8:空を飛んだ!
今、私は五感でいろいろなことに感動していた。
まず、空を飛んでいることに、心が震えている。
もちろん飛行機に乗ったことはあるが。
こんなに風を感じ、高さを感じることはない。
普通ならこんな状況。
絶叫して当然に思える。
だが。
高所にいる恐怖よりも、興奮が勝っていた。
爽快。気持ちいい。
ナチュラルハイな状態なのかもしれないが。
そして、怖さよりも気分が高揚しているその理由。
それは……。
ルドルフに抱きついているから。
これも大きい。
空の騎士団の団長であるルドルフは、本当に逞しい体をしている。戦闘ともなれば、このワイバーンに跨った状態で敵と戦うのだ。その際は時と場合に応じ、剣だったり、槍だったり、弓だったりを使い分ける。当然、手綱から手をはなすから、太股の筋肉が必要だし、弓を使うにあたり、腕の筋肉は勿論、体幹の良さも問われる。
全身にくまなく筋肉が必要となるし、ワイバーンに乗るにあたり贅肉は不要となる。ワイバーンからしたら、人間の体重なんてそんなに気にならないかもしれないが。戦闘時には甲冑や兜も身に着ける。乗り手の体重が軽いに越したことはない。だからこそ、贅肉はいらない。
その結果が、ルドルフのこの体だ。
決してゴリマッチョではない。
本当に無駄を削いだアスリートの体をしている。
この体にしがみついているのだ。
それだけでなんだか安心感がある。
筋肉フェチではないが、この体にはやはりスゴイと思ってしまう。
「サラ様、右手の下の湖。スワンレイクだ。美しいだろう」
言われた右手の下を見ると。
そこには空を映し込んだ透明度の高い湖が広がっている。
この湖はもちろん、“君待ち”をプレイしている時にも見たことがあるが……。実際に見ると、本当に吸い込まれそうな美しさだ。冬になると湖面が凍り付き、また違う景色を見せてくれる。でも夏の今は、本当に澄んだ美しさを見せてくれていた。
その湖のそばの、いくつもの国にまたがるウルクーナ山脈も迫力がある。夏の今でも残る頂上の雪が目に眩しい。その麓に広がるダークフォレストという森は、日中であるにも関わらず、薄暗く感じる。実際、その森の木々はブラックウッドという固有種で、葉も幹も黒のような緑色をしていた。だから上空からダークフォレストを見ると……。暗い影のかたまりみたいに見える。さらにこの森では、瘴気が発生することも多い。
そのダークフォレストと、河を挟み、隣接するのはロセリアンの森。精霊王が収める地で、緑豊かでとても美しい森だ。巨大な滝が見え、そこには常時美しい虹がかかっている。沢山の鳥が舞い、多様な動植物が生息していた。美しい精霊達が住まうに相応しい森だった。
「サラ様、ソーンナタリア国は自然も豊かで、食べ物も上手いし、気候もとても過ごしやすい。冬はぐぐっと冷えるが、その期間はわずか3カ月。それ以外は温暖で穏やかだ。産業も発展してきているし、これからますますよくなる。ただな。瘴気だけが、ネックだ。でも異世界乙女のサラ様がいれば、この瘴気にも打ち勝てるだろう。だから……頼んだぞ、サラ様。ノア王太子様と共に、この国で末永く幸せに暮らしてくれ」
突然しみじみとルドルフに言われると。
なんだか……急に嫁ぐ気持ちが高まる。
この国の王太子妃になるということは……つまりはそういうことだ。
……務まるのだろうか、私に。
一応、“君待ち”はやり込んでいるが。
自分がヒロインであるか分からない。
それに千里眼の力があるかも不明。
でも。
ここで務まらないからと、逃げるわけにもいかない。
千里眼の力がなくても。
私は“君待ち”をやり込んでいる。
パートで稼いだお金も相当つぎ込んできた。
大丈夫。きっと大丈夫。
それに。
とにかくまだここに来たばかり。
来たばかりでいきなり結婚だが。
元の世界に戻る気はない。
不倫夫の元へ戻りたいとは思わない。
せっかく20歳で美しい容姿も手に入れたのだ。
念願叶っての“君待ち”の世界に召喚されたのだから!!
