41:こんな美人を泣かせたら、罰が当たりそう
翌日の朝。
ミレーユに手伝ってもらい、ドレスに着替えた。
賢者アークエットには活動しやすいワンピースタイプのドレスを用意してもらっていた。
少し緑がかった鮮やかな青であるセルリアンブルーのドレスには、白い花が大胆にプリントされていた。シンプルなAラインのワンピースだが、ウエストの濃紺のリボンベルトがアクセントになっている。髪はポニーテールにして、ワンピースと同柄のリボンをつけた。
着替えが終わると、ミレーユと共に厨房へ向かった。
実は。
朝食としてパンケーキを二人分、リクエストしていた。
キャラメルソースとパンケーキ。
ノア王太子といつか食べようと約束していたものだ。
サラダ、パンケーキ、搾りたてのフレッシュジュース。
もしかしたら。
もしかしたら。
この甘いパンケーキとキャラメルソースの香りに、ノア王太子が反応してくれるかもしれない。
そう思って。
ミレーユと二人、ノア王太子の部屋に向かうと、ルーナが待っていた。私が用意した朝食を見て微笑む。
「ノア王太子様! おはようございます。今朝はパンケーキを用意しましたよ。よかったら一緒に食べませんか」
私が明るく声をかける間に、ルーナがノア王太子を目覚めさせ、ミレーユが上半身をおこし、枕をセットする。ルーナが用意してくれた椅子に座り、まずはパンケーキをノア王太子の顔に近づけ、その甘い香りを楽しんでもらう。
コバルトブルーの美しい瞳は開いている。
陽射しを受けた白いリネンが反射し、その瞳はキラキラと輝いてさえいた。
だが。
パンケーキの香りに対する反応はない。
ではと今度はキャラメルソースをかけ、一口サイズのさらに半分のパンケーキを近づけてみる。
「もうこの甘い香り、たまりませんよ、ノア王太子!」
私のお腹はこの香りに反応し、既にぐうっと鳴っている。だがノア王太子は……。
分かっていた。こうなるって。
大丈夫。
フレッシュジュースだけ。
時間をかけ、飲んでもらった。
それを終えると、ルーナと二人。
窓際のテーブルに腰かけ、パンケーキを食べた。
なぜパンケーキとキャラメルソースなのか。
これを用意した理由を、私はなるべく楽しく明るく話した。
「それで私が自分が朝食で食べたいパンを伝えたら、ノア王太子様は笑顔で『パンケーキはそうだね。キャラメルソース……。それは甘くてデザートのようだが、わたしも食べてみたい。用意するよう伝えておくよ』って、おっしゃってくださったのです。その時のノア王太子様の優しさに私はメロメロでした!」
そう元気よく締めくくったのだが。
陽射しを受け、イエローダイヤモンドのように輝くルーナの瞳からはポロリ、ポロリと真珠のような涙がこぼれ落ちてしまう。そして「サラ様、ごめんなさい」と何度も囁く。
これは……たまらないな。
こんな美人を泣かせたら、罰が当たりそうだ。
ルーナを抱きしめ私は何度も「大丈夫ですよ、大丈夫ですよ」と、その背を優しく撫でた。
◇
朝食はルーナととったので、自室で賢者アークエットとルドルフと集合し、精霊王との朝食はどんな感じであったか教えてもらった。
「ルーナ様もサラ様もいない。男四人の朝食。これがいかに侘しいものか……説明するまでもないだろう、サラ様」
そう不貞腐れるのは、男性の精霊が着る衣装をまとったルドルフだ。
どうやら賢者アークエットに頼み、用意してもらったようだった。
そのルドルフの装いは……。
アルバに似た衣装の色はフロスティブルー。襟元が碧い宝石で飾られている。そして羽織っているマントは鮮やかなブルーアシード。腰には襟元と同じ、碧い宝石が埋め込まれたホワイトゴールドのベルトをつけている。
対する賢者アークエットは、初めて会った時にも着ていたグリーンのローブを羽織り、その下には白とスカイグリーンのストライプ柄のチュニックのようなものを纏い、腰には革製のベルトをつけていた。
「ルドルフ、君の愚痴はどうでもいいから。サラ様。国王陛下と話し、許可が出ました。ぶどう祭り期間中の滞在延期について。ただ、瘴気にはくれぐれも気をつけるように、ということでした。とはいえ、ロセリアンの森は精霊王様の本拠地で、精霊は騎士でなくても全員、粛清の力は使えますからね。その点は問題ないはずですが、念には念を、とのことでした。
そしてこの後ですが……。私は精霊王様と、ノア王太子様について話すことになっています。この話し合いは、私と精霊王様とでまず話し合い、サラ様には後程、報告する形にしたいのですが、よろしいですか?」
それは……願ったり叶ったりだ。
なにせ今日はクロッカスに乗り、ロセリアンの森を散策し、変装の服を調達し、避難場所を探す予定だったのだから。
「賢者アークエット様、それで構いません」
私が即答すると、ルドルフが反応する。
「そうなると思ったよ、サラ様! そこでな。俺がサラ様を案内すると提案したんだ。このロセリアンの森には沢山のお店があるからな。それに豊かな自然も。サラ様の気分転換にもなる。ただな、サラ様のドレスもパンプスも長時間歩くには向いていない。そこでクロッカスに騎乗していいか尋ねたら……。精霊王様は『サラ様はワイバーンに乗ることが出来るのですか!?』って目を丸くしていた。でも乗れると分かると感心し、好きなだけこの森とその上空をワイバーンで散策すればいいと言ってくれた」
私がワイバーンに乗れる。
それは賢者アークエットが、私にワイバーンに乗るよう仕向けた結果だ。自身がそうしたくせに、賢者アークエットは苦々しい顔をしている。多分、王太子妃がワイバーンに乗れるなんて、精霊王は勿論、他国には秘密にしておきたかったのかもしれない。
「精霊王様の太っ腹に感動した俺は、こう申し出したのさ。『精霊王様、私の愛ワイバーンで飛行する許可をいただき、ありがとうございます。その寛容な心への御礼として、明日からのぶどう祭りの最中、クロッカスで上空から警備を行わせていただけないでしょうか。定期的に周回し、何か問題が起きていないかを上空から確認しつつ、瘴気に備えます。ダークフォレストの上空も旋回し、瘴気の見逃しがないようにします』と。すると精霊王様は大喜びしてくれた」
ルドルフ……!
完璧。計画通りだ。
「明日からのぶどう祭りは人出も多いですからね。あらかじめ上空から森の様子を確認できた方が、祭りの最中に迷子にならないで済みます。ですからルドルフの提案は……理にかなっていました。さらに空の警備の申し入れは……ルドルフにしかできないことですから、素晴らしいと思いますよ。私からも精霊王様にルドルフに警備をさせるよう進言しておきました」
どうやら賢者アークエットは、知らず知らずのうちに、私達の計画をアシストしてくれている。
後でそうだと知ったら、怒られそうだけど。
ともかくルドルフと私はクロッカスに乗り、ロセリアンの森を散策できることになった。
本日公開分を最後までお読みいただき
ありがとうございます!
次回は明日、以下を公開です。
8時台「もう一度、笑顔の彼に会いたい」
12時台「待ちきれない」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!