55:ぶどう祭り~三日目~
ついにぶどう祭り最終日。
今日がホワイトセレネ獲得計画を実行できるラストチャンスになる。もし、これでホワイトセレネを見つけることができなかったら……。
仕方がない。
一度、宮殿に、王宮に戻るしかないだろう。そしてなんとかルドルフに時間を作ってもらい、捜索を……見つかるまで続けるしかない。しかも捜索していると、精霊王と賢者アークエットやソーンナタリア国にバレないようにしなければならないのだ。それは……とてもハードルが高い。
それでも捜索し、ホワイトセレネが見つかったら。すぐにノア王太子の元にホワイトセレネを持っていく必要がある。だが精霊王の館にいるノア王太子にホワイトセレネを届けるのには時間がかかるかもしれない。
それならばノア王太子を一度王宮に戻してもらった方がいいだろう。ただ、ノア王太子の穢れの範囲は広い。適正なタイミングで精霊による粛清の力を使ってもらえないと、大変なことになる。瘴気襲来のタイミングと重なれば、王宮に瘴気を呼び寄せることにもなりかねない。それに……。
とにかく。
今日、見つけることができないと、相当面倒になるということだ。なんとか見つかってくれることを願うしかない。
私がもしヒロインだったら。
ホワイトセレネは今日、きっと見つかるはずだ。
君待ちのゲーム設定では、ヒロインにだけ、幸運設定がなされている。絶対絶命の時に発動するまさかの幸運。それはすべてゲームの裏設定だ。でも私はヒロインではないから、幸運を頼ることはできない。
いや、諦めるな。私。
ホワイトセレネが実在することは分かっているのだから。
大丈夫。必ず見つかる。
……って、こうやって宣言すると、変なフラグが立ちそうな気もするが。
ぐちゃぐちゃ考えても気持ちが下向くだけだ。
気持ちを切り替え、精霊の女性の衣装、キトンみたいなキトウネスに着替える。
今日のキトウネスは青みがかった紫、モーブ色だ。留め具はぶどうの葉をイメージしたシルバー製で、ウエストには銀細工のベルト。昨日同様、着るのも脱ぐのも楽なもの。髪はもうお団子でまとめてリボンを飾った。これで髪の乱れも指摘されないで済むだろう。
朝食はすでに恒例になっているノア王太子の部屋だ。そこには勿論、精霊王も賢者アークエットもいた。精霊王は私に求婚し、賢者アークエットは私が精霊王に求婚されたことを知っている。ノア王太子はすぐそばで眠っている……意識がない状態でそこにいるのに。二人とも何事もなかったかのうようにそこにいて、朝食をとっている。
実にシュールだと思う。
でも今は、精霊王の求婚については考えない。
今日、すべきことに全集中だ。
ノア王太子の朝食を終え、自分自身の朝食を終え、皆が部屋から出るのを待つ。
私がノア王太子と二人きりになりたいと察してくれたのだろうか。みんな、部屋から出てくれた。
「ノア王太子様。今日がぶどう祭り最終日です。明日には宮殿に……王宮に戻ることになりますが。でも、私は諦めませんから。絶対に、この穢れをなんとかしてみせます。ノア王太子様がどんな気持ちで私と婚儀を挙げたのか。賢者アークエットと話し、なんとなく想像できました。ノア王太子様は何も悪くありません。私の前任者が奔放なだけだっただけです。ノア王太子様は十分魅力的ですから。とっても素敵で、私には勿体ない方。例え義務で私と婚儀を挙げてくださったのだとしても。私はノア王太子様が大好きです。だからなんとしても、あなたのことを助けます」
いつも通り。
チークキスをして部屋を出ようとしたその時。
かすかな音色だった。
でも聞こえた。
「キラリーン、キラリーン」と。
クローギンアンドレ――精霊達の鈴の音色が。
それは自分の手首から聞こえたわけではない。
背後から聞こえた。
振り返ってノア王太子を見るが、その様子に変化はない。
聞き間違い……?
でも。
クローギンアンドレは奇跡をもたらすとルーナが教えてくれた。
もしかすると……。
ノア王太子がエールを送ってくれたのかもしれない。
「ノア王太子様、いってきます」
笑顔で部屋を後にした。
◇
エントランスで賢者アークエットとレブロン隊長と合流し、館を出た。
今日の賢者アークエットは、私と同じモーブ色のローブを羽織り、その下にはスカイグリーンのチュニックのような衣装、腰には宝石が飾られた革のベルトをつけている。レブロン隊長はいつも通りの軍服姿だ。
まずは精霊王とルーナの祭事を見学することにする。
今日の祭事は、今年のぶどうの豊穣を大地とぶどうの木に感謝し、ぶどう畑で一番の古木に感謝と祈りを捧げるというもの。先日の瘴気の襲来でも傷つくことなく、古木は立派な姿でそこにある。
感謝と祈り。
どのように捧げるのかと思ったら。
ハープのような楽器を精霊王が弾いて美しい声で歌い、その音色と歌声にあわせ、ルーナが踊りを披露するのだという。
ルーナはキトンみたいなキトウネスを着ているが、それはスカート部分にスリットが入っており、踊りをしやすいような仕様になっている。キトウネス自体は純白だが、羽衣のようなものをまとっており、それは透明感のある淡いラベンダー色をしている。ネックレス、ブレスレット、アンクレットをつけているが、そこには小ぶりのクローギンアンドレ――精霊達の鈴が複数ついており、動く度にあの高音の澄んだ鐘のような音色が響いている。
一方の精霊王はいつもの衣装だが、白一色。マントに金糸の刺繍が施されており、ベルトはゴールドだが、それ以外は眩しいぐらいの白さ。
用意が整うと、早速音楽が始まり、ルーナが踊り出す。それは……私がこれまで見たことのあるどの踊りとも違う、美しい踊りだった。
精霊王の、男性にしては高音の歌声も素晴らしい。精霊達の言葉で歌っているので、何を歌っているかは分からない。でも聞いていると心が洗われるようで、涙がこぼれそうになる。
驚いたのだが。
音楽と踊りが終わる頃。
古木には沢山の鳥が止まっている。
周辺の木々にも鳥やリス、モモンガのような小動物が沢山いた。地上にも野生の馬、鹿、ウサギ、イノシシなどが集まっている。鳥も動物も精霊王の歌声に酔い、ルーナの踊りに心酔していたとしか思えない。そして祭事が終わると同時に、静かに姿を消して行った。
「素晴らしかったですね、サラ様。ルーナ様の踊りは初めて見ましたし、精霊王様の歌声を聞くのも初めてです。楽器の演奏は、ソーンナタリア国の祭事で披露してくださったことがありましたが、歌声は初めて。感動しますね」
賢者アークエットがそう言うと、レブロン隊長は。
「精霊王様のあの美声。今回はサラ様がいらっしゃるため布越しでしたが、あの布なしで聞くと、もっとすごいですよ。布があっても、森中の動物や鳥も集まってきました。そしてルーナ様のあの踊り。異国の天女はさもあらんという感じだったのでは?」
二人の賛歌を聞きながら、祭りの中心である精霊王の館がある森まで戻ってきた。
ここからいよいよホワイトセレネ獲得計画、最後のスタートだ。
歩いて喉が渇いたからと吊り橋をはしごし、屋台へ行くことを提案する。二人はもちろん、快諾だ。屋台には当然のように食欲をそそる料理やスイーツが並んでいる。
無邪気を装い、あれやこれやと買い物をし、そして。
「あああっ」
私の声に賢者アークエットとレブロン隊長が振り返る。
両手に余るスイーツと飲み物を持っていた。
その結果。
「サラ様、衣装にクリームが!」
「スカート部分にジャムがついていますよ!」
二人は目を丸くする。
そこで申し訳なさそうに提案する。
「すみません。私がおっちょこちょいで。昨日と同じ、樹洞へ向かってもいいですか? 着替えがそこにありますので……」
二人は反論することなく同意し、樹洞までの最短ルートで道案内をしてくれる。おかげであっという間に樹洞に到着することができた。
後は、昨日と同じ。
着替えをするので覗かないでくださいね。
瘴気が来たら、ここにこのままいます。
落ち着いたら声をかけますね――ということで。
私は樹洞の中へ入った。
本日公開分を最後までお読みいただき
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次回は明日、以下を公開です。
7時台「タイトルサプライズ」
12時台「ぶどう祭り~ダークフォレスト~」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!