28:ノア王太子様~~~♡
「サラ、戻ったよ!」
「ノア王太子様! お待ちておりました。ご無事の帰還、何よりです」
「ずっと待たせてしまったね、サラ、これを」
「こ、これは……。赤い薔薇……」
「サラ。愛しています。あなたのことを。もう……離さない」
ノア王太子様~~~♡
「サ、サラ様ーっ」
「うううんんん♡」
「サラ様、お止めください!」
思いっきりを頬をぐいっと押し返され、「??????」と目を開けると、眼鏡がずり落ちそうになっているジョディと目があう。
「ジョディ、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたも。サラ様を起こそうと近づいたら、いきなりサラ様が抱きつき、私にキスをしようするので、全力で阻止したのですよ!」
「!? わ、私、そんなことをしたの!?」
「ええ、されました。本当に、驚きました」
これはとても恥ずかしい。
一体どんな夢を見ていたのだろう……。
いや、抱きついてキスをしようとしたわけでしょう。
それって間違いなく……。
ヤバイ。
欲求不満だと思われてしまう。
「まったく。こんな風にサラ様がなるのはノア王太子様が悪いと思います。明日の朝食にはボタンを持参しましょう、サラ様!」
「えっ、そ、それは……」
ジョディとそんな問答を繰り広げていると。
ドアがノックされる。
まだ目覚めたばかりでネグリジェしか着ていない。
ジョディが渡してくれたガウンを慌てて羽織る。
私がガウンを着たのを確認すると、ジョディが扉を開く。
「賢者アークエット様! おはようございます。サラ様は目覚めたばかりで、まだアーリーモーニングティーも召し上がっていませんが」
「そうですか。では紅茶の準備をジョディは続けてください。サラ様、失礼して部屋に入らせていただきます」
「ええ、どうぞ」
ジョディはすぐに椅子を私のベッドのそばにおき、賢者アークエットはそこに腰を下ろした。ジョディが紅茶を準備し始めるのを確認すると、賢者アークエットは視線を私の方へ戻す。
「改めましてサラ様。おはようございます」
「あ、はい。おはようございます」
「お休みになった時間が遅かったのに、いつも通りの時間に起きていますが、お体の調子は大丈夫ですか?」
賢者アークエットが気遣うように私を見ている。
体調を心配し、訪ねてくれたのだろうか……?
「確かに睡眠時間は足りてないですが……。ノア王太子様が帰還されたら、きっとすぐにお休みになりますよね。私もそれにあわせ、昼寝でもさせていただきます」
「そうですか……。体調はあまり万全ではないですよね」
「そんなことないですよ。病は気からです! 15分の昼寝でかなり回復しますから。でもノア王太子様は夕方まで休まれるでしょうから、昼寝の後は神殿の様子を見に行くつもりですし、この通りまだ若いので。問題ないです」
賢者アークエットはそれでも気遣うように私を見ている。
そんなに疲れた顔をしているのだろうか?
思わず鏡を見たいなーと思ってしまう。
「神殿へ様子を見に行かれる……。国民への気遣いもしていただけるとは。さすがサラ様です」
「いえ、そんな大層な志ではないですよね。……私なんかより、賢者アークエット様。あなたもお疲れなのでは?」
金色の瞳を私に向けた賢者アークエットは……。
なんだか疲れているというより、悲しそうに見える。
どうしたのだろう……?
「アーリーモーニングティーの用意ができましたよ」
ジョディはそう言うと、私と賢者アークエットに、ティーカップの乗ったソーサーを渡してくれる。
この爽やかな香りは……ウバね。
宮殿で出る紅茶だ。
期待を込め、カップの中を見ると。
おおおおお、ありました!
ウバと言えば、お馴染みのゴールデンリング。
やはり最高級の品質の物を使っている。
ミルクをいれるのもいいけど、ここはストレートで楽しまないと。
ウバは癖があるという人もいるけれど。私は大丈夫。イマイチのウバはミルクティーにして飲んでしまうので問題ない。庶民は通常、こんな高品質のウバを日常的に飲むのは難しいから。ちゃんと工夫をしているのです。
ということで何口か紅茶を飲むと、こちらをじっと見る賢者アークエットと目が合った。
しまった。
食べ物や飲み物を前にすると、すぐに気持ちがそっちへ向かってしまう。賢者アークエットと話の途中だった。
「えーと、それで賢者アークエット様。今朝はどうしたのですか?」
「サラ様。ノア王太子様ですが、現在、ロセリアンの森にいらっしゃいます」
「? 討伐が終わったけれど、スワンレイクにいた軍