49:ぶどう祭り~早着替え~
樹洞に入るや否や。
まるでバラエティ番組の早着替え並みの勢いで、着替えを完了させる。なにせキトンが脱ぎやすかったのであとはもう、黒のズボンとグレーの上衣を着て、髪を後ろでお団子状に結わき、フード付きの深緑色のマントを羽織れば完了だ。サンダルを脱ぎ、ショートブーツを履くと、素早くもう一つの出入り口から外へ出る。
ルドルフと待ち合わせ目標にしている樹洞へ駆けていく。
走る自分の影に重なるように動く影に気づき、上を見ると、クロッカスが静かに降下してきた。
まさに待ち合わせポイントとなる樹洞の前に、ルドルフとクロッカスが着地し、私も到着した。
「よし。行くぞ、サラ様!」
「お願い、ルドルフ」
ズボンを履いているので、低い姿勢で待機してくれているクロッカスにもすぐ飛び乗ることができた。ルドルフは私が乗ったのを確認すると、早速上昇を始める。
「サラ様、俺はなるべく風の抵抗を減らすため、前に倒れ込む。同じようにサラ様も体を前に倒すようにしてくれ」
「分かったわ」
ロセリアンの森の上空に出たクロッカスは、信じられない速さで飛んでいく。
ジェットコースターというより、これはまるで新幹線みたいな!?
ともかくそれぐらいの速さで飛んだので、あっという間にダークフォレストの上空についた。そして既に下見を何度もして把握しているポイントに来ると、ルドルフはロープをダークフォレストに向けておろした。
「既に体にロープは取り付けてあるから。サラ様はこのポイントで、クロッカスがおとなしく待機するよう、声を掛けてやってくれ」
「了解」
返事をすると、ルドルフは厚手のグローブをはめた手でロープを掴み、するすると器用に森の中へと降りていく。
いろいろと、早い。
このルドルフの手際の良さには、感心するしかない。
一方の私は、クロッカスに優しく語り掛ける。
「クロッカス、ごめんなさいね。ダークフォレストはきっと嫌な気配を感じるのだと思うわ。でも少しだけ、我慢して。今、ルドルフが大切な物を探しているの。それはルドルフにとっても、私にとっても、そしてノア王太子様にとっても大切な物。だからお願い。落ち着いてね」
「クゥーッ、クゥーッ」
その体を撫でていると、クロッカスが短く鳴く。
そしてしきりに顔をロセリアンの森の方へと向けた。
「……!」
瘴気が襲来したのだ。
ここからでもハッキリと三霊獣の姿が見えている。
「!」
ロープに反応がある。
ルドルフが戻って来ると分かった。
ロープ登りは得意と言っていたが、なんとかロープを引き上げられないかと掴んでみると……。
ビクともしない。腕力が全くないことを実感する。
「サラ様、このポイントにはなかった。もう一か所に行くぞ」
「ルドルフ! 瘴気が来たみたい」
「ああ、急ごう。クロッカス、頼む!」
ルドルフは片足を鐙にかけた状態で、移動をクロッカスに命じる。
私は慌てて、鞍の突起を掴む。
すぐに次のポイントにつき、束ねていたロープから手を離すと、ルドルフは素早く降下していく。
クロッカスは落ち着いており、私が宥めるまでもない。むしろ、ロセリアンの森で始まっている戦闘を気にしているように感じる。
今回も蛾の形をとる瘴気は、分散しているらしい。
だがイエロードラゴンが倒しやすいように、分散する蛾を、レッドドラゴンとブルードラゴンがそれぞれ一か所へと追い込もうとしているのが分かる。
精霊王の館の方を見るが、そちら動きはないように思えた。今日はルーナがいつも通りに粛清の力でノア王太子の穢れを抑制すると言っていたので、そちらに反応はしていないのかもしれない。
「!」
ロープがきしみ、ルドルフがのぼってくるのが分かる。
あっただろうか。
ドキドキして見ていると。
「ない。明日、もう一か所行こう。今日はこれで撤退!」
ルドルフはそう言うと、あっという間にクロッカスに跨る。
「ラスト一か所にある可能性は……?」
「明日、行く場所が本命だ。今日の二箇所は、調べた限りだと、噂の数が明日行く場所より少なかった。だから気にしなくていい」
そう言っている間にも、森へ伸びていたロープはきちんと束ねられている。
「よし。クロッカス、出発地点に戻ってくれ。サラ様、つかまって!」
「はい!」
そこからは行きと同じ。ものすごいスピードで、待ち合わせをしていた樹洞へと向かう。森のはずれの瘴気との戦いは続いているが、既にブルードラゴンとレッドドラゴンは動いていない。追い詰めた瘴気をイエロードラゴンが倒す――そんな段階に思える。
「着いたぞ、サラ様」
「ありがとう、ルドルフ」
クロッカスから飛び降り、そのままダッシュで樹洞へと戻る。
小さな裏口に身を滑り込ませ、一度深呼吸をすると、結わいていた髪を解きながら声をかける。
「レブロン隊長、賢者アークエット、瘴気は殲滅できたのかしら?」
素早くズボンを脱ぎ、青紫色のスカートに履き替える。
「サラ様。絶妙なタイミングです。今、まさに瘴気を殲滅確認したと、精霊騎士からの連絡を受けたところですよ」
羽織っていたマントをはずす。
「そうですか。それはよかったです」
そう返事をして外に出ると。
「サ、サラ様、それは……いくらなんでも町娘のようですが!?」
賢者アークエットが目を丸くし、レブロン隊長がクスクスと笑う。
「あら、そうかしら? 動きやすいですが」
「いえ、ダメです。さすがに。あなたは王太子妃なのですよ!」
しばらく賢者アークエットに注意され、魔法でワンピースを用意され、それに着替えて館へ戻ることになった。
「サラ様。髪もなんだかボサボサに感じます。館に一度戻り、昼食にして、髪を整えてください」
「はぁい」
ひとまず館に戻ることになった。
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次回は明日、以下を公開です。
7時台「ぶどう祭り~断る理由はない~」
12時台「ぶどう祭り~唯一の方法~」
20時台「ぶどう祭り~今すぐ……~」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!