59:聖獣
「サラ、会いたかったよ、ずっと」
「ノア王太子様!」
「わたしのために頑張ってくれて、ありがとう、サラ」
時々、意識が遠のき、夢のようなものを見た。
その夢の中で、ノア王太子と再会し、強く抱きしめ合う。
でもすぐに夢だと気づき、自分が宇宙のような空間に取り残されていることに気づく。
そう。周囲にあるのは、星のように瞬く光のようなものと、濃紺にゆらめく空気のようなもの。私は自分の体が存在しているのか、それがよく分からない。自分は意識だけの存在になってしまった。そんな風に感じる。
そのような状態でありながら、触感を察知した。
誰かに触れられているように感じる。
手を握りしめられている。体を抱きしめられていた。
頬に温かさを感じる。髪を優しく撫でられていた。
そして。
声が聞こえる気がするのだ。
ノア王太子が名前を呼び、話しかけてくれていると感じる。
あまりにもノア王太子に会いたくて。
ノア王太子に抱きしめて欲しいと思ってしまうから。
感知できるはずのない触覚を認識し、幻聴を聞いているのだろうか。
時間の感覚もないし、どれぐらい時が過ぎたのかも分からない。
この状態がずっと続くのだろうか……?
◇
聖獣の夢はあの一度きりしかみない。
自分の意識しかないような事態だから、例え夢であっても、もう一度見たいと思ってしまう。その一方で、ノア王太子の幻聴は何度も聞いているし、誰かに触れられているような状態は感じ続けている。本当に私はどうしてしまったのか……。
いや、考えないようにしているが。
本当は……分かっている。
思い当たることがあった。
これが、瘴気に触れ、穢れが宿り、生きているのに覇気がなくなり、生きる屍のような状態なのではないか。眼光から輝きが失せ、生気が感じられなくなった状況なのではないかと。
とても孤独だ。
まるで宇宙で一人ぼっちみたい。
この状態に耐えきれず、ふらりと姿を消す気持ちが理解できてしまう。
ノア王太子も穢れをその身に受けている間。
こんな状態だったのだろうか?
もしそうだったのなら……どれだけ辛かったことだろう。そこからノア王太子を救いだすことができて、本当によかった。
私の今のこの状況は結構しんどいと思うが、幻聴があるから。
幻聴のノア王太子は、現実では私に言ったことのない、沢山の愛の言葉も聞かせてくれる。それを聞くと、自分がどれだけ愛されているか分かるし、とても幸せな気持ちになれた。
幻聴だから。
きっと私の願望が反映されているのかな。
そんなことを思いながら、不意に聞こえてくるノア王太子の声を楽しんでいる。
触覚の方はもっとすごい。
とても情熱的に抱きしめられていると感じるし、手を握る力に強い愛情を実感できる。頬や額に感じる感触は……まるでキスをされているみたいだ。髪を撫でられている時は心地よく、眠りに落ちそうになる。
多分、大丈夫。
これがあれば、耐えられる。
もし目覚めたとして。
ノア王太子は……きっと優しくしてくれるだろう。
でもそれは異世界乙女に対する王太子の務めとしてするものに過ぎない。
それだったらこの不思議な空間で。
本当に心から愛されていると実感できる方が、幸せかもしれない。
◇
眩しい光に目が覚める。
木々の間から差し込む明るい陽射し。
今日もまた新しい一日が始まる。
鳥たちが朝の挨拶にやってきた。
騒がしい鳥たちの報告の後は。
ノネズミ、ウサギ、リス、鹿、猪、冬眠から目覚めた熊、タヌキ、アライグマ……。
多くの動物たちが話しかけにくる。
彼らのおしゃべりが止むと、森の木々が歌い出し、フェアリーが踊り出す。すると精霊達も目を覚まし始める。
さらにイエロードラゴン、ブルードラゴン、レッドドラゴンも動き出す。
これは……聖獣の夢だと思ったその時。
「キラリーン、キラリーン」
クローギンアンドレ――精霊達の鈴の音色が聞こえた。
さらに。
気配を感じた。
とても神聖で偉大な存在を。
その存在を感じ取るだけで心が震える。
感動で、涙が出そうになっていた。
それだけではなかった。
初めて、その姿が見えた。
なんて、美しいのだろう。
まるでホワイトサファイアのように、透明な白い輝きを、その鱗の一つ一つが放っている。瞳はムーンストーン。青白い不思議な色をしている。
イエロードラゴン、ブルードラゴン、レッドドラゴンを統べた聖獣。
それは――ホワイトドラゴンだったのか。
とても大きな体で、その爪や尻尾からは強靭さが感じられる。
その一方で。
ムーンストーンの瞳は限りなく優しい。
見つめられると気持ちが和む。
ゆっくりと翼を広げると。
白い光の乱反射で目が眩みそうになる。
ホワイトドラゴンがゆっくり、私の方へと歩いてきた。
ここに私がいると分かるようだ。
広げていた翼を使い、ホワイトドラゴンは私を包み込むようにした。
私は意識しかないはずなのに。
そうやって包み込まれると、翼の存在を体で感じていた。
ホワイトドラゴンの優しい瞳が私に近づいてくる。
同時に、ホワイトドラゴンの息遣いも感じた。
生きて、私のすぐそばに聖獣がいる。
そう実感した。
「サラ、お待たせしました。準備が整ったので、迎えに来ましたよ」
聖獣が話した。
しかもその声は……ノア王太子?
「ノア王太子様ですか……?」
「よく分かってくれましたね。そうです。驚かせてしまいましたか?」
「……それは驚きました。でもどうして……?」
「それはこちらに戻ってからです。……サラ、わたしを抱きしめてくれますか?」
頷いた私は両手を伸ばし、ノア王太子……聖獣の首に腕を絡ませる。
でもとても大きいので、ちゃんと抱きしめることができているのか不安になる。その不安を払拭するように、聖獣の翼が私をさらにフワリと包み込んだ。
その瞬間、とても眩しい光に包まれた。
本日公開分を最後までお読みいただき
ありがとうございます!
次回は明日、以下を公開です。
7時台「タイトルサプライズ」
12時台「タイトルサプライズ」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!









































