56:ぶどう祭り~どうしちゃったの!?~
「サラ様、今日はだいぶ早いな!」
待ち合わせ場所に行くと、すぐにクロッカスに乗ったルドルフが降りて来てくれる。
いつもの隊服姿のルドルフは、素早く私をクロッカスに乗せると、すぐにダークフォレストへと向かう。今日は、一か所だけ確認するだけだ。時間に余裕はある。それでも瘴気がどんな動きをするか分からない。迅速な行動をするに越したことはないのだ。
それはクロッカスもルドルフも分かってくれていた。
あっという間にダークフォレストに到着し、ルドルフはクロッカスに待機を命じ、ロープを森へと落とす。
「じゃあサラ様、いってくるから。クロッカスを頼んだぞ」
「ええ。任せて。気をつけてね」
ルドルフはあっという間にロープを降下していく。
もう私の心臓はさっきからドキドキしっぱなしだ。
「ねぇ、クロッカス。あるわよね、ここに。ホワイトセレネが。絶対にある。そう思う。ある気がするもの」
「クゥーック、クゥーック」
クロッカスが元気よく鳴いてくれている。
その声はなんだか「大丈夫だよ、きっとあるよ」そんな風に聞こえるから不思議だ。クロッカスと心を通わせているルドルフは、もしかしたらこんな風に意思疎通を図っているのだろうか。
そう思った時。
ロセリアンの森の上空に聖獣3体が姿を現した。
瘴気が来たのだ。
「!?」
それは突然のことで、危うく落ワイバーンするところだった。辛うじて鞍の突起につかまり、落ちずに済んだが……。
クロッカスが突然上昇したのだ。
「クロッカス!? どうしちゃったの!? 落ち着いて」
懸命に声をかけると、ようやくクロッカスが上昇をとめた。
慌ててロープの方を見る。
遥か下にルドルフの姿が見えた。
ルドルフが顔を上げ、何か叫んでいるが聞こえない。すると今度は右手でロープを掴み、左手で合図を送ってきた。あれは降りてこい、と言っている。
つまり、クロッカスに降下するように言っているのだろう。
「ねぇ、クロッカス、お願い。降下して。ルドルフも降りてって、言っているわ」
何度もクロッカスに頼むが、反応がない。
硬くなに降下を拒んでいる。
どうして……?
ついに痺れを切らせ、ルドルフがロープを上ってきた。
「ルドルフ、ごめんなさい。何度もクロッカスに頼んでいるの。でもどうしても降下してくれないの」
叫ぶように言うと、ルドルフは「分かっている」と頷いた。既にクロッカスに触れられる距離までロープを上ってきていた。
「クロッカス、何度も頼んでいるだろう? 分かるだろう? 俺はこの先、後悔して生きたくない。ノア王太子様を守ると決めた。でもそれを果たせなかった。それを挽回するチャンスがある。大丈夫だから。すぐ終わるから。なんてことはない。大丈夫」
ルドルフが同じような言葉を繰り返すが、クロッカスは完全無視だった。気づくと、ロセリアンの森の上空に聖獣の姿がない。
「ねぇ、ルドルフ。瘴気が殲滅されたわ。聖獣の姿がない。ぐずぐずしてられないわ。クロッカスがこんなに頑なのには理由があるのでは? 一体どうなっているの?」
ルドルフはチラッとロセリアンの森の上空を見てため息を漏らす。
「サラ様。ホワイトセレネが咲いていた。美しく輝く白い花だった」
「ほ、本当に!!」
一気に全身の血流がよくなり、喜びで心臓がバクバクいいだす。
「だがな。少し驚いた」
「え?」
「ホワイトセレネの花は穢れに根を張るようにして咲いている」
「!?」
「穢れは触れても問題ない。瘴気に直接触れたら、そこは穢れになる。瘴気に触れ、穢れになった部分に触れても、穢れは移ることはない。だからそのままホワイトセレネの花を摘もうとしたら、ロープが突然引き上げられて……」
穢れに触れて、穢れが移るなんて話、確かに聞いたことがない。それは……“君待ち”をプレイしていてもそうだった。
だが。
まさかホワイトセレネが穢れに根を張っているなんて……。
さらにクロッカスはホワイトセレネをルドルフが摘もうとした瞬間に、急上昇した。
それが意味することは……。
クロッカスは人間とは違う。
このダークフォレストに降りること自体も嫌がっている。それは人間が感知できない何かを察知しているからだろう。ホワイトセレネを摘むと、何かが起きる。それはルドルフに対して起こるとクロッカスは察知した。だから急上昇したのだろう。
「ルドルフ、クロッカス。聞いて頂戴。私は異世界乙女で、二人には話していない秘密があるの。まず一つ目はこれ」
私は肌身離さずつけることになった帰石を白シャツの胸元から取り出す。
「これは賢者アークエット様にもらったの。これを握りしめ、自分が行きたい場所を願うの。そうすると瞬時にその場所へ移動できるのよ。でも使えるのは一度だけ。移動できるのも一人だけ。これがあれば、死者の国からここに戻ることもできるのよ」
ルドルフは帰石がとんでもないアイテムだとすぐに理解したようで、目を丸くする。
「さらにこれは異世界乙女の特権。一度瘴気に触れたぐらいでは、異世界乙女は穢れを受けることはないの。すごいでしょう。つまり、この帰石と異世界乙女の特権があれば、瘴気もこのダークフォレストも、本当は怖くないの。だから、私が森の中へ降りるわ。ちなみにこの帰石の譲与は一度きりなの。もし私がそれを誰かに与えても、それはただの綺麗な石ころに過ぎなくなっちゃうの。だってこれは賢者アークエット様からもらったものだから。残念だけどルドルフでは使えない」
私の言葉を聞いたルドルフは、もう驚きでこれでもかというほど、目が見開いている。
「つまりサラ様は、ダークフォレストに降り、ホワイトセレネを摘み、その帰石で瞬時に王太子様のところへ戻る、ということか?」
私はこくりと頷く。
「確かにその方法なら、もし瘴気に襲われても問題なさそうだ」
「そうよ、ルドルフ。だから私に任せて」
その時だった。
ロセリアンの森からイエロードラゴンが向かってくるのが見えた。
「ルドルフ、クロッカス、精霊王様に気づかれたわ。イエロードラゴンがこちらへ向かっている。今すぐ、降下して。私が降りるから」
「分かった! クロッカス、サラ様の話を聞いていただろう。サラ様なら大丈夫だ。急いで降下しろ!」
クロッカスが降下しているのに、ルドルフは器用にロープを上り、そのままクロッカスにまたがった。
「もう少し、ギリギリまで降下しろ。サラ様はロープを降りるなんて慣れていないから。頼む、クロッカス」
ダークフォレストに近づくのは嫌だろうに。
それでもクロッカスはルドルフの言葉に従い、降下した。
その体はダークフォレストの森の中に隠れている。
「サラ様、これを」
ルドルフに渡された厚手のグローブをつけ、ロープの降り方の説明を受ける。だがクロッカスがかなり降下してくれているので、これなら地面はすぐだろう。
「じゃあ、ルドルフ、あなたはすぐにノア王太子様の部屋へ向かって。私もすぐ行くから」
「任せとけ!」
慎重にクロッカスから降りる姿勢をとり、厚手のグローブでロープをつかむと……。
一気に降下した。
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