夜勤族の妄想物語2 -5. あの日の僕ら・外伝~「10年」と「13日」~-
これは俺、「佐行 院」自身による10年もの片思いの話。
5.「あの日の僕ら・外伝~「10年」と「13日」~」
佐行 院@不燃ごみ
俺は昔から「13」という数字が嫌いだった、記憶があやふやだったが確か名画である「最後の晩餐」でも右から13番目に描かれていた「ユダ」が裏切者として称されていた様な気がした。しかしあやふやだとは言ったものの、実は俺も13歳の頃に「ユダ」と呼ばれていじめを受けていた記憶があるので正直言って「辛くない」と言えば嘘になる。
突然だが話は10年ほど前に遡る、徳島にある会社に入ったばかりの俺は研修を受けていた店舗で上司に呼び出された。
「今日女子が1人入って来るけん佐行、お前が仕事を教えてやってくれ。」
「はい、分かりました。」
正直言って口下手だった俺は不安で仕方が無かった、特に女性との会話が苦手だった俺は上司の言葉を受けてからずっと激しい頭痛に襲われていた事を覚えている。
「俺に、出来るだろうか・・・。」
ハッキリ言って教える様に言われた業務内容は難しい物では無かった、ただちゃんと会社の人間(いや先輩というべきか)として伝える事が出来るかどうかが心配で仕方がなかった。
「俺、この会社に入ってまだ1ヶ月なのに無茶な事を言うよな・・・。」
そんな事を呟きながら待ち合わせ場所に指定された店舗の入り口で待っていると会社の制服に身を包んだそれらしき女の子が歩いてやってきた、ただどう見ても様子がおかしい。
「あれ?あの子、ずっと後ろに手を回していないか?」
不自然に思えたが多分大丈夫だろうと思った俺は俺に近付いて来たその子に自己紹介をした、ただその子はその時も後ろに手を回していたので流石に気になった。
「佐行と言います、宜しくお願いします。」
その子の自己紹介は必要無かった、どうしてかと言うと苗字が書かれていた名札が他の誰よりも大きかったからだ。ただ後から分かった事なのだが名前は「波」(仮)と言った。
「あのさ・・・、さっきからどうしたの?」
聞いて良いのか分からなかったがこのままでは仕事が進まないと思った俺は意を決して波に質問してみた。
「エプロンが結べないんです、お願いしても良いですか?」
本人に依頼された事だったが周囲から見れば俺がセクハラをしていると思われるのでは無いかと不安になりつつも頼まれた通りにエプロンの紐を結ぶ俺、一応確認した時は「何て不器用なんだ」とぼやきたかった出来上がりだった。
「ありがとうございます、助かりました。」
屈託のない笑顔を見せる波、そのお陰で罪悪感は一気に吹っ飛んだ。
「行こうか・・・。」
俺のいた店舗は基本的に建物の2階が売り場部分となっていた為、1階が全体的に駐車場となっていた。今回の業務はその駐車場に散らばっていたショッピングカートの回収であった、至って難しい業務では無かったが時期的に暑かったのでハッキリ言って地獄だったから俺は早く終わらせたかった。しかし、女性の波には苦戦を強いられる仕事だった様だ。
「大丈夫?」
「お・・・、重いです・・・。」
俺も力に自信がある方では無かったがそれなりの手助けをする事に、ただ思った以上に時間がかかったから上司に激昂された事は波本人には言わない様にしていた。
-数か月後-
クリスマスを迎えた、俺は正直言ってこの時期が嫌いだった。街に蔓延るカップルが目障りで仕方なかったからだ。俺がいた店舗でも多くのカップルが買い物をしていた、ただ飽くまで相手は客なのでそれなりの対応をしていたが。
「いらっしゃいませ・・・。」
適当にその場をやり過ごしていた俺はバックヤードへと入った時に偶然にも波を見つけた、何となくだが似合っている様なそうでない様な・・・。
「石川(波)、一際目立ってんじゃん。」
「止めて下さいよ、勘弁して欲しいんです。」
