61:嫌と言われても、もう止められません
ノア王太子はあの美し過ぎる瞳を潤ませたまま、こんなことを言い出した。
「サラから、『この先、ノア王太子と私は何千回、いえ、何万回も朝食を共にするのですから』こう言われた時、わたしの心は間違いないです。あなたに奪われてしまいました」
何を言い出すのかと思いきや……。
朝食を一緒に食べる。
そ、そんなに!?
そんなに一人の朝食がお嫌だったのですか、ノア王太子!
だったら国王陛下夫妻や他の兄弟と食べればいいのに……。
でもいろいろとしがらみがあるのかな?
私でよければ本当に毎日、朝食につきあうのに……。
というか、婚姻関係を結んでいるのだから。
朝食は共にとりましょうよ、ノア王太子!
「……あなたは賢者アークエットに『私の代わりとなる異世界乙女を召喚できるのでは?』と聞いていましたよね? ボート遊びの時。もしやわたしを気に入らず、自身の代わりになる乙女を召喚するよう、賢者アークエットに頼んでいるのでは?と不安になりました。そこでパイを乗せたお皿を落としてしまい……」
ああ、そうだったのですね。
てっきりたっぷりの挽肉とマッシュポテトのパイが好きなのだと思い……。落としたことに相当ショックを受けていると勘違いしていた。
精霊王の館の調理人にも頼みこみ、パイを用意してもらったのは、つい先日のことだ。そうか、ナミのことがあるから、異世界乙女の逃走の方を気にしていたのね……。
「さらに何やら精霊王様と柱の影で歓談していたので……。サラはわたしに興味がないのかと思ってしまいました」
「そ、それは……!」
精霊王からは確かに求婚されている。
でもそれはノア王太子が穢れに囚われていたからで……。
「精霊王様がサラに求婚した件は、賢者アークエットから聞いています。でも確かにわたしがあんな状況であれば、精霊王様がそんな提案をしても仕方ないと思いました。……勿論、わたしはこうやって穢れが浄化され、それに……。ともかく精霊王様も求婚の件はわたしに謝罪し、わたしとサラの幸せを願ってくれました」
なるほど。
私の意識が深層に沈んでいる間にその件が解決してくれたのは……良かったと思う。しかし精霊王があっさりと引き下がるとは。
「……サラ、あなたは精霊王様の方が良かったですか?」
「よくありません。私はノア王太子の妃ですから! 精霊王様との婚姻など考えられません」
「でも精霊王様と結ばれれば、永遠を生きられるのに?」
「私は有限でもノア王太子様と生きる方を選びます」
ノア王太子がとろけそうな表情を浮かべている。
こんな顔のノア王太子は初めて見たので、私のテンションは上がるが。
ホント、こんな顔をされたら、勘違いしてしまいそうになる。
「今もそうですが、そうやってサラが自身の気持ちをストレートに伝えてくれるので、とても安心できます。そしてようやく、わたしも確信できたのです。サラのことを全身全霊で愛していいのだと。義務などではなく、わたしの本心の気持ちで。わたしはサラ、本気であなたのことが好きなのです。精霊王様に渡すつもりもないですし、あなたが逃げ出そうとしても、逃がすつもりはありません」
「えええええ!? ノア王太子様、それはナミの件で自己評価が下がっていただけで、私なんかではなく」
「サラ」
ノア王太子が珍しく強めの声で私の名を呼んだ。
驚きながらも返事をする。
「は、はい」
「出陣の儀であなたに伝えた言葉は本心です。わたしはあなたにこう伝えたはずです。『サラ。愛しています。あなたのことを。明日、宮殿に戻ったら、もうあなたのことを離さない』と」
「そ、それはつまり……」
ノア王太子のコバルトブルーの瞳が、陽射しを受け、キラキラと輝いている。陽射しはアイスシルバーの髪も照らし、瞳同様、煌めていた。
「嫌でしたら、嫌と言ってください」
そう言ったノア王太子は、抱きしめていた私の体から腕をほどく。代わりに上腕を左手でつかみ、右手で顎を持ち上げた。
こ、これって……!
