50:ぶどう祭り~断る理由はない~
館に戻った後。
ひとまず身だしなみを整え、それから結局、ノア王太子の部屋でアフタヌーンティーになった。
まずはノア王太子には、ワイン作りの神事に参加し、沢山の新鮮なぶどうの果汁を浴びたので、きっといいことがあるはずだと報告した。
その後はサンドイッチやスコーンを食べながら、今日の瘴気との戦闘について、レブロン隊長から教えてもらうことになった。
今日の瘴気は館を目指すことなく、最初から女王蛾と呼ばれる巨大瘴気が一匹、中型の蛾が五匹で現れた。ただ、明日のぶどう祭りの神事の主役になる、ぶどうの古木方面に、現れた瘴気達が向かって行く。古木を傷つけないよう、慎重な戦闘が求められた。その結果、数は少ないが、殲滅までに時間がかかったということだった。
この話を聞いた時には、思わず胸をなでおろすことになる。おかげでホワイトセレネの捜索は、二箇所で行うことができたのだから。
こうしてアフタヌーンティーを終えた後、夕方からのランタンイベントまで部屋で休むことになった。そこにルドルフがやってきて、明日も今日と同じようにホワイトセレネ獲得計画を遂行しようと改めてお互いに決意した。
ホワイトセレネは、“君待ち”の世界に存在していると、私のゲーム知識で確認できている。だから絶対にある。後はそれを見つけ出すだけだ。
「そういえばルドルフは、このぶどう祭りは楽しめているの? なんだか上空からの警備ばかりになっていない?」
心配して尋ねると、ルドルフは軽快に笑う。
「結局、俺は美味い物を食べられればいいからさ。ちょくちょく休憩してはぶどうのタルト、レーズンサンド、レーズンのパウンドケーキ、それと……」
ルドルフは甘い物好き。もちろん、ワイバーンに乗ると、体力を使う。だから甘い物を食べたくなるのはよく分かるが……。でも放っておくと甘い物だけ食べて一日を終えそうだ。
結局、そんなにぶどうのスイーツが売っているのかと驚くぐらい、ルドルフはこの祭りの期間中、甘い物を満喫していると分かった。そうやってスイーツを楽しみつつ、ルドルフは再び上空警備のため、館を出て行く。
入れ替わりでミレーユが部屋に入って来て、夕方からのランタンイベントにあわせ、ドレスに着替えましょうと言われた。だがしかし。賢者アークエットからはドレスを受け取っていない。
「精霊王様から、ドレスのプレゼントが届いています。こちらを着て、ランタンイベントに参加していただきたいそうです。ランタンイベントでは、精霊王様、ルーナ様、共にエスコートする者と一緒に、ランタンの中のキャンドルに火を灯し、最初のリリースを行います。今回は精霊王様がエスコートするお相手として、ソーンナタリア国を代表し、サラ様になさりたいそうです」
「……!」
それはとんでもない申し出であるが、私の一存で「分かりました」と答えていいのだろうか? 困惑し、返事をできないでいると。
「サラ様、賢者アークエット様を訪問した者より連絡が来ました。ルーナ様のエスコートは、賢者アークエット様にお願いすることにしたのですが、快諾いただけました。その際、サラ様を精霊王様がエスコートしてもいいか、あわせて確認をとっています。サラ様が承諾すれば、エスコートについて、ソーンナタリア国としては問題ないとのことです」
な、なるほど。
賢者アークエットがルーナをエスコートすると。
ならば私は精霊王にエスコートされても、何も問題ないだろう。むしろ、断る理由もない。
「分かりました。精霊王様のエスコート、謹んでお引き受けします」
「ありがとうございます、サラ様。では精霊王様からのドレスにお着替えください」
「はい」
ミレーユがニッコリ笑い、着替えが始まったのだが。
「す、すごい」
思わずため息がもれる。
こんなドレス初めて見た。
ボリュームのあるチュールスカートは、左側からぐるりとグラデーションになっている。