そう、波はサンタ服を着ていたのだ。どうやら毎年その店舗では12月がやって来るとレジ係がサンタ服を着て接客すると言うのが習わしになっていたらしい。ただ波がスカートを履いている(と言って良いのか)様子を見て改めて波が女性である事を認識した、それをきっかけに俺は何となくだが波の事を意識する様になっていた。
それから数年後の話、俺には別の店舗で彼女が出来ていた。しかし心の何処かに波への気持ちがある事が理解されてしまったのか、俺はその年のクリスマスの数日後に別れを切り出されてしまった。ただ原因は自分にあると思った俺はあっさりと受け入れる事にした、それ以来俺はその店舗に近付かない様になっていた。どうしてかと言うと、実はその時には既に俺はまた別の店舗へと異動していたのである。この異動は俺にとって嬉しかった物だった様な気がするのは今だから言える事、そう、波と出逢った店舗だったのだ。
「アイツが・・・、いる訳無いよな・・・。」
全くもって期待していなかった俺は体の疲れと苛立ちを抑える為に店舗のバックヤードに設置されていた喫煙室に入った、そこには見覚えのある様な無い様な光景があった。
「石川、お前煙草吸うの?」
「はい、結構前から吸ってます。」
意外だった、正しく「人は見た目に寄らない」とはこういう物なんだと俺は実感した。
それから数か月後のある日、休憩時間が残り15分となっていた俺はため息をつきながら喫煙室に入ろうとしていた。
「仕方ない、1本吸って戻るとするか・・・。」
ただその時異変が起こった、喫煙室のスライドドアがなかなか開かない。俺が無理矢理こじ開けると中から波が倒れ込む様に出て来た。
「石川・・・!!石川・・・!!」
こんな事は初めてだった、どうするべきか分からなかった俺は自分の持っていた店舗内専用のPHSで他の従業員を呼ぶ事に。数分後、慌ててそこにやって来た数名の従業員達は至って冷静な表情でこう言った。
「救急車・・・!!」
確かに正しい判断だった、しかし波を助けたい一心だった俺はその従業員達に激昂してしまった。
「そんなんじゃ遅すぎます!!俺が連れて行きます!!」
今思えば正しい判断とは言えなかったかも知れない、これは後から聞いた話だがどうやら他の従業員が俺のいない間のフォローをするのが大変だったらしい。しかしその時の俺にはどうでも良い話であった。
俺は一先ず車を飛ばし、近くの大きな病院へと波を運んだ。駐車場の縁石に少しだけ乗り上げながら駐車した時、疲れが溜まっていた波は歩けなくなっていたので車椅子を借りる事にした。
「すみません、初診なんですけど車椅子をお借り出来ませんか?」
不自然な位に冷静だった俺は病院の受付係の女性に依頼して借りた車椅子を自分の車の助手席に乗せた波の下へと運んだ、正直それ程に必死になった事が今まであっただろうか。
「石川、車椅子に座れるか?」
同行してくれた受付の女性の肩を借りながら車椅子へと座り込む波、それから問診票を何とか書き終えて診察室へと入った。俺は診察室の前で待つ事に。
「アイツに病気でも見つかったらどうしよう・・・。」
恋愛小説のベタ展開の様な事があってたまるかと思った俺は椅子に座りながら必死に祈るばかりだった、数分後、波は車椅子に座ったまま診察室から出て来た。
「今から点滴する事になりました。」
「そうか・・・。」
医者の話によるとただ疲れが溜まっていただけの様なので何となくホッとした俺は波の乗った車椅子を押して処置室へと連れて行った、それから何分も何分もかけて波への処置が行われた(大袈裟な表現だったか)。
「もう入って良いですよ。」
看護師の許可を得た俺は波のいる処置室へと入った、何となくだが・・・、暑い・・・。ただ理由はすぐに分かった。
「私、寒がりなんです。」
下半身に毛布を掛けて貰っていたのでリアルさが伝わっていた言葉だった、その場においては主体とすべきなのは波だと思った俺は波本人に合わせる事に。
