57:ぶどう祭り~ダークフォレスト~
慣れないながらもなんとかロープを降下し、ダークフォレストに降り立つことができた。
降り立った瞬間。
五感がいろいろなことを捉えた。
視覚が捉えたのは、この森の暗さだ。
丁度、太陽は南中を迎え、一番明るくなる時間帯なのに。
太陽の陽射しをほぼ感じない。
聴覚が捉えたものは、何もない。
音がしない。
聞こえるのは自分の心音のみ。
この森に生き物はいない。
そう感じる無音の空間。
嗅覚もまた、何も感じない。
ロセリアンの森では、心地良い香りを感じていた。
清々しく爽やかな澄んだ香りで、それはとても心地いいもの。でもここでは木は鬱蒼と茂っているのに、何の香りも感じられない。
味覚は何も感じないはずなのだが。
なぜだかここに降り立った瞬間、口の中に苦みを感じていた。
触覚が捉えたのは、空気の冷たさ。
上空にいた時でさえ、寒いと感じることはなかったのに。
ここはとても冷たく感じる。
長袖の白シャツを着て、黒いズボンとブーツを履いているのだ。露出している肌の部分は少ない。それでもこのダークフォレストの空気に触れた肌は、ヒンヤリとした冷たさを感じていた。
暗さと冷たさ。
その二つだけでも十分に気持ちがそがれる。
だが、私にはすべきことがあった。
辺りを見渡す。
それは……。
この冷たく暗い森の中で、ひと際輝きを放っていた。
そこだけが、このダークフォレストと切り離された空間のように思える。
ゆっくりそこへと歩いて行く。
「あった……!」
ダークフォレストの地面は黒い土。
その黒い土と同化するように、水たまりみたいに見えるのは……穢れだ。濃紺に揺らめき、白い斑点がまるで星のように明滅している。
黒い土に突如現れた宇宙空間。
そんな風に思える。
そして。
その宇宙の中に、白く輝く花が見える。
ルドルフの言うように、まるで穢れに根をはるようにホワイトセレネの花が咲いている。その姿はまるで木蓮のようだ。花は開ききらず、少し膨らんだように上向いている。とても美しい。
見た目の美しさというより、ホワイトセレネを見ることで、心が浄化されるように感じる。どうしてこんなに清らかなものが、穢れに根を張るようにしているのか。
それは分からない。
でも見つけた。
これでノア王太子から穢れを浄化できる。
もうそこには安堵しかなかった。
すぐそばまで行き、片膝を地面につき、跪く。
ホワイトセレネを掴んだ瞬間に、きっと何かが起きる。
だからこそクロッカスは反応していた。
念のためだ。
厚手のグローブをつけたまま花を掴もう。
さらにすぐにノア王太子の元へ行けるように。
シャツの胸元から、ノア王太子の瞳を思わせる帰石を取り出し、左手で握りしめる。
右手をホワイトセレネに近づけようとするが……。
!?
厚手のグローブをはめた右手は、確かにホワイトセレネの花を掴んでいるはずなのに。
掴めない。
何度手を動かしても、宙を掴んでいる状態。
まるで映写機で投影された花を掴もうとしているようだ。
まさか幻なの? 幻影を見ている?
足元に転がる石を掴み、宇宙のような穢れに投げてみた。
石はゼリーの中に落ちていくように、穢れの宇宙の中へ沈んでいく。
存在している。
確かにそこにあるのに、掴めない……!
どうして……?
目の前にあるのに掴めない。
そのもどかしさと言ったら……。
ルドルフはもう、ノア王太子の部屋に戻っているかもしれない。
焦りつつ、右手でダメなら左手と試すが、ダメだ。
落ち着こう、私。
深呼吸をして焦る気持ちを落ち着かせる。
ホワイトセレネはあった。
存在している。
だからノア王太子は助かる。
今、焦る必要はない。
その時だった。
無音の空間に音が聞こえる。
急速に心臓がドキドキいい始めた。
今の音はどこから聞こえたの……?
パキッ。
枝を踏んだような音。
間違いない。
何かがいる。
背中に汗が伝う。
武器なんて、持っていない。
持っていても、ろくに戦えないだろう。
私にできることは……逃げるだけだ。
逃げる……。
逃げるには帰石を使うしかない。
でもこれはホワイトセレネを持ち帰るために必要なのだ。
――「さらにこれは異世界乙女の特権。一度瘴気に触れたぐらいでは、異世界乙女は穢れを受けることはないの。すごいでしょう」
ルドルフにこんな大口を叩いたが。
これは……嘘だ。
こうでも言わないと、ルドルフはダークフォレストに私が降りることを許してくれないと思ったから。瘴気に触れたら間違いない。私は穢れを受ける。
いや、でも、まだ音の正体が瘴気と決まったわけではない。
パキッ。
音が、近づいているように感じる。
背後の方角から聞こえているように思えた。
振り返ったら動揺し、何もできなくなるだろう。
なんとしてもホワイトセレネを……。
そこで、ふと気がつく。
もしや、この厚手のグローブをつけているから、掴めない、とか?
そう考えると、そんな気がしてくれる。
慌ててグローブを外し、ホワイトセレネに手を伸ばす。
掴めた!
「えっ!?」
あの宇宙のような穢れに触れた手が、変色し始めている。
その一瞬、血の気が引くが、左手の帰石をぎゅっと握りしめる。
そしてホワイトセレネを引き抜き、心の中で唱える。
ノア王太子の元へ――!
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次回は明日、以下を公開です。
7時台「タイトルサプライズ」
12時台「タイトルサプライズ」
サプライズばかりですみません!
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