60:本当に、本当に、現実ですか?
眩しい光が収まり。
目を開けると、私は懐かしい香りに抱きしめられていた。
婚姻の誓約を行った時。
突然、指輪が輝きを放った。
驚いた私をノア王太子が支えてくれた際、感じたのが、この香り。
フレッシュでみずみずしいノア王太子の香りだ。
「ようやく、本当にサラのことを。抱きしめることができました」
その言葉を聞いた瞬間。
心臓がバクバクと反応を始める。
「ノア王太子様、私は今――」
顔を上げた瞬間。
透明感のあるコバルトブルーの瞳と目があう。
その瞳は生き生きと輝いている。
ここ数日見続けた、虚ろな瞳ではない。
ずっとずっと会いたかったノア王太子の瞳。
ただ瞳を見ただけで、涙がこぼれてしまった。
「もう、穢れは……」
涙でかすれた声で尋ねると。
ノア王太子の唇が、優しく頬を伝う涙に触れた。
心臓が瞬時に時限爆弾と化し、今にも爆発しそうになる。
「サラがホワイトセレネの花を届けてくれたから。この通り。サラを救いだすこともできました」
「!! 私は……ここは現実ですか?」
私の言葉にノア王太子がクスリと笑った。
「ええ。現実です。さっきまでサラの意識は穢れの影響で、深層まで沈んでいました。でもその体から穢れは消え、目覚めたのですよ」
……!
やはり私は穢れの影響を受けていたのか。
チラリと自分が何を着ているのかと確認すると。
精霊の女性の衣装キトウネスを着ていた。
純白で、裾に金糸の刺繍が施され、ゆったりとした腰紐は黄金色。
間違いない。ちゃんと服を着て、体も存在している。
これは現実だ。
さらに周囲を見ると。
美しい森。
立派な巨木が立ち並び、上空からは陽射しが差し込み、まるでそれは天使の梯子のようだ。淡い光を放つフェアリーがふわふわと宙を漂い、鳥の鳴き声も沢山聞こえる。木にはリスの姿が見え、遠くに鹿の姿も見えた。蜂や蝶の姿も見える。
ロセリアンの森かと思ったが、でも何かが違う。
「ここはダークフォレストです」
「えっ!」
「ダークフォレストと呼ばれる前の、サヴァリアンの森によみがえったのです。聖獣ホワイトドラゴンの復活と共に。サラはホワイトセレネに触れているので、聖獣ホワイトドラゴンの記憶を見たと思います。だから分かるでしょう? サヴァリアンの森のことも」
聖獣ホワイトドラゴンの記憶。
それは確かに見ている。
でもホワイトセレネと聖獣に関係が?
そこは気になったが。
ひとまず私はこくりと頷く。
頷いて改めてノア王太子の装いを見て、涙が出そうになる。
その体にまとうのは……。
純白の軍服にスカイブルーのマント。
マントにはソーンナタリア国の王家の紋章である薔薇と白馬が美しく刺繍されている。
これは瘴気討伐のため、出陣の儀の時に見た装いだ。
ノア王太子はこの姿で私に……。
――「サラ。愛しています。あなたのことを。明日、宮殿に戻ったら、もうあなたのことを離さない」
そう言って頬にキスをして、出陣して行った。
私は感動で泣きそうになりながらその姿を見送っている。
再会を楽しみにし、その時を思い、胸を高鳴らせた。
それなのに、ノア王太子は瘴気に触れ、穢れをその身に受け、意識を失ってしまった。
「本当に、本当に、現実ですか? この姿のノア王太子様との再会を願い、でもそこに届いたのは悲報で……。次に会った時のノア王太子様は、寝間着にベッドに横たわり、表情も意識もなくて……」
涙が次々とこぼれ落ちた。
その涙をノア王太子の美しい指が拭ってくれる。
「サラ、悲しい想いを沢山させてしまいましたね。申し訳ないです。本当に。……でも、あなたの言葉はわたしの意識には届いていましたよ。その言葉を聞き、わたしもなんとしてもあなたに会いたいと思っていました」
……!
私の声が聞こえていたの!?