それから点滴を終えた波は歩ける位に回復していた、こんなに嬉しい事が今まであっただろうか。ただ少し心配をしてしまった俺は処置室の前で波に自分の携帯番号を渡す事に、波もそれに応じて自分の番号を教えてくれた(今だから言える話だが何となくラッキー)。
ただ会計の時にまさかの出来事が起きた、そう、波が保険証どころか財布も持っていなかったのである。
「取り敢えず俺が払っとくわ。」
俺はなけなしの金を近くのATMからおろして全額を支払った、そして店舗へと戻って上司へと報告する事に。
「佐行君、ありがとう。後はこっちに任せて業務に戻ってね。」
「分かりました・・・。」
俺は個人的に任せたくなかった、上司は会社の人間としてちゃんと責任を持って両親へと報告して迎えに来てもらうと言っていたがその時には既に波の事を放ってはおけなかった位に好きになっていたので心の中で気にしつつ業務へと戻る事に。
数分後、そんな中でとある店内放送が流れた。
「お呼び出し致します。当店の佐行さん、事務所までお願いします。」
俺が商品出しを放り出して事務所へと向かうと上司は俺にこう言った。
「石川さんのお父さんがお金を持って本人を迎えに来るから受け取ってくれるかな。」
「はい、了解しました。」
ハッキリ言って金などどうでも良かった、その時の俺は波が無事であってくれと願うばかりだったからだ。
それから数分後、店の裏に1台のミニバンが停まった。「もしや・・・」と思った俺はそのミニバンから降りて来た男性に話を伺う事に。
「すみません、当店の佐行と申します。恐れ入りますが・・・、波さんのお父さんですか?」
「そうです・・・、波はどうしていますか?」
何となく想像より老けている様に見えたその男性の目からは親心が満ちている様に見えた、気のせいなら良いが本人は必死だった。これは当然の事なのだろうか。
「ご安心ください、ご本人は今店の3階で休んでいます。」
俺は上司から聞かされていた通りにその男性へと伝えた、すると男性は安堵の表情を見せた。
「良かった、お金はどうしましょう。」
「一応俺が立て替えています、これがご本人の診察券です。これと保険証を一緒に病院へとお持ちいただくと7割が返って来るそうです。」
「分かりました、ありがとうございます。」
父親から全額を受け取った俺は業務へと戻る事にした。
それからは何事も無いまま数か月が経った、ふと俺が携帯を見ると波からメッセージが入っていた。
「呑みに行こう!!」
こんな事は初めてだった、まさか女の子から呑みに誘われるとは。夢にも思わなかった出来事に俺はすっかりテンションが上がっていたが深呼吸をして冷静に応じた。
「ああ・・・。」
ただそれから幾度となく波からメッセージが来ていた。
「なあ、いつ行くの?」
不自然に思っている人の為に解説をここで挟んでおくが、病院の処置室の前で座っている時に俺がこう言ったのが最初。
「俺らほぼ同期やからタメ口で話そうや。」
波はすぐに応じてくれた、一歩前へ踏み出せた気がした俺は本当に嬉しかった。
さて、先程の話に戻ろうでは無いか。あれからというもの、実はスケジュールが全く合わなかった俺達はなかなか呑みに行けなくなっていた、俺は社員で波はロングタイムのパート(いやバイト?)だから当然と言えば当然なのだが。ただ俺も本心では行きたくて仕方が無かった、だから何とか予定を切り詰めて時間を作った。
「そう言えば店ってどうするの?」
全くもって店探しをしていなかった俺は前もって予約をしておかないかと波に提案した。
「呑みに行った事ないから全く分からない。」
これは予想外の展開だったがこの時学生時代を思い出した俺は同期の女の子にメッセージを送って相談してみる事にした。
「突然ごめん、会社の人と2人で呑みに行く事になったんやけどオススメの店ってある?」
俺は「吞みの事ならこの子」とずっと思っていたのでその子を信用しきっていた、その子も俺の信用に答えてくれた。
