孵り道
『よくぞ、来た』
そう言って俺の前に立っている老人は、いかにも神様といった感じで杖をついていた。
「え……。俺、どうなっちゃったの?」
突然のことにオロオロするばかりの俺に、神様は親切に教えてくれた。
『おまえさんは死んだんじゃ。会社からの帰り道に、アホなトラックに轢かれての』
「え……。じゃ、転生?」
ワクワクしながら、俺は聞いた。
「俺、転生できんの? わぁい。異世界は美女と無知蒙昧でいっぱい?」
「そのような呑気なものではない」
神様の顔は、厳しかった。
「いわばここは天国と地獄の分かれ道。もっと気を引き締めたほうがよいぞ」
そう言われて辺りを見回すと、確かにのんびりとした雰囲気じゃなかった。不気味な河原にタマシイみたいな形の玉石がいっぱいで、白い靄が立ち込めていて、ハイファンタジーというより和製ホラーな雰囲気だ。
神様は、言った。
「おまえさんにはニワトリに転生してもらう」
「えっ? 嫌だ!」
俺は即座に声をあげた。
「次も人間にしてくださいよ!」
「運命なんじゃ。誰にもどうすることもできん」
そして河原のむこうを指差した。
「あそこから道が三つに分かれておるじゃろう? あのうち、どれか一つだけが、たまごから孵る運命に続いておる」
「どれかを選べということですね?」
道は森の入口から始まり真っ暗な奥へと続いている。目を細めて、その見えない奥を眺めながら、俺は尋ねた。
「……もし、間違った道を選んだら?」
「バッドエンドじゃ」
厳かな声で神様は言った。
「おまえさんのタマシイは二度とこの世に蘇ることはない」
「じゃ、選びますよ。行ってきます」
俺はサッサと玉石を踏んで歩き出した。緊張感はあったが恐怖はあまりなかった。どうせ間違った道を選んでしまっても大したことはないという気がしていた。どうせ正しい道を選んでも、俺はヒヨコとして産まれてしまうのだ。どのみちバッドエンドという気がしていた。
川の上を歩いて渡り、分かれ道の前に立った。奥はほんとうに真っ暗で、三本の道はどれも同じように見えた。
「じゃ、右だ」
完全に運と勘任せで、俺は右の道へ足を踏み出した。
すぐに景色が変わった。
俺はプラスチックケースの中で、バラバラになっていた。
「な……、何、これ!?」
俺は叫んだが、誰にも聞こえていないようだった。
周囲には人間が何人もいて、みんな綺麗なよそ行きの格好をして徘徊していた。
彼らを眺めていて何となくわかった。ここは観光地の、お土産用のお菓子売り場だ。そして俺は──
「ねー、見て見て! ひよこのお菓子! 試食してみよう!」
女子大生らしき三人組がそう言って俺を指差しながら駆けて来た。
そう、どうやら俺はひよこ型のお菓子に転生し、試食コーナーのプラスチックケースの中にいるようだった。
女の子が俺をつまようじで突き刺した。痛みはなかった。
俺は彼女たちの大きく開いた口の中へ、意識とともに消えて行った。
(BAD END)
はっと気づくと、俺はまたあの分かれ道の前に立っていた。
いい結末だと思った。ひよこに転生できたし、最期もなんだか気持ちよかった。人様に喜ばれて最高の終わり方のように思えたが、バッドエンドだったようだ。
しかしループ能力でもあるのか、この世から消えてしまったはずなのに、またここに立っている。
「ま……、次こそたまごから孵る道を選んでやるか」
俺は真ん中の道を選び、歩き出した。
何かに点火する音が聞こえた。
俺のいる場所は薄暗かったが、白い殻を光が透かして、しろみに包まれている自分がなんとなく見えた。
たまごだ! 俺、たまごになってる!
どうやら正解の道を選べたようだ。あとは無事ひよことなって孵るのを待つだけだ。
そう思っていると、コン! という、何か固いものに打ちつけられる音が、振動とともに聞こえた。
パカ!
俺を包む殻が割られ、俺は落下していった。下では熱しきったフライパンが待ち構えていた。
「目玉焼きかよ!」
叫んだが、誰にも聞こえなかった。
「ぐああああああ!!!」
俺は全身をチリチリと焼かれ、蓋を被されたフライパンの上で、美味しい目玉焼きとなって意識は消えた。
(BAD END)
「はっ!?」
気がつくと、俺はまたあの分かれ道の入口に立っていた。
恐ろしかった。生きたまま身を焼かれる恐怖にまだ体が震えている。もうこれからトラウマで目玉焼きは食えないなと思った。
しかし考えてみればもう俺は一生目玉焼きを食うことはないのだ。これから一番左の道を選び、俺はニワトリに転生するのだから。
さっさとニワトリになってしまおう。そう思いながら、一番左の道へと入って行った。
目玉焼きにされた時と同じたまごの中だったが、今度は平和で温かかった。俺は母さんにしっかりと温められ、ひよことして産まれることが出来た。この世への孵り道を辿ることに成功したのだ。
俺はすくすくと成長し、立派な茶色い雄鶏となった。
みんな優しかった。狭い鶏舎にぎゅうぎゅう詰めで育てられるなんてこともなく、広い庭を俺はコッコ、コッコと歩き回った。
緑に囲まれた山の中だった。毎日ごはんに色んな穀物を与えられ、気持ちいい水浴びもさせてもらい、野良猫が入って来ないように金網で守られた平和な空間の中で、飼い猫の又三郎たちと仲良く遊びながら、楽しく日々は過ぎて行った。
「俺……、ニワトリになれてよかったよ。神様」
神様に聞こえているかはわからなかったが、星の綺麗な夜に、天に向かってそう言った。
ある日、お客さんがやって来た。
男の子を連れたヒゲ面のオッサンで、俺を見るなり、俺を育ててくれたオヤッサンに向かって、言った。
「コイツかい? 産卵箱のたまごを食っちまう悪い雄鶏ってのは」
「ああ。始末に負えねぇんでな。捌いちまうから、持ってってくれ」
「さぁて、からあげにするか、フライドチキンにするか……」
「パパ! ぼく、フライドチキンがいい!」
「いや、親鶏の肉は固ぇからな。かしわ飯にすっか」
オヤッサンが手斧を持った腕を、俺の首めがけて振った。
(HAPPY END)