腹を括ってやるしかない!
「ルドルフ、私はそのつもりよ。元いた世界に戻る気持ちはないし、このソーンナタリア国に、ずっと来たいと思っていたから。ルドルフの言う通り、素晴らしい国だと思うけれど、瘴気による被害があることも知っている。私がどれだけこの国のために役立てるか分からないけど、頑張ってみるわ」
「その言葉は……サラ様の本心か? 俺に嘘や建前を話す必要はない。本音で話してほしい」
……?
私は本音で話しているのだけど、嘘をついているように思えるのかな?
でもまあ、知り合ってものの数分しか経っていない。
そして賢者アークエットが召喚した異世界乙女というだけで、王太子妃に収まろうとしているのだ。胡散臭い。怪しい。そんな風に思われても仕方ないだろう。
「ルドルフが疑う気持ち、よく分かるわ。私はついさっき、賢者アークエットに召喚されたばかり。それに千里眼の力が本当にあるのか、自分でも確信が持てない。でも本当に、来たいと思っていたソーンナタリア国に来ることができた。ここにずっといたいと思うし、この世界で私を受け入れてもらい、生かしてもらいたいと思っているわ。ここで生きていけるなら、そのための努力は惜しまない。私自身の平和はもちろん、この世界の人々にとっても、瘴気がないに越したことはない。だから瘴気撲滅のために頑張りたいと思うわ。私ができることは、何でもするつもりよ。これは私の本音。何よりルドルフに嘘をつく理由なんてないでしょう?」
私なりの誠意を込めて言葉を紡いだつもりなのだが。
ルドルフは無言だ。
あー、好感度のハートは減ってしまったのだろうか。
そう不安になったのだが。
ルドルフの胸の前で握りしめる私の手を、ルドルフの左手が包み込んでいた。
突然のことに驚き、心臓が大きく反応する。
「サラ様は信じるに値すると思う。 とは違う。うん。大丈夫だ。サラ様なら」
「え、何!? ルドルフ、よく聞こえないところがあったのだけど」
「気にするな、サラ様。それよりも、神殿が見えてきた」
ルドルフの言葉に前方を見ると……。
これは……すごい。
白い大理石で作られた神殿が、陽光を受け白く輝いている。
その神殿の前の広場は、群衆で埋め尽くされていた。
神殿前の階段には、コバルトブルーの絨毯が、レッドカーペットのように敷かれている。
コバルトブルーは、ノア王太子の瞳の色だ。
「ね、ねぇ、ルドルフ。まさかあの正面の階段の、コバルトブルーの絨毯をのぼって行くの、私?」
私の知識で知る限り。
新婦の入場は父親などの親族がエスコートして新郎のところまで向かうはずだが。誰がエスコートしてくれるのだろうか? というか、そもそもエスコートはあるのだろうか。まさか一人ではないと思うが……。
あんなに群衆がいる前で神殿に入って行くのは……かなり勇気がいるだろう。
慣れないドレス姿だし、躓くのではないか、私。
血の気が引く思いの私にルドルフは……。
本日公開分を最後までお読みいただき
ありがとうございます!
次回は明日、以下を公開です。
夜更新お休みで昼更新になります。
朝8時台「なんだかんだで始まりました!!」
12時台「時限爆弾を抱えているような緊張感」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!
【完結済み・一気読みおススメ】
『悪役令嬢ポジションで転生してしまったようです』
https://ncode.syosetu.com/n6337ia/
舞台となる世界観がよくある悪役令嬢者とは違います。
R15は冒頭と後半のみ。
サクサクと読み進めることができると思います!
まずは試し読みからよろしくお願いいたします~









































