人類は魔王を「絶滅危惧種」として保護することにしました
永きに渡る人類と魔族の対立は、ついに終焉の時を迎えた。
個々の力は人類より優れる魔族であったが、人類の科学や魔法の進歩、そしてなにより数の増殖には太刀打ちできなくなり、徐々に追い詰められていった。
人類もまた攻撃の手を緩めず、魔族は一方的に駆逐され続け、とうとう魔王一人を残すのみとなった。
しかし、誰かが言った。
「魔王を倒したら魔族は絶滅してしまう。だから保護してやらないか?」
この意見は採用され、さっそく捕獲チームが結成された。
魔王は魔族の長に相応しい大魔法などで対抗するが、今の人類にとっては、蟷螂の斧に過ぎなかった。
弱体化魔法で弱らされ、催涙ガスで動きを止められ、緊縛魔法と超合金ネットの合わせ技で捕獲される。
捕獲された魔王は檻の中に放り込まれた。
縦3メートル、横3メートル、高さ3メートルの立方体状の檻。
床と天井があり、その二つを繋ぐように鉄格子が嵌められている。
これらには最新技術の粋が尽くされており、たとえ魔王でも絶対に破壊できない。
檻の内部では魔法を使えなくなる魔術的な仕掛けも施されており、魔王は檻の中では魔法を使うことはできない。
もちろん、これではただ閉じ込めただけである。保護したとは言い難い。
まず、毎日三回栄養液が檻の中に散布される。
これを吸い続ける限り、魔王が栄養不足になることはない。もっとも皮膚からでも吸収できる仕組みになっているので、必ずしも口や鼻から吸う必要はない。
さらにはもし魔王が怪我や病気になったら、即座に回復効果のある魔法光線が照射される。
これにより、魔王の健康状態は常に最高の状態で維持される。
最上級の魔族である魔王は外部からの刺激さえなければほぼ不老不死の生命体なので、魔王が死ぬことない。
つまり、魔王を半永久的に“保護”する仕組みが整ったわけだ。
『魔王保護園』なる施設が作られ、魔王はここで展示されることになった。
「魔王を見られる」「絶滅危惧種を見られる」と大勢の客が詰め掛けた。
「ほら、あれが魔王だよ~」
「うわ、本物は迫力が違うな」
「角生えてる、すっげえ」
「こいつがかつて人類の敵だったのか……」
「かかってこいよ、魔王!」
こうして見世物となった魔王。
最初のうちは檻を破壊しようとしたり、客に吠えかかったり、魔王としてのプライドからか反抗的な態度を取っていたが、笑いものにしかならなくなったので、そのうち魔王は大人しくなった。
自害を試みることもあった。が、すかさず回復光線で治療されてしまうので、魔王は自害もできなかった。
ならばと、魔王は檻の中で修行することにした。力をつければ、檻を破壊することも可能ではないかと。だが、魔王がこういった行為に及んだ場合、自動的に魔王に向けて弱体化光線が照射される仕組みになっている。強くなることもできない。
見世物にされ、外には出られず、自害もできず、自己研鑽もできない日々……。
魔王はいつしか檻の中でうずくまっていることが多くなった。
そんな魔王の姿は、勝者たる人類にとって格好の娯楽だった。
「このみじめで哀れな魔王を見るたび、私は人類を誇りに思う」
ある者は魔族を駆逐した人類の英知に酔いしれ、
「仕事をクビになったけど、魔王よりはマシだよな……気が安らぐ」
ある者は魔王の姿で自分を慰め、
「ちゃんと勉強しないと魔王みたいになっちゃうわよ!」
「やだ~! 勉強する~!」
ある者は魔王を反面教師に使った。
檻の中で寝転がり、身を守るように体を丸める魔王。
今や全てを諦め、思考すら放棄している。
魔王がただ生き長らえるだけの日々は、未来永劫続くものと思われた。
ところがある夜、扉が開かれた。
『魔王保護園』の一人の職員が、何重ものセキュリティを解除し、魔王がいる檻の扉を開けた。
彼の手で、魔王を保護する数々の仕組みも機能停止させられている。
その職員は右手に剣を持っていた。
「魔王、終わらせてやろう……」
職員の言葉に、魔王は涙を流す。
やっと解放される。笑顔を浮かべ、魔王は職員の刃を受け入れた。
……
その後、魔王を殺した職員は逮捕され、「希少生物を殺害した罪はあまりにも重い」と終身刑を宣告された。
極刑を望む声もあったが、「人類よりも劣る魔族を殺して死刑はおかしい」との声も上がったためである。
しかし、魔王という“娯楽”を損失させた罪は許されるものではないとして、終身刑という形に落ち着いた。
職員は現在、牢獄に収監されており、生涯外に出ることはないだろう。
そんな彼を、見世物にされていた魔王に同情的な立場を取っていた一部の人間はこう称えている。
彼は“勇者”だ、と――
完
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