俺はその子から勧められた店を波へと教えると、早速波が予約を入れていた。ハッキリ言って大きな店では無かったのだが少人数で呑むのにはピッタリと言える所だった。その店は酒も料理も「これを「1個」下さい」と言うと「1個」出て来る店だった、自分のペースで呑みたかった自分達には丁度良かったのだがそこで事件が・・・。
「バタン・・・!!」
突然長いもの短冊を食べた波が倒れたのだ、これは呑んでいる場合では無い。俺は必死に波の背中を擦っていた、ただ店の方から冷たい一言があり・・・。
「あの・・・、そういうのうちでは迷惑なので早く出て頂けますか?」
「すみません・・・。」
どうする事も出来なかった俺はやっと意識を取り戻した波を連れて店の外へと出た、あんまりいい思い出にはならなかった事を今でも覚えている。
ただこの事がきっかけで俺は波とちょこちょこ呑みに行く事にしていた、まさか自分に吞み友(しかも女の子)が出来るとは。
暫くして徳島駅の地下が大きな飲み屋街へと姿を変えた(確かそこで出て来たソーセージの大きさを見た波のリアクションが印象強くて今でも話のネタにしている様な)、県民にとっては気軽に飲みに行きやすくなったのは嬉しかったが俺個人には大きな問題があった。
「最寄り駅、遠いんだよな・・・。」
そう、徳島駅まで直接行ける列車が止まる駅が隣町にしか無かったのだ。学生時代、当時はいけない事だと思いながら本人が了承していたので祖母に最寄り駅へとちょこちょこ迎えに来てもらっていた(今は違うよ)。ただ俺は列車以外の方法があるのではないかと辺りを見廻すと近所の寺の側にバス停がある事に気付いたのでそれからはバスで徳島駅前まで向かう事にしていた、行きは安くつくが帰りは致し方なくタクシーで(高いんだよな・・・)。
さて、そんな事が何度も何度も続きながら話はやっと現在へと差し掛かる。確かこれは今の職場で共に夜勤をしている先輩のとある発言がきっかけだった様なそうでなかった様な・・・。
「今年のお盆は全員出勤が無いから佐行君、偶には楽しんで来たら?もしかしたらこれが最後のチャンスかも知れんよ。」
実は俺の勤めている会社ではお盆の時期での「全員出勤」が必須となっていた、まぁ商品の量が大幅に増える繁忙期だったので致し方無かったのだが今年は同僚として働く人員が増えたために俺は遊びに行ける事になった様なのだ。
ただその前に俺はある事を思い出した、実はその時には波が会社を辞めていたらしいのだ。かつての上司からその事を聞いていた俺は固唾を飲みながら先輩にこう告げた。
「じゃあ水曜日(火曜日の夜)、呑みに行くから何があっても呼ばないで下さいね!!」
俺は先輩に確約を付けた後に波へとメッセージを送った、応じてくれるかどうかは不安だったが。
「俺もどうなるかは分からんけど吞みがてら阿波踊りを見に行かんで?」
「絶対断られる」と思いながら返信を待っている俺にまさかの吉報が・・・。
「いいよー。」
シンプルではあったがどれだけ嬉しい一言だったか!!俺は興奮しながら何とか自分を抑えつけ、夜勤へと向けて昼間眠りについた(寝れんかったけど)。
それから8月13日火曜日(月曜日の夜)までの5日間は地獄の様な日々だった、流石はお盆と言った所か。特に最終日の障害は俺にとって大きな物だった、それを知るのは上司によって書かれたたった1枚のメモからだった。
「今日、〇〇君(最近出来た仕事の相方)が体調不良で休みです。」
「お盆の時期だぞ!!アイツ空気読めよ!!」俺は・・・、腹が立っていた!!
「何ィ!!」
ただ俺達が何かを言っても事態が急変する訳では無い、俺は取り敢えず予定より30分前から作業場で仕事を始める事にした。
何とか全行程を終えた時には終業時間の30分前となっていた、休憩を取れていなかった俺と先輩は共に休憩室へと向かう事に。そこでの話がまた楽しかった事!!