聞こえてくれたらと思いつつ、でも聞こえないだろうと、どこかで諦めがあった。本来胸に秘めておくべきことも、口にしていた気がする。
「わたしの声はサラに届いていましたか?」
「え……?」
「サラが穢れの影響を受け、意識が深層に落ちて丸二日が経ってしまいました。もっと早く、助け出したかったのですが、いろいろと調整が必要で。すぐに救い出すことができず、もどかしい時間を過ごしました。でも自分の時を思い出し、少しでもサラの気持ちが楽になればと思い、言葉をかけ、何度も抱きしめていました」
な、なるほど……!
そうだったのね。
確かにあの愛の言葉と抱擁に励まされた。
まさか現実で言われていたなんて。
一瞬喜びで胸が高鳴るが。
自分の立場を思い出す。
ノア王太子が私と婚姻関係を結んだのは、自身の役目を果たすため。異世界乙女の伴侶として、その務めを果たすため、献身的に尽くしてくれたに過ぎない。
「ノア王太子様。ありがとうございます。私のために。……その、私は賢者アークエット様から話を聞きました。私はナミ様の代わりで」
突然、ぎゅっとノア王太子に抱きしめられ、止まっていた時限爆弾が再び時を刻み始めた。フレッシュでみずみずしいノア王太子の香りに、爆弾の時が加速される。
「わたしの態度がサラを不安にさせていたと思います。申し訳なかったです。最初は……確かに不信を抱いていました。サラもまた、わたしを置いて、どこかに行ってしまうのではないかと。そこで賢者アークエットに頼み、指輪に魔法をかけてもらったり、それでも足りず、額にまで魔法を……。」
「え、指輪に魔法!?」
ノア王太子はさらに私のことを強く抱きしめた。
こうやって抱きしめてもらえるのは……とても嬉しい。
でも勘違いしてしまいそうになる。
「お互いにキスをした指輪を交換しましたよね。この指輪をつけている限り、お互いの位置が分かるのです。さらにサラの額にわたしはキスをしましたが……。サラの額は賢者アークエットの魔法で、転移先として登録されました。つまり、サラがどこかに行っても、サラの額を目指して、転移の魔法で移動できるようになっているのです」
これには……驚くしかない。
そこまでして異世界乙女を……。
そんなことをしなくても、私はノア王太子のそばにいるのに。
「ノア王太子様。安心してください。私にこの世界で行く当てなんてありませんから。嫌だと言われても一生お傍にいますから、ご安心ください」
「サラ……! 魔法は解除してもいいと思いますが、もしもの時には役立ちます。その、サラが逃走するというわけではなく、誘拐などされた場合に役立つので……。無論、誘拐などさせるつもりはありませんが」
なるほど。
どこかにさらわれたら私はお手上げなので「はい、解除する必要はありません」と同意を示す。するとノア王太子は心底ホッとした表情に変わる。ホッとした顔になったのに、今度は少し頬を赤く染めていた。
「サラはわたしが義務で婚儀を挙げたと思っていますよね? わたしの愛情を信じられない気持ちがあると思うのですが……。でもそれだけではないですね。わたしの態度も悪かったと思います。本当に、申し訳ないです。最初はサラに対して不安でしたが、共に過ごすうちにサラの気持ちがよく分かりました。素直なサラの気持ちに触れ、そして私と一緒にいることを願ってくれていると理解しました」
そこでノア王太子はその美しい瞳を潤ませて私を見た。
当然のように。時限爆弾が強く主張を始める。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!!
このあともう1話公開します!
12時台に公開します。
実は……
人知れずこっそり更新したのですが。
大変ありがたいことに。
ご覧いただいている読者様が沢山いてビックリ!
(日間恋愛異世界転生ランキングで13位)
こうなると一番星キラリの既存読者様にも
ちゃんとご案内した方がいいかと思い
一応記載しておきますねー。
【全 5 話】
『悪役令嬢、ヅラ魔法でざまぁする』
https://ncode.syosetu.com/n6019if/
婚約者をヒロインに奪われ
3人の攻略対象に弄ばれた悪役令嬢。
自分を貶めた全員にヅラ魔法を使い、ざまぁする話。