その色味は……鮮やかで濃いラズベリーレッド、明るい紫がかったピンクのマゼンタ、優しいコスモス色、ミルキーピンク、ホワイトと実に美しい。
さらにトップスはラズベリーレッドで、一粒一粒が極上の輝きを放つグリッターが星のように散りばめられている。このグリッターはスカートの上部にもランダムに飾られ、チュールが揺れる度に美しい光を放つ。そしてベルベッドのワイン色のウエストリボンが、シックな雰囲気だ。
髪はツーサイドアップにして、結び目には、アメシストでぶどうの実を、ペリドットで葉を表現した銀細工の髪留めで飾った。ドレスの色にあわせたピンク系で、アイカラー、チーク、口紅を塗る。目元とチークはパールをのせ、ランタンの明かりに映える仕上がりにした。
首元には髪飾りとお揃いのチョーカー、帰石のペンダント。指輪とノア王太子とお揃いのバングルは、私にとっての大切なアイテム。絶対に外さない。
身支度が終わると、俄然、ノア王太子に見せたくなる。ミレーユにそのことを伝えると確認をとってくれた。
「丁度、ルーナ様が粛清の力で、ノア王太子様の穢れを抑えたところだそうです。会いに行きますか?」
コクリと頷き、部屋を出る。
ノア王太子の部屋に行くと、そこには美しいドレス姿のルーナがいた。
ラベンダー色のドレスには、星の砂のようなグリッター、宝石のようなスパングルが散りばめられている。
緩くウェーブを描く、眩しい程に煌めくプラチナブロンドの長い髪には、ラベンダー色の小花が飾られていた。頭上に輝くティアラ、ティアラと同じ宝石が埋め込まれたブレスレット。とても美しい。
私を見ると、ルーナは輝くような笑顔になる。
「お兄様の選んだドレスですね。素敵です。サラ様にピッタリですね」
「ルーナ様のそのドレスは?」
「賢者アークエット様が、魔法で用意くださいました」
なるほど。
さすが。
ルーナの美しさを余すことなく引き出すドレスだ。
シンプルなのに、沢山の輝きで、ルーナの美をさらに引き立ている。
「ルーナ様も、とても素晴らしいです。普段の衣装も素敵ですが、そのドレスもよくお似合いだと思います」
「ありがとうございます、サラ様。……サラ様のそのノア王太子様とお揃いのバングルも、いいですね。お二人の愛を感じます」
その言葉に思わず頬が赤くなる。
「クローギンアンドレの鈴の音は、奇跡の音色と言われているんですよ。意識を失った人が、その音色に反応して目を覚ましたという話もあるのです。……ノア王太子様とサラ様に、奇跡が起こるといいですね」
「ルーナ様、ありがとうございます! 奇跡は……起きるのを待つのではなく、起こしたいと思う派なんです。私、諦めませんから!」
ルーナは眩しそうに私を見るとニッコリ微笑む。
「私もサラ様のように強くなります」
そこでルーナはハッとした表情になる。
どうやら精霊同士の意志疎通、テレパシーで会話をしたようだ。
「それでは私は賢者アークエット様と、ランタンイベントの会場へ先に向かいますね。お兄様はあと数分後に、こちらへ迎えにくるそうですから」
「分かりました。ありがとうございます」
ルーナが出て行った後。
私はノア王太子に語り掛ける。
「ノア王太子様。これからランタンイベントに参加してきますね。このランタンイベントは、私がいた元の世界でもありますが、とても綺麗なんです。……ノア王太子様と見たかった……いえ、見に行きましょう。違うな。うーん、あ! やりましょう。二人の結婚一周年イベントとかで」
そこでバングルをつけたノア王太子の左手を持ち上げ、クローギンアンドレにツンと触れる。「キラリーン、キラリーン」と高音の澄んだ鐘のような音が響く。
「ノア王太子様、聞こえていますか。この音色、奇跡の音色と言われているそうですよ。綺麗な音色ですよね。……奇跡は絶対に起こして見せますから。待っていてください」
その手をぎゅっと握った時。
扉がノックされた。
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