そして午前7:00、終業時間を迎えた俺は波に連絡を入れる事にした。ただ電話に出ない、お盆だからってまだ寝ているのだろうか。
会社からの帰り、俺は車で近所の寺の側にあるバス停へと向かった。様々な方法を用いて何とか徳島駅に向かうつもりではあったが「念には念」だ、ただその事が功を奏したらしく・・・。
「バス・・・、無いやん・・・。」
そう、実は休日やお盆期間中は徳島駅へと直接向かうバスが朝6:50に発車する1本だけだったので俺は愕然としていた。しかし方法が無かった訳ではない、俺は市役所へと向かうバスに乗り込んで列車の駅へと向かう作戦を立てた。ただ駅に入った俺はより一層愕然する事をその時は知らなかった。
「何だよ、この人だかり・・・!」
お世辞にも広いとは言えない駅の中は大勢の観光客でごった返していた、確か様々な国からの外国人も沢山いた様な・・・。ただ一貫して言える事が1つ。
「皆、マスクしてねぇな・・・。」
そう、新型コロナウイルスの感染者が増えて来たと言うのにマスクをせずにいる人々ばかりだったので正直言ってそこにいるのが辛かった。一先ず俺は駅構内に設置されていた液晶パネルを見てとある事に気付いた。
「バスあるやん、それにバス停今人少ないし!!これはチャンスやぞ!!」
思わず嬉しくなった俺はバス停へと走った、この行動はきっと正解だったのだろう。
「料金は330円です、降りる前に必ず用意して下さい!!」
バス停の側でボランティアか何かと思われる人がこう叫ぶのを聞きながら乗り込んだそのバスで無事席を見つけた俺はバスの中で外国から来た老夫婦が直立してふらふらとしていたのを見かけた、そんな中近くの大きな病院で俺の後ろの席に座っていたご婦人が降りて行ったので老夫婦の奥さんがその席へと座った。ただ未だに旦那さんは立ってふらふらとしていたので俺は思わず声をかけてしまった。
「Excuse me. If you are right, would you like to sit here?(すみません、宜しければこちらに座りませんか?)」
何を言っているんだ俺は、いくら教員免許と英検2級を持っているからって10年以上英語なんて話していないからたどたどしくなってんじゃねえか。
ただ旦那さんには断られた、しかしどうやらオーストラリアから来たと言うご夫婦には信用された(?)らしく声をちょこちょこかけられる様に。しかし中学高校、そして大学でも豪州英語を勉強していなかった俺は正直言ってチンプンカンプンだった。乗っていたバスに関する質問の殆どに「Sorry, I don’ t know.」と答えてしまった位だ、いつもは自分の車で移動をしている為に当然の事と言えば当然の事なのだが。その時だ、波からメッセージが来た。
「おはよう。」
よくある挨拶のメッセージじゃないか、ただ時刻は10:50頃になっていた為に俺はついこう返してしまった。
「もう既に「おそよう」だけどな。」
「何を言っているんだ、大好きな波からの「おはよう」だぞ。ちゃんと返信しろよ。この馬鹿野郎!!」
俺が心の中で自分にそう言い聞かせる中、また旦那さんが声をかけて来た。どうやらバスの料金の見方を尋ねているらしい。俺は何とかして説明しようとしたが上手く伝わらなかった、ただ思い出した事が1つ。
「料金は330円です、降りる前に必ず用意して下さい!!」
助かった、まさかあの言葉に助けられるとは。こんなに人の助言が嬉しかった事は無い。俺は手に330円分の硬貨を乗せて老夫婦に見せた、それを見ながら奥さんが小銭を集めていたが何処からどう見ても足らない。
「まぁ大丈夫かな。」
そう思いながら車窓からの景色を見ていると、再び旦那さんが俺に声をかけて来た。今度は料金の払い方を尋ねている様だ。俺は何とかして説明しようとしたが緊張して上手く説明出来なかった。
「Follow you.(君の真似をすれば良いんだね)」
ただ最終的に旦那さんがこう言ってくれたので何とかなった、しかし降車時にまさかの事件が。
「お客さん、ちゃんと用意してくれないと困るよ。」
後ろに沢山の客達が並ぶ中、その老夫婦は支払いに苦戦していた。心配になった俺は車外で様子を伺っていた、数分かかった後にやっと出て来た老夫婦は役立たずだった俺に笑顔を見せて来た。
