71:二人の騎士団長
私の話を聞いたカイル団長は。
笑顔になるどころか、さらに泣きそうな顔になっている。
え、どうして!?
驚く私にカイル団長は、こんなことを言い出す。
「ノア王太子様は確かに穢れが浄化され、元気になりました。でも、ノア王太子様が助かる代わりに、サラ様がとんでもない状態になったと聞いています。サラ様は王太子妃。そのサラ様が単身、ダークフォレストへ降り立った。そこですべての穢れを癒すと言われたホワイトセレネを手に入れた。でもそれは自身が穢れを受けるのと引き換えだったと聞いています。サラ様がそんな危険をおかす原因を作ったのは、自分です。自分がちゃんとノア王太子様をお守りできていれば……」
ついに屈強な男で知られるカイル団長のターコイズグリーンの瞳から、涙がポロリとこぼれ落ちる。
「カイル団長、ですから、そもそもの原因はあなたにありませんから! それに最終的に私もこの通り、元気いっぱいです。ノア王太子様も、私を危険にさらしたと、カイル団長を責めるわけがありません。罪の意識で元気をなくすのではなく、これまで以上にノア王太子様に、国民の皆様のためにがんばっていただければ。私のために涙を流す必要はありませんよ」
「サラ様……」
カイル団長は自身の手の甲で涙を拭い、大きく深呼吸を繰り返す。
「確かに、泣いて詫びるなら態度で示せ、ですよね」
「いえ、そんな上から目線ではないですよ」
しばらくはカイル団長を宥め、ようやく落ち着いてもらえた。ホッとして、この様子を無言で眺めていたウォルター団長を見ると。ウォルター団長はなぜか申し訳なさそうな顔をしている。
初対面でウォルター団長と会話した時。
――「……異世界乙女が持つ千里眼の力、ですか。確かに、その力は……すごいものでしょう。でもその力があったとしても、瘴気が襲い来る戦場ではどうにもなりません。眼前に迫る敵に勝てなければ意味がないのですから」
そんな辛辣な言葉を私に投げかけている。
あきらかに異世界乙女を嫌っている言い方だった。そのウォルター団長が申し訳なさそうな顔をしていることに、戸惑ってしまう。
「ウォルター。自分はちゃんとサラ様に懺悔した。そして許しを得た。お前もきちんとサラ様に謝罪し、許しを得るべきでは? 一人の騎士として、そうすべきでは?」
カイル団長がそんなことを言い出すので、私はますます混乱してしまう。一方のウォルター団長は、少し釣り目のスモークブルーの瞳を私に向けた。
「……サラ様。僕はあなたにあやまらなければなりません。初対面のあなたに対し、僕はとても失礼な言動をとりました。それは一人の騎士としても、団長としても、恥ずべきことでした。大変申し訳ありません」
ウォルター団長まで、カイル団長と同じぐらい深々と体を折って謝罪していた。大いに焦った私は、すぐに顔をあげるよう懇願する。
「ウォルター団長、その、一体全体どいうことなのでしょう……?」
「僕は異世界乙女に対して、マイナスのイメージを持っていました。サラ様は過去の異世界乙女とは違うということに気づかず……というか、サラ様のことを何も知らないのに、他の異世界乙女と同じだろうと決めつけていました。勝手にサラ様にレッテルを貼り、あなたを非難するような言葉を口にしたのです。本当に申し訳ございません」
再びウォルター団長が深く頭を下げるので、またも頭をあげるようお願いする。
ウォルター団長が言わんとすることが理解できた。
ノア王太子様と婚約しておきながら。婚姻の儀式当日に逃亡したヒロインのことを、ウォルター団長は知っているのだろう。
ウォルター団長もまた、ノア王太子のことが大好きなのだ。
そのノア王太子を傷つけるような行動をとったヒロイン――異世界乙女を許せないと思った。付け焼刃で召喚された私を見て、同じようにノア王太子を裏切るのではと警戒した。その結果が、あの冷たい言葉につながったのだろう。
確かに初対面の私に対し、あの言動はとるべきではないだろう。でもウォルター団長の気持ちは理解できる。だから今さら責めるつもりはない。
「ウォルター団長。過去の異世界乙女の件は、賢者アークエット様から話を聞いています。彼女がとった言動は……多くの関係者の心を傷つけたものと思います。その彼女と同じ異世界乙女である私に対し、不信感を持つのは仕方のないこと。私は気にしていません。大丈夫です」
「サラ様……。許してくださるのですね」
こくりと私が頷くと、ウォルター団長は目の前で片膝を床につき、跪いた。
「僕はサラ様。あなたに忠誠を誓います。ノア王太子様のために、自身を犠牲にしようとしたことは、ルドルフから聞きました。あなたの献身がなければ、ノア王太子様は目覚めることはなかった。サラ様がどれだけノア王太子様を愛されているのか。それがよく分かりました。一人の騎士として、どうかノア王太子様同様、サラ様をお守りする許可をいただけないでしょうか」
ウォルター団長は真摯な眼差しで私を見上げている。
誰だって勘違いしたり、間違えることはあるのだから。
「ウォルター団長、その気持ち、ありがたく受け取らせていただきます」
差し出した私の手をとり、ウォルター団長は甲へと忠誠の証でキスを落とす。そしてゆっくり私の手をはなし、深々と頭を下げ、立ち上がった。
その様子を見ていたカイル団長は。
当然のように「自分も忠誠を誓う!」となり……。
思いがけず、二人の団長から忠誠を誓ってもらう形になった。
するとそこにルドルフがやってきて、「俺に抜け駆けしてサラ様に何をしている!」となり、結局ルドルフも忠誠の証を立ててくれることになる。ルドルフは初めて会った時に、既に忠誠の証を示してくれているのに。
ともかく二人の騎士団長の行動は、突然のことで驚いたが。ノア王太子がどれだけ部下に愛されているか分かり、自分のことのように嬉しく思えた。
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