30:ロセリアンの森
賢者アークエットが使った魔法。
いわゆる、テレポーテーションみたいなものだ。
気づいたら、宮殿のワイバーン達の寝床から、ロセリアンの森のエストポートへ来ていた。
エストポート<東の砦>。
砦というが、そこには白亜の大理石でできた壮麗な門が建っている。
その高さ、大きさ、全体のスケール。
元いた世界の技術をもってしても、作れるのかという程の壮大さだ。二つの大きな柱をつなぐ巨大なエンタブラチュア。エンタブラチュアのアーキトレーブには、アートのような精霊達の文字が刻まれている。
「偉大なる精霊王が収める
ロセリアンの森につながる東の砦
悪しき者が踏み入ることを永遠に拒む」
“君待ち”をプレイしている時に見たことはあったが、実際に目の辺りにすると、本当にすごい。圧倒的な存在感だ。門を通過するのに10分近くかかっている。ただ、歩いているだけなのに。
「この門の左右の壁を見てください。銀狼のレリーフがありますよね。もしここに敵が侵入したと分かると、このレリーフの銀狼は実体化し、侵略者に襲い掛かります。その毛はダイヤモンドのように固く、その牙は鋼鉄をもかみ砕く。瘴気でさえ、銀狼に噛まれれば、致命傷になります。生きてこの門を出るのも、入るのも無理でしょう」
レブロン隊長の言葉に、改めて左右の壁を見るが……。
もすごい数の銀狼がいる。これがすべて実体化して現れたら……。
もはや瘴気が現れたら、ここへ追い込むのが一番と思えた。
そんなエスポートを抜けると……。
「わあああああ」
思わず感嘆してしまう。
なんて美しい森……。
しかも木が巨大。
普通に元いた世界の高層ビルぐらいの高さがある。
その巨木には沢山のツリーハウスがあり、そこに精霊たちが暮らしているという。幹にはまるでツタが巻き付くように、螺旋階段が続いていた。
「サラ様。知っているか? 表向きはあの螺旋階段を、みんな使うことになっているが。実際は跳躍するんだ。ひょいっとジャンプしたと思ったら、かなり上の木の枝に移動している。あとはそのまま、ひょい、ひょい、と移動していく。身軽だ。精霊は羽もないのに」
ルドルフは空の騎士団の団長だけあり、飛ぶことに関して人一倍詳しいようだ。
「ルドルフ殿。クロッカスはこちらへ預けてください。きちんとお世話しておきますから」
レブロン隊長の声に前方を見ると、美しい二人の精霊騎士が待機している。
多分、この精霊騎士は“君待ち”におけるモブだ。
モブなのに信じられないぐらい美しい。
“君待ち”の制作陣は……本当にいい仕事をしている。
ルドルフは何やらクロッカスに話しかけ、クロッカスは何度も目をパチパチさせ、そして最後は大きく頷くような仕草を見せる。
人間とワイバーンなのに。
意思の疎通が図れているとしか思えない。
「では、これよりロセリアンの森へと入ります」
先頭を歩くレブロン隊長の言葉に身が引き締まる。
今いる場所はエストポート<東の砦>を抜けた先にある広場のような場所。精霊騎士の待機所のような建物があるぐらい。でもここから数メートル先には、あの巨木が立ち並ぶ森が広がっていた。そしてその中へと、入って行くことになる。
“君待ち”で散々見たロセリアンの森だが……。
ドキドキしながらレブロン隊長の後ろに続く。
歩いてしばらくすると。
蛍の光のようなものが舞っていることに気が付く。
「サラ様、あれはフェアリーと呼ばれ、精霊の眷属とされています。一つ一つは小さい存在ですが、群れとなり瘴気を攻撃することもできるのですよ。フェアリーに包まれた瘴気は、瞬時にその姿を消します。今のようにふわふわ森の中を漂う者もいれば、水中に漂う者もいるのです。瘴気は陽の光を浴びると消失します。昨晩の戦闘で倒された瘴気は夜明けと共に、湖底に沈んだものも含め、既に姿は消えたでしょう。でもこのロセリアンの森の中で倒された瘴気は、このフェアリー達により、既に消滅させられたと思います」
賢者アークエットの説明に「なるほど」と頷く。