時限爆弾が即反応する。
「嫌と言われても、もう止められません。わたしはサラ、あなたと――」
その瞬間。
ノア王太子の唇が私の唇に重なり……。
私の心臓の時限爆弾が大爆発した。
◇
ノア王太子と、く、唇のキスをしてしまった……!
これまで、頬へのキスが自己ベストだったはずだ。
私からは頬へのキスさえできず、チークキスをしていたのに。
まさかここで唇へのキスをされるなんて。
もう現実のこととは思えない。
どうしよう。パート仲間に報告したい。
とんでもない経験をしてしまったと。
「サラ、これで少しは分かってくださいましたか? わたしは本心からあなたを愛しています」
念入りにここまで言われては、さすがの私も理解する。本当に信じられないことだが、ノア王太子が私を愛しているのだとよ~く分かった。
「ほ、本当に、私でいいのですか?」
「ええ。サラでなければ、わたしは嫌です。賢者アークエットがもし異世界乙女をまた召喚しても、彼女と婚儀を挙げるつもりはありません。これから永遠に、わたしの妃はサラ、あなた一人です」
「永遠!? お、大袈裟ですよ、ノア王太子様」
するとノア王太子はニコリと笑い、すぐそばの樹洞の縁に腰かけるよう提案した。
私は頷き、ノア王太子と並んで、樹洞の入口に腰かける。
「サラはホワイトセレネの正体が何であるか、気づいていますか?」
「正体……!? 花ではないのですか?」
ノア王太子は「違う」を示すべく、首を横に振る。
「ホワイトドラゴンは、瘴気を生み出す、冥王、魔王、身の毛のよだつ者などいくつもの名を持つと言われたかの者と、666666日に渡る戦闘を行い、制することに成功しました。ただ、それは圧勝ではなかったのです。その体はボロボロとなり、かの者が去った後も残っている瘴気により、さらに悪化してしまいます。つまり、全身が穢れに覆われた状態になってしまったのです」
聖獣の夢を見たが、そこまで詳細を見てはいなかった。まさか全身が穢れに覆われていたとは……。
「ただ、ホワイトドラゴンは永遠の命を持つ聖獣。穢れに覆われたものの、完全に死することはありませんでした。穢れの影響を受けない自身の魂を花の形に変え、来るべき日を待つことにしたのです。つまり、穢れを受けた体はあきらめ、自身の魂をホワイトセレネに変え、然るべき者が手にするのを待つことになりました。
ホワイトセレネの正体は、最初の頃は、ホワイトドラゴンだと分かっていたのかもしれないでしょう。でもあまりにも時が流れ……。ホワイトセレネは、どんな瘴気の穢れでも癒せる花として知られるようになってしまった。そしてその花を求め、あまたの人間がダークフォレストに足を運びましだが……」
そこでノア王太子は悲しそうな顔になった。
そして私の右手をぎゅっと握りしめる。
「ホワイトドラゴンの体に巣くった穢れは、普通の穢れとは性質が異なっていたようです。その穢れに触れれば、触れた人間にも穢れが移る。多くの者がホワイトセレネを得ようとして、穢れに触れ、無気力となり、ダークフォレストの土へ還って行く事態となってしまったのです」
ここでまた一つの謎が解ける。
ダークフォレストに足を踏み入れた人間が戻ることはない理由が。
「ホワイトセレネを得るためには、二つの種族が手を取り合うことが必要でした。強い力を持つも、精霊はダークフォレストに入ることができません。一方の人間は、ダークフォレストに入れるも、強い力を持ちません。この二つの種族が手を取り合うことでホワイトセレネが手に入り、またホワイトドラゴンが目覚める――そしてこれをやり遂げたのが、サラ、あなたなのです」
本日公開分を最後までお読みいただき
ありがとうございます!
次回は明日、以下を公開です。
7時台「賢者アークエットの想い」
12時台「褒められた上に、惚れられた……!」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!