジャズ研です!ババン!」
「効果音、ださいぞ」
辻褄があった、完全に間違っている、全然ダサい3文字のアルファベットじゃ無いし、ジャズ研はそれで何の捻りもなくダサい…そもそも新歓で集まった部員が私含めて4人の時点でなぜ気付かない?
混乱と緊張、ここに居ること自体に多大な不安を覚え足が震える…登る吐き気に今にも負けそうで慌てて口元を押さえた、しかし、まだだ、確認しなければ…
「ジャズっていうとあのー」
「そっ!その!仲間と奏でるハーモニー、時に激しく、時に切なく、熱く楽器同士が交差するあの皆さんご存知のJAZZです!」
「じゃ、じゃあ今流行りのJロックなんかは…」
「そもそも、やらないな」
「春ちゃん説明の途中からオデコ机にめり込みそうになってるけども…大丈夫?」
夏さんが心配してくれているがこの衝撃に頭が上がらない…
「私好きだよー!Jロックー!あの悪口言い合ってー
、どちらかを蹴落とす為に罵詈雑言を相手に浴びせ、心を完全に折りにいくー!」
秋さんそれはラッパーだよ…
「それはバトルラップでjロックではないね…まーでもバトルラップの方がジャズっぽいって言えばそーだね!互いの音楽が入り乱れるっていう意味では!」
「ジャズで罵詈雑言は飛びかわないけどな」
「ジャズの真髄は即ち即興性!アドリブで何が起きるか分からない!混ぜて見るまで何が出来るか分からない、さながらごった煮カレーみたいな所が私は好きかな!」
「夏声デカすぎ、飲むとすぐ声張るのやめなよ、んでカレーの例えはそれで良いのか?」
目の前が真っ白になる。話の途中で運ばれて来たピーチウーロンと呼ばれる、全く何処がピーチか分からないただの烏龍茶を両手で包み、声にならない叫びをか細い声で振り絞った。
「実は…私、入るサークル、間違えました…」
頭を下げた時、グラスとの距離が縮まったが、なるほど確かに桃の香りがした。