34:兄弟のような絆
ベッドから起き上がった私を、ルーナは賢者アークエットがいる部屋に案内してくれた。
その部屋で賢者アークエットは、レブロン隊長とソファに向き合い、話をしているところだった。既に精霊王の姿はない。聞くと、昨晩の瘴気の畑や森への被害の確認、その対応のため、館を出たという。陽が沈むまでは戻らないとのこと。
「精霊王様からは、良かったら今日は一泊してはとのことです。国王陛下も、もし精霊王様が許し、サラ様が望むなら、ロセリアンの森に滞在してはと仰っていましたよね。ですからサラ様のお気持ちのままに、どうしたいかお申しつけください」
賢者アークエットの言葉に、しみじみと自分がどんな状態だったのかを実感することになる。
国王陛下にそんなことを言われていたなんて……。
全く覚えていない。
本当に心あらずだったのだろう。
心あらず……。
それはこの館でも、それに近い状態になってしまった。
とんでもない醜態を晒している。
精霊王に謝罪する必要があると思う。
「それではお言葉に甘え、今晩は泊まらせていただこうと思います。それよりも何よりも……ごめんなさい」
既にソファに腰をおろしていた私は、膝におでこがつく勢いで頭を下げた。
「ノア王太子様を見て、取り乱し、とんでもないことを口走り、とても失礼なことをしてしまいました。一国の王太子妃として、恥ずべき行為です。本当に、申し訳ありません。精霊王様にも後程、きっちりお詫びさせていただきます」
「サラ様、誰もあなたを責めるつもりなどありませんよ。あなたとノア王太子様は先日婚儀を挙げたばかり。それなのにいきなりこのような事態に直面したのです。動揺し、混乱して当然。もっと怒り狂ったり、暴れたとしても。誰も咎めることなんてできません」
レブロン隊長はそう言うと、さらに優しく諭す。
「フィルも同じ気持ちです。ですから、顔を上げてください」
ゆっくり顔を上げると、金色の瞳と目が合う。
賢者アークエットと同じ瞳。優しさが感じられる瞳だ。
「……気を遣っていただき、ありがとうございます」
「気を遣ったわけではないですよ。むしろ。我々が気を遣ったのは……」
そう言って苦笑したレブロン隊長は、賢者アークエットをチラリとみる。賢者アークエットは「はぁ」とため息をつき、髪をかきあげた。
「えっと……、それは……」
「ルドルフです。サラ様より先にノア王太子様の姿を見て、レブロンが連れ出しましたよね? あの後、隣室でワンワン泣きまくって……。あれはまるで子供。しかもレブロンに抱きついて号泣するから……。レブロンの軍服はルドルフの涙でぐちょぐちょ。着替えを余儀なくされる事態に。挙句、泣き過ぎて、力尽きて今は爆睡中です。本当に……。いくら最年少とはいえ、空の騎士団の団長だというのに。しかもルドルフの心の乱れを感知したクロッカスが暴れ出し、そちらを鎮めるのにも一苦労だったのですから……」
賢者アークエットの説明には、もう驚くしかない。そして確かにレブロン隊長は、宮殿で見かけた軍服ではなく、精霊王と同じようなアルバに似た衣装を着ている。色はベージュで、袖口と裾に濃紺の糸で細かい模様の刺繍が施されていた。腰にはシンプルな革製のベルトつけている。
「ルドルフはよっぽどノア王太子様と仲がいいのね」
「ルドルフとノア王太子様は同い年なのです。ルドルフが早生まれなので、まだ20歳ですが。ルドルフはノア王太子様の遊び相手も兼ね、王宮で共に過ごす時間も長かったのです。頭角を見出されたルドルフは、6歳で騎士団に見習い騎士として入団しました。でも狩人出身のルドルフは、今の姿からは想像できないと思いますが、当時は騎士見習いの中で、肩身を狭く感じていたようなのです。休憩を与えられても、休みの日も、一人で過ごすことが多かった。そんな彼をノア王太子様は見つけ、自分の遊び相手に指名したのです。ですから二人には、主従関係を超えた、兄弟のような絆があり……」
知らなかった。
そんな設定、“君待ち”では明かされていない。
「あの、戦況報告は聞いていましたが、当日の詳しい状況が分かりません。ルドルフはノア王太子様のそばに自分がいればと言っていましたが、どういう状況だったのですか?」
「通常であれば、空の騎士団は最前線に出ます。空から攻撃をできるのは、大きなアドバンテージですから。しかし今回はあいにくの嵐で、空の騎士団はワイバーンと共に出陣することはできませんでした。物資輸送を終えた後、ルドルフはリックシャーという村での防衛を全面的に任されました。
つまり、スワンレイクには陸と水の騎士団の団長、そしてノア王太子様がいたのです。ロセリアンの森に入る際、ノア王太子は陸の騎士団の団長カイルを連れ、スワンレイクには水の騎士団の団長ウォルターを残しました。
当然の采配だったと思います。それぞれの騎士団の特性を考えれば、スワンレイクに水の騎士団、森の中へ陸の騎士団。後方の村にルドルフが待機することになったのも、致し方ないわけです。それに例えルドルフがそばにいたとしても……結果が変ったとは言い切れません。ノア王太子様が精霊王様の妹君と子供を庇えたのも、ギリギリだったのですから」
なるほど。
そう言うことだったのか。
今回、ノア王太子が瘴気に触れることになったのは……事故だ。誰のせいでもないと思う。ルドルフが責任を感じる必要はないし、ルーナだって悪くない。すべては瘴気が……いや、古の昔に聖獣を手に掛けた者が……。
「失礼します」
美しい声がして、王の間に案内してくれた女性の精霊が部屋に入ってきた。
「昼食をご用意しました。よろしければご案内します。ルドルフ団長様はまだぐっすりお眠りですので、皆様の食事が終わった頃に再度お声を掛ける予定です。そこで目覚められていましたら、お部屋へお食事を運びます。皆様については、ダイニングルームへご案内するよう、精霊王様から命じられていますが、いかがでしょうか」
賢者アークエットを目配せをする。
今、提案されたプランで問題ない、ということで頷く。
賢者アークエットが返事をして、レブロン隊長と三人でダイニングルームへ向かった。
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