9:なんだかんだで始まりました!!
緊張で顔を引きつらせる私の顔を、振り返って見たルドルフは、楽しそうに笑いだす。
「初めてワイバーンに乗った女性の騎士は、恐怖で青ざめるか、悲鳴を上げる。それなのにサラ様は景色を楽しむ余裕すらあったのに。これから挙げる婚儀でそこまで緊張されるとは。意外、意外」
「わ、笑い事ではないですよ! だ、だって、あんなに人が……」
「安心していいぞ、サラ様。あの群衆の前に出るのは、婚儀を挙げた後だ。ノア王太子様にエスコートされ、あの階段を降りる。そして馬車に乗り、宮殿まで移動だ。ノア王太子様が隣にいれば大丈夫」
な、なるほど。
そういうことなのね。
ということは、これからどこに着地するのだ?
「このまま神殿の裏手に着地して、秘儀の間に案内する。王族の婚姻は神聖なものだから、ごくごく限られた者を集めた状態でしか行われない。秘儀の間での婚姻の誓約が終わったら、そこを出て、各国の王族や大使が居並ぶ大広間を、ノア王太子様と共に歩いて行く。そこを抜けると、サラ様が言うコバルトブルーの絨毯が敷かれた階段を、ノア王太子様と共に降りていくというわけだ」
ルドルフは私の疑問に先回りして答えてくれた。
なんとなく状況が見え、安堵する。
「ではサラ様、これから降下するぞ。しっかりつかまってくれ」
「分かったわ」
クロッカスは神殿の上で一度大きく旋回した後。
建物の裏手の方へと、降下していく。
まさにジェットコースターで落ちていくような浮遊感に、さすがに悲鳴が漏れたが。
不思議と恐怖よりも、爽快感。
もしこれがジェットコースターで、降下の瞬間をカメラで撮影しているなら。
ちゃんと万歳笑顔になれる気がした。
「サラ様はきっと三半規管が強いのだな。悲鳴を上げたが、それは楽しそうだった。もしかするとサラ様は、ワイバーンの使い手になれるかもしれない」
神殿の裏手につき、無事地面に着地した私にそんな声をかけながら、ルドルフはクロッカスから私が降りるのを手伝ってくれている。
「ルドルフ様、サラ様は王太子妃ですよ! ワイバーンの使い手になんかしません!」
この、明るい元気な声は、もしや……。
振り返ると、そこには黒髪三つ編みで眼鏡の女性がいる。
淡いブルーのワンピースを着ているが、婚儀に列席するような正装ではない。つまり、彼女こそが、賢者アークエットが言っていたジョディでは?
「サラ様、はじめまして! 私はジョディ・アスターと申します。サラ様の専属メイドです。今日一日、婚儀の間、サポートをするよう、賢者アークエット様から申し付けられています。さあ、秘儀の間へ参りましょう。皆さん、お揃いですよ」
ジョディはそう言ってニッコリ笑うと、私のドレスの様子を確認し、手に持っていたブーケを渡してくれる。そしてルドルフに対しては「ぼっとしていないで、そのトレーンとベールを持って、一緒に来て! 違う、それじゃなくて、それ。そう。行くわよ!」と、かなり砕けた様子で話しかけていた。一方のルドルフも「はい、はい、かしこまり!」と気安く応じているので、打ち解けた関係のようだ。
こうしてジョディに先導され、ルドルフにロングトレーンとベールを持ってもらい、秘儀の間に向かう。神殿は上空から見ていた時から、「デカイ」と思っていたが……。実際に中に入ると、天井は広いし、廊下も広い。そして柱も太い! 樹齢300年ぐらいの大木みたいだ。
だが、とても静か。
等間隔で警備の騎士が立っているが、無音。
聞こえているのは歩いている私達三人の足音ぐらいだ。
そしてひたすら歩き続けた後に、両開きの扉の前でジョディが立ち止まった。
巨大な濃紺の扉には、王家の紋章である薔薇と白馬のレリーフ。さらに神殿のシンボルである星と月のレリーフもある。
「秘儀の間にいるのは、国王陛下夫妻と王太子様の兄弟、宰相、賢者、陸・水・空の騎士団長、そして精霊王様とその護衛の方のみです。中に入りましたら、そのまま王太子様のところまでお進みください。神官長がいらっしゃるので、そこで婚姻の誓約を交わし、婚姻誓約書にサインします。それで婚儀自体は終了ですから。あとはもう、言われるままに王太子様について歩いて行けば、問題ありません!」
「え、あの、もう賢者アークエットは中にいるのですか!?」
ジョディは「はい。サラ様がいらっしゃる15分ほど前には秘儀の間に入られましたよ」と、驚く私に対し、至極冷静に答える。多分、魔法を使って移動したと思うのだが。だったら私も魔法で移動でよくない!? もちろんワイバーンに乗れたのは楽しかったからいいけど。