「Thank you.(ありがとう)」
まさに「勿体ない言葉」だと思える言葉に対し俺はこう答えた。
「Don’ t mention it.(どういたしまして)」
これで本当に良かったのだろうかと思いながら老夫婦を見送った俺は駅の辺りをぶらつきながら波からの連絡を待った、ただこの猛暑の中歩き回れる訳が無かったので・・・。
「そう言えば・・・、「家の用事があるから合流は夕方になる」って言ってたな。涼しい所に行こうか、あまりお金もかけたくないし。そうだ、図書館に行って本でも読んで待っていよう。」
そう思った俺は近くのデパートの上にある図書館へと向かい、アニメでも人気の小説を手に取って読みふけっていた。おおよそ5時間位だったか。
俺が小説に釘付けになっている中、マナーモードにしていた俺の携帯にメッセージが1件。
「波かな・・・。」
少しウキウキしながら携帯を確認するとメッセージは母からだった、本人には悪いが正直言って「がっかり」。
「あんまり人ごみに行かれんよ、新型コロナウイルスがまた増えて来たけん。」
ただこの言葉が後で俺に大きな影響を与えるとはその時は知らなかった、そんな中で俺が2冊目の小説を読み終えた頃にはもうすっかり約束の夕方となっていたのだが波からの連絡はまだ来なかった。
「あいつにとって夕方って何時位の事を言うんだろうか。」
そう思いながら俺は図書館を出た、連絡にすぐ気付ける様にと携帯のマナーモードを解除して鞄に入れた。
実は俺には以前より憧れていた事が1つあった、「和服で祭り等に行く事」だ。家を出る頃に「部屋着で行っちゃ駄目でしょ」と言われたが俺自身はそのつもりで着ていた甚平を買ったつもりはなかった、俺は自分の思った通りに行動した。だからいつもは持ち歩かない鞄を持っていたのだ。
俺がバスを降りた時以上に多くの人でごった返していた徳島駅の構内で俺は波からの連絡を待ちながら何処で呑もうかと店を探していた、ただ何処の店も満席。
そんな中、やっと待ちわびていた波からの連絡が来た。
「今から家出る。」
「了解、何処で待っていようか。」
「どうしよう、駅の中で良いよ。」
「分かった。」
俺は言われた通りに従う事に、しかし駅の窓からまさかの光景が。
「うちの会社の連じゃねぇか。」
俺の会社は毎年、連(踊りのチーム)を組んで阿波踊りに出ている。その連の面々が移動しようとしていた、正直休みの時に会社の人間と関わりたくなかった俺は駅の地下へと逃げ込んで波にメッセージを送った。
「地下におる。」
「了解。」
その時俺は便を催したので急ぎトイレへと向かった、ある程度予想はしていたがトイレは混雑していた。ただ中の人は個室から出て来ようとはしない、トイレが空くのを待っていた俺の後ろにはまさかの行列が。
「すみません、俺「大」なんで・・・。」
俺がそう言うと後ろで「小」を待っていた人たちが流れ込んで来た、順番待ちで争いが起こっていた位だ。そんな中、やっと個室が空いたので俺は急ぎ中へと入った。
「助かった・・・。」
安堵の表情をしていた俺にもう1つ幸運がやって来た。
「着いたよ。」
「地下におる。」
そう、待ちわびた時がやって来たのだ。俺は波が駅の地上階から自分をすぐ見つける事が出来る様にと吹き抜けになっている場所へと向かった、ただ何処にいるかは分からない。
数分後、波の姿が見えた。悪戯心で敢えて地上階へと上がるフリをした俺に波が気付くことは無かったので、俺はさっと近づく事に。
「どの店に行く?」
「びっくりした・・・。」
驚きの表情を見せた波の顔は昔と変わらなかった、それを見た俺は何となくホッとした事を鮮明に覚えている。
波と合流してから一先ず地下にある店を見物した、やはり何処の店も満席だったので屋台の物色がてらメインとなる踊りを見に行く事に。
徳島駅前にある新町川橋の演舞場は既に人でいっぱいとなっていた、俺は何度も波と離れかけた。必死になっていた俺は「離れたくない」と手を延ばそうとしたが、「付き合っても無いのに何を考えているんだ」と言う気持ちにより自分を抑えつけていた。