粛清の力はその強さの度合いにより、消滅までさせることができるが、それには時間も力も使うことになる。ひとまず息の根は止め、森に放置された瘴気は、このフェアリーが片付ける……というわけか。
倒した瘴気のその後まで、ゲームをプレイしていた時には考えていなかった。瘴気を倒し、アイテムをゲットしたら、次!だったのだから。
「見えてきました。あれが精霊王ランドール様の館です」
レブロン隊長に言われ、前方を見て、もう感嘆するしかない。
館。
いや、あれは館ではない。城。お城にしか見えない。
大理石で出来た白亜の城。
あ、そう言えば元いた世界でも、白鳥の名を冠した秀麗なお城があった。今、眼前に見えているのは、まさにそんな感じのお城だ。
それがツリーハウスと同じように三本の巨木をつなぐようにようして建てられているのだから。一体どうやって建築したのかと唸るしかない。
「では、参りましょう」
……。
さっき、ルドルフはこの階段を精霊達は使わないと言っていた。跳躍して、ひょい、ひょいと遥か上に見える建物に向かうと言っていたが……。人間にそんな跳躍力はない。だが、この螺旋階段は、何段あるのだろうか? 30分ぐらいでのぼり終わる……? ワイバーンに乗れた私は、三半規管が強いとルドルフは言ってくれたが……。さすがに目が回りそうだ。
「サラ様、安心しろ。恐れるほど階段はないぞ」
「ル、ルドルフ、それはどういうこと?」
「いやー、からくりは俺も分からないよ。でも、なんかこの階段自体に、精霊の力が使われているみたいなんだ。好ましい客を迎える時は、あっという間に館につく。好ましくない客の時は、いつまで経っても館につかない。みたいな」
なんと……!
精霊の好き嫌いで、階段の段数が変るということ……!?
一体どんな力を使っているか分からないが、もしそうであるならば。
ゴールは早めに願いたい。
そう思ったら。
「ご安心ください、サラ様。もう着きますよ」
賢者アークエットに言われ、慌てて前を見ると。
目の前に青銅で出来た巨大な扉がある。
「ソーンナタリア国 防衛担当 精霊騎士隊長 レブロン・アークエット様のご帰還です。客人3名、王太子妃サラ様、賢者アークエット様、空の騎士団の団長ルドルフ様、ご入館されます」
綺麗な高音の男性の声と共に、青銅の扉が開いた。
「うわぁぁぁぁ」
アーチ型の天井を支える梁には、秀麗な彫刻が施されている。そこに飾られているシャンデリアもキラキラと豪華。壁に描かれた自然の景色も実に美しい。床のアラベスク模様のモザイクも完璧。
「レブロン隊長、おかえりなさいませ」
思わず息を飲む。
性別としては同じ女性だが。
すごい。
とんでもなく美しい……。
髪はまさに波打つようなブロンドでとても長い。
古代ギリシャを思わせる、純白のキトンのような衣装を着ている。ウエストの銀色のベルト、肩の布を留める銀色の飾り。装飾はほとんどなく、自然体な姿だけで、十分美しさを感じられる。
「まずは精霊王ランドール様の所へご案内します」
そう告げるとその女性はそのまま歩き出す。
名を名乗ることもなかった。
ということは……あの美貌でただの召使いの可能性が高い……。
“君待ち”で精霊は、男性が描かれることが多く、女性はほぼ初めて見たに等しいが。
モブなのに美し過ぎる……。
こんな美人がいるのに、精霊王が未だ独身とか意味不明ー。それは攻略対象だからだよ、というツッコミが頭の片隅で聞こえるが、無視だ。
案内された扉の前には、二人の精霊騎士が立っている。
レブロン隊長を見ると、敬礼し、扉の前から離れた。
すると。
まるで自動ドアのように両開きの扉が開いた。
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次回は明日、以下を公開です。
8時台「認めたくない」
12時台「なんて、なんて、美しい……。」
20時台「古い物語」
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