第一話 始まり、出会い
――怖い…怖い怖い痛い痛い。何なんだ一体。何で僕はこんな目に遭っているのか。
目の前には訳の分からない言葉でがなり立てる大男。刻まれたのは痛みと恐怖。
見知らぬ街の人通りのない裏道で、僕は足が竦み体は震え、逃げることさえ出来ず地面にへたり込む。
「すみません。…すみません!許してください!…ごめんなさい!」
「??、 */-/*・、。 !!」 (あぁ!?何言ってるか分からねぇよ!いいから金出せや黒髪が!!)
血の気が引いた状態で再び懇願するも、今度は蹴られる。腹だけでは飽き足らず顔もか。
きっと言葉が通じたところで結果は変わらないだろう。小学、中学とイジメられてきた経験から分かる。
この男はきっと金銭を要求している、いわゆるカツアゲや恐喝の類。ただで帰すつもりがないのだ。
すれ違う際、肩にぶつかってしまった僕も悪いのだが、この手の人間は素直に引き下がってくれることはない。
金を渡すか、ヤツの気が済むまで暴力を振るうまで解放されることはない。
昨日は普通に就寝し、今朝起きたら知らない街にいた。今の服装もパジャマ代わりのトレーナーにジャージパンツで他には何も身につけていない。当然ながらお金もなく、あったところで、この見たこともない場所で円なんて役に立つのだろうか?渡せるものなど何もないのにどうしろと言うのだ。
「ぐっ!」
襟を捕まれ腹にもう一発。出せるのは初めから胃液だけだ。
この男はかなり暴力慣れしているのだろう。目に見える痕を最小限に抑え、手加減を加えることで精神を削ってくる。もう僕が金を持っていないことが分かったのか暴力を楽しんでいるらしく気絶もさせてもらえない。
――怖い痛い怖い。ヤツの何を言っているのか分からない言葉が。僕をいたぶり獰猛な笑みを浮かべる姿が。
一発殴られる度にイジメられた過去がフラッシュバックし、精神が摩耗する代わりに痛みが麻痺してくる。
一体いつまで続くのだろうか。誰か助けてほしい。もう声すら出せない。涙で滲んだ視界の先で、大男の肩に手が置かれた。ヤツの背後に誰かが来たようだ。
「~~~~~~~」 (おい、何があったかは知らないが暴力は感心しないよ)
「・:/+-。¥$!!」 (あぁ!?なんだァ?テメェ!引っ込んでろ!)
どんな会話が交わされているのか分からない。分かったことは大男が肩を中心に関節を極められ押さえつけられたこと、それを成した人物が何らかの正装のようなローブを纏っていて僕に優しげな笑みを向けていたこと。
そして何より助かった、助けてもらったのだということだ。一気に安堵してしまった僕はその場で気を失った。
◇ ◇ ◇
気がつくと僕は寝台に寝かされていた。脱がされた上半身には包帯が巻かれ、額には濡れた布が置かれている。痛みで火照った体に冷ややかな優しさが感じられ、助かった嬉しさで再び涙が滲んできた。
周囲を見渡すと、そこは六畳くらいの広さで石造りの部屋だった。今、僕が寝かされている寝台の他には机と衣装棚、そしてガラス瓶の底を敷き詰めたような窓が一つ。最初に起きた部屋でも思ったことで、逃げ出した後は気が動転していて考える余裕も無かったけれど、落ち着いて観察すれば、やはりここは僕が住む場所とは明らかに違うことが分かる。いや、はっきり言ってしまえば全てが異なる。人々が着ていた服も建築物の様子も時代の風景が異なる。
教科書レベルの知識で合っているならば、ここは昔のヨーロッパだろうか?それも違うかもしれない。
最初に出会った店らしきところにいた男も、僕に暴力を振るった大男も、助けてくれた男性も、英語でもドイツ語でもフランス語でもない言葉を話していた。とは言え僕はかろうじて英語のリスニングが出来る程度なので、現代だろうと僕にとって未知の言語はいくらでもあるのだが。
そんなことを考えていると再び頭に痛みが響き始めた。骨折や捻挫こそ無いが打撲は多く、思っているより重症らしい。今まで何度も謂れのない暴力を受けてきた僕だけど、今回のこれは中でも一番酷いものだと思う。
小中高生の暴力と比較するべくもないが、それを踏まえても大男の暴力は異常だった。金銭目的の恐喝もあったのだろうが、それ以上の何かを感じた。ヤツの睨み方には脅しとしての凄みの他に憎しみのようなものがあったように思える。理由も何も分からないので、これは考えても仕方のないことだろう。
◇ ◇ ◇
何一つ分からない状態で考え事を続けていても気分が落ちていく一方なので、もう一度休もうとした時だった。トントンとノック音がし、静かにドアが開かれる。入ってきたのは一人の少女だった。
肩にかかる程度のセミロングに緩いウェーブがかかった綺麗な白金色の髪。卵型の整った顔立ちをしており、大きめの目には澄み切った碧い瞳。若草色のワンピースの素朴さが彼女の魅力を一層引き立たせている。
一目見ただけで逆上せそうになったのは、きっと怪我をしている体で考え事をしたための知恵熱だ。
僕は小中学校ではいじめられっ子で友人が少なく、高校も男子校なので女子に免疫がない。だから熱に浮かされた状態で、こんなに綺麗な異人の少女を前にして戸惑うのは当たり前なのだが、知恵熱ということにしておく。
僕と目が合うと彼女は優しく微笑を湛えて語りかけてくる。
「------?」 (起きたのね。体の調子はどう?)
やはり何を言っているのか分からない。
「あ…その、えっと」
話したくて慌てて体を起こそうとすると上半身に痛みが走る。彼女は僕の体をそっと支え、再び寝かせてくれる。そのまま額に手を添えて様子を見た後、落ちてしまった額の布を置く。そのまま何かを囁くと、彼女の横に彼女の顔と同じくらいの大きさをした青い姿の少女が現れた。青い少女が布に触れると布に爽やかな冷たさを携えた水分が与えられ、その子は彼女に手を振り消えていった。ぼんやりとその光景に見惚れていると、
「~~~~?~~~~!」 (まだ寝ていなさい?おやすみ!)
彼女は何かを語りかけながら僕に笑みを返し、部屋を出ていった。
また一人になり、先程の優しくも異様な光景を思い出す。
彼女の美しさはともかく、あの青い少女は何だったのか。妖精?おとぎ話の世界にでも来てしまったのか?おそらく彼女は信じても良い人間なのだろう。だが、状況が状況だけに不気味で受け入れることが出来ない。
最早、僕程度では想像できる範疇を超えてしまっていた。考えることすら馬鹿らしくなってしまい、僕は再び目を閉じた。
第一話 了