屋台では沢山の食べ物や酒が売られていたが波は「後15分くらいは酒欲しくない、でも佐行さんは呑みだ」と言っていた。しかし最初の1杯は一緒に乾杯して呑みたいと思っていた俺は何も買わなかった。一通り屋台を物色した後、徳島駅の地下へと戻った俺達は空いている店をやっと見つけて着席した。俺はビール、波はサワーを頼んだ。
「美味いな・・・。」
「ホンマよ、しかもあたし酒とか数年振りなんよな。」
乾杯を済ませた俺達は肴を注文する事に、今回は「波が「俺の好きな人」であってほしい」という理由があったので俺は餃子を注文する事に。
運ばれた餃子を食べた波はやはり「俺の好きな人」だった、俺と同じで餃子の焦げた所にタレを付けない人だった事が本当に嬉しかった。
そこでの吞みを終えた俺達は再び外を歩き回る事に、やはりごった返していた人ごみにより何度も何度も離れ離れになりかけた。その回数が増える度に俺の辛さは増していった、ただ肉の串焼きと酒を売っていたある屋台のおかげでその辛さは一気になくなった。買ったばかりの缶チューハイを一気に吞まされたがそんな事はどうでも良かった、何となく波と楽しく話すきっかけが出来たからだ。
その屋台の近くに空いている場所を見つけたので俺達はゆっくりと話す事に、確かその時の波はラムネを飲んでいたっけな・・・。ただその時の俺の気分はまるで群馬で有名なロックバンドが出していた「綺麗な浴衣に身を包んで祭りに来ていた女性に対する男の恋心」を歌った名曲の様だった(権利的な事があるので歌詞等は出しません)、俺は本当にその曲が好きだった。
そして屋台のある通りを歩きつつ酔いが回っていた俺はタイミングを狙っていた、そう、ついに波に告白をしようとしていたのだ。ただ「この関係を壊したくない」という気持ちを持ちながらも少し暗く至って人が少なかった場所で・・・。
「俺、ずっと前から石川の事が好きだったんじぇ。」
言ってしまった、ハッキリ言ってその場から逃げたかった!!ただ波の返答は意外な物だった。
「私今看護師目指して勉強しようけん、今それ所じゃ無いんよ。」
俺は振られた、ただ波自身に会社を辞めたちゃんとした理由があったという事がわかった事が嬉しかった。
「そうか、頑張れよ。」
それから俺達は波の迎えの車が来ると言う場所へと向かった、その時どんな話をしたかを全く覚えが無い。ただただ気まずかった事だけは本当に覚えていた。
俺は波の父親や波自身が乗っている車が何だったかを覚えてはいたのだが、待ち合わせ場所には全く知らない白い軽バンが1台。
「これ。」
「そうなん。」
「じゃあね。」
「うん。」
簡単な会話を交わした後、波は数名の男性が乗っていたその車に乗り込んだ。俺はその男性達を信用すべきか分からなかった、しかし・・・。
「石川・・・、いや波をお願いします。」
そう思って車に乗っていた男性達に頭を下げた、いや、そうするしか出来なかったと言った方が良かっただろうか。
車を見送った後、俺は1人で数軒もの居酒屋で吞んでいた。そう、「ヤケ酒」である。呑みながら泣き崩れる俺の気持ちを察したのか、最後に吞みに入った店の店員さんがこう言って来た。
「そういう時もありますよ、また良い事ありますから元気を出して下さい。」
「また良い事がある」、昔この言葉を父からも言われたシーンを鮮明に覚えていた。確か、その時は・・・。
「そんな事あるかい、畜生!!」
と言って傍にあった石ころを蹴り飛ばしたはずだ、しかし今回は・・・。
「はい・・・」
何故か素直な返事が出た、きっとその時の俺は人の言葉に救われた気がしていたんだ。
タクシーで家に帰り、携帯を見ると波からのメッセージが1件。
「楽しかった、また行こう!!」
嬉しかった、あの店員さんにはどれだけ感謝してもしきれない気がした。ただ辛さもまだ残っていて・・・。
「うん・・・」
としか返せなかった。
この時、俺はある事を決心した。次は波から誘われるまで俺からは誘わないでおく事を。
もうこれ以上、「この関係を壊したくない」から・・・。
素直な気持ちで、「出逢って良かった」と思って欲しかったんだ。
「あの日の僕ら」に・・・。≪完≫
これは、俺の記憶を頼りに書いたほぼノンフィクションです。
※続きを含めた「完全版」は後日出版予定のkindle版にて・・・(多分)。