それにしてもジョディもまた、賢者アークエットのように、後半がざっくりしているというか……。婚姻誓約書にサインが終わったら流れに身を任せろ、みたいな。
いや。
認識を改めた方がいいのかもしれない。
元いた世界の結婚式は、あの手この手で新郎新婦にお金を使わせるために、いろいろなことがてんこ盛りだった。だから何度も打ち合わせしてリハーサルも必要。でもこの“君待ち”の世界はもっといろいろなことがシンプルなのかもしれない。うん、そうだ。そうなのだろう、きっと。
私は基本的にポジティブシンキングなので。とりあえず前向きで目の前の事態に対処することにした。
「では、開けますよ」
ジョディの言葉に頷く。
聞いた限り王族と重鎮のみ。
人数はせいぜい十五人程度。
そこまで緊張する必要はない。
深呼吸して頷くと。
ジョディが片方の扉を押す。
すると内側に人がいたのだろう。
両開きの扉が開いた。
目の前にある祭壇らしき場所に続く通路。
距離は十メートル程度。
左右の背もたれのある長椅子には、予想通りの人数が着席している。
天井は高く、祭壇の後ろはステンドグラス。
神殿のシンボルである月と星を表現するステンドグラスからは、柔らかい陽射しが差し込んでいる。祭壇の周辺には、王家の紋章にも使われている薔薇が沢山飾られ、ここまで芳醇な香りが漂ってきていた。
そして――。
ほ、本物だ。
本物の、“君待ち”のノア・イル・ラックスが目の前にいる。
なんて、なんていう美しさなのだろう。
まず、晴れの日のこの衣装の清らかさ。
純白の軍服にスカイブルーのマント。
マントにはソーンナタリア国の王家の紋章である薔薇と白馬が美しく刺繍されている。そしてこの衣装をまとうノア王太子の美貌と言ったら……。
アイスシルバーの髪は、ステンドグラスからの光を受け、キラキラと輝いている。髪色と同じキリッとした眉毛に、長い睫毛。瞳の色は透明感のあるコバルトブルー。鼻梁の通った鼻の下の唇は艶があり、潤いを感じさせた。
乙女ゲーム“君待ち”シリーズで絶対的な人気を誇る攻略対象キャラだけある。
存在感も半端ないが、よく実体化できたと唸るしかない。
なにせ長身スリム、それなのに筋肉はしっかりあり、まさに黄金比を実現した体つきをしているのだ。それは二次元だからできることで、現実では……と思ったが、そこにちゃんと存在している。
すごい。すごすぎる。
しかもこの美貌で、文武両道なんて。
まさに全世界の女子の夢が詰まった、この世の至宝ともいえる男性。
それが、乙女ゲーム“君待ち”こと
『君のことを待っている~夢の扉を開けて~』の
ノア・イル・ラックスなのだ。
そしてこのノア王太子と私は、今から婚儀を挙げるのだ!
「サラ様、進んでください」
小声のジョディに促され、秘儀の間に入り、目の前のコバルトブルーの絨毯の上をゆっくり歩き出す。
柔らかい。歩き心地がいい。
先程まで歩いてきた大理石の床と違い、祭壇まで続くこの絨毯はふかふか。これならどんなヒールの靴でも足が疲れない気がした。チラッと横を見て、息が止まりそうになる。
精霊王が静かに着席していた。
ただそこにいるだけで、オーラがある。存在感があった。
まず目に飛び込んできたのは、その後ろ姿。サラサラのプラチナブロンドの長髪が見えた。まるで輝いているようだ。その輝く髪の下には、シルバーのマント。金糸の刺繍と宝石の飾りが施され、芸術作品のように美しい。すぐ横を通り過ぎる瞬間に、着ている衣装も見えた。
色はシルバーホワイトで、袖はゆったりとして、裾はくるぶしまである。元いた世界の聖職者が着る、アルバという衣装に似ていた。腰には繊細な銀細工と宝石が施されたベルトをつけている。チラリと顔の方を見ると……。
ああ、これが七色の瞳。
精霊王の瞳は、周囲の明るさにより、色が変わって見える。基本はホワイトゴールドだが、今はステンドグラスの明かりを受け、黄金色に見える。不思議な瞳だ。
パッと見ただけで美貌の青年と分かるが、鼻と口元はシルバーホワイトの布で隠されている。やはり確定で女性を魅了させてしまう美貌は、ゲームの設定通り秘匿されていた。
さらに。さらに。
攻略対象ではないが、陸の騎士団の団長と水の騎士団の団長の姿も発見した。その近くに賢者アークエットもしれっと着席している。
じっくり陸と水の騎士団の団長二人の姿も見たいところだが。祭壇が目の前に迫っている。祭壇の前には、真っ白な長い顎髭を蓄えた神官長が立っていた。白の司祭服に、金色の長方形のシルクのショールを、肩から羽織っている。
そしてノア王太子が、私の到着を待っていた。
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