51:ぶどう祭り~唯一の方法~
ぶどう祭り2日目のランタンイベント。
それがいよいよ始まる。
精霊王の館の左右に伸びるそれぞれの吊り橋に、精霊王と私、ルーナと賢者アークエットが向かった。そこで最初のランタンをリリースする。その後は次々と様々な場所で、ランタンがリリースされることになっていた。
「ではサラ様。よろしいですか?」
私を見る精霊王の七色の瞳は、ブラックダイヤモンドのようにキラキラ輝いている。
今日の精霊王は、マントが純白で、背中に三体の聖獣が刺繍されている。中に着ているのは、明るい青紫色のアルバに似た衣装で、腰には銀のベルト。そのベルトには聖獣を表現するかのように、ルビー、サファイア、シトリンが埋め込まれていた。そして頭上には輝く王冠。口元はいつも通り、上位と同じ色の布で隠されている。
「はい。準備はできています」
返事をして、手に持つランタンを見る。ランタンの中のキャンドルは、ぶどうの搾りかすで作られたもの。炎が灯ると、蝋の匂いと共に、ぶどうの甘い香りが漂ってきた。
「ではこれより、最初のランタンをリリースする」
精霊王の凛とした声は、森の中に響き渡る。
左手にいるルーナと賢者アークエットのところにも、当然この声は聞こえていた。うんと離れた場所の精霊は、いつもの精霊同士の意志疎通のテレパシーで、伝わっているはずだ。
「サラ様、いきますよ。三・二・一」
精霊王の言葉にランタンを放すと。
すうーっとランタンが夜空へと昇って行く。
不思議なことに枝や葉に近づくと、それをちゃんと避けている。
「サラ様、ランタンが枝や葉を避けているように見えるでしょう。でも違うのですよ。あれはフェアリーが当たらないよう、ランタンを動かしているのです」
「そうなのですか!? でもいつものフェアリーの淡い光が見えなかったのですが……あ、もしかしてランタンイベントのために、光を出すのを止めているのですか?」
精霊王はこくりと頷く。
それは驚きだった。
フェアリーは本当に働き者だ。
「さて。ランタンイベントは無事、開始されました。このイベントは夜通し行われます。ランタンのリリースは一回と決めていないので。……サラ様、わたくしの部屋のバルコニーで、少しこの美しいランタンでも眺めませんか?」
「あ、はい」
既に様々な場所でランタンのリリースは始まっており、森の中は幻想的な世界になっている。
これを眺めたいという気持ちになっても当然だ。精霊王にエスコートされ、そのまま館の中に入り、王の部屋へと向かう。
通されたのは応接室だったが、とても広い。
置かれているのは、ソファセットと壁際に本棚、テーブルセットと絵画で、あとはゆったりスペースなのだが。そのゆったりが半端ない広さだ。黄金で出来ているシャンデリアはその黄金が明かりを反射してさらに輝きが増ししている。
その応接室の窓は、そのままバルコニーつながっていた。
バルコニーにはテーブルと椅子が置かれており、テーブルにはランプが灯っている。精霊王と私が椅子に腰かけると、美しい女性の精霊が飲み物を運んでくれた。ぶどう祭りの最中なのだ。当然飲み物はワインだ。淡いピンク色のロゼワイン。
「サラ様、ぶどう祭りは残り一日ですが、いかがですか」
ゆったり椅子にもたれた精霊王は、口元の布を少しだけずらし、ワイングラスを口に運ぶ。
精霊王はとても美しい顔を持つ。その顔と声を聞いた人間は、確定で恋に落ちてしまうと言われている。精霊同士あれば、布をはずせるのに。私がいるので、ロセリアンの森に戻ってからも、精霊王は布を外せない状態だ。これは本当に申し訳ないと思いつつ、質問に答える。
「とても興味深く、楽しいです。精霊の皆さんが自然を愛し、ぶどうの恵みに感謝している気持ちが強く伝わってきました。ぶどうを使った様々な料理やお菓子はとても美味しかったです。ぶどうをモチーフにした雑貨なども素敵でした。精霊の皆さんの独自の文化も目の当たりにすることができ、感動の連続です」
私の言葉に、精霊王は嬉しそうに微笑む。
「そのバングルのクローギンアンドレ(精霊の鈴)をつけているのを見るだけでも、サラ様が我々の文化を気に入ってくださっていると感じますよ。……昨日は精霊の女性の衣装キトウネスを着ていましたよね。とても似合っていましたよ」
「それは……褒めていただけて嬉しいです。ありがとうございます」
少し恥ずかしくなり、ロゼワインを口に運ぶ。
果実のアロマが感じられる。美味しい。
「今日のそのドレスも。サラ様にきっと似合うと思いましたが、ピッタリで良かったです。精霊には、裁縫が得意な者がいましてね。紙に描いたドレスを、こうやって形にしてくれるのです」
「……! これは精霊王様が自らデザインされたのですか!?」
頷いた精霊王はこんなことを明かす。
「サラ様に初めてお会いした時。ソーンナタリア国のドレスで、サラ様に合う物を思い浮かべました。その際、このドレスのデザインが浮かんだのです」
「そ、そうだったのですね。とてもセンスがよく、感服いたしました」
すると精霊王は、楽しそうにクスクスと笑う。
「そんなに堅苦しくされてなくても」
「そ、それは……」
精霊王はワインを飲み、しばし目の前でふわふわと夜空を目指すランタンに目をやる。つられて私もランタンを眺めた。ランタンを見るためにここへ来たのに。最初にバルコニーに案内された時以外は、精霊王ばかり見ていたことに気づく。
「……賢者アークエット様と話しました。ノア王太子様のことを。このままこの館で、賓客としてずっと看病する心つもりであることを伝えました。サラ様はお聞きになっていますか?」
ドクンと心臓が盛大な反応を示す。
確かにこの件について賢者アークエットと話したが、現状保留になっている。
「話は……聞いています」
「ノア王太子様のことを愛していらっしゃいますか」
「……! もちろんです」
「……今の状態のノア王太子様であっても?」
「はい」
「ではノア王太子様がこの館に留まることを、どう思っていますか?」
「それは……」
当然、私も一緒にいたいと思っている。
そんなのは日々の私を見ていれば分かるはずなのに。
なぜ、敢えて聞くのだろう……?
つい、睨むように精霊王を見てしまったのだろう。
精霊王が苦笑した。
「この館に、ロセリアンの森に、住み続けたいですか?」
「!!」
「サラ様が、ノア王太子様と共にここに留まれる方法が一つだけあります」
そんな方法があったの!?
賢者アークエットは教えてくれなかった。
……いや、精霊王だから、許されている権限が何かあるのだろうか……?
「知りたいですか、サラ様」
それは知っておきたい。
もちろん、ホワイトセレネ獲得計画を実行中だ。
だからノア王太子がここに留まることは……ない。
それでも、念のためで、知っておきたい。
「賢者アークエットからは、絶対に無理と聞いています。でも何か方法があるなら、お聞きしておきたいです」
このあともう1話公開します!
20時台に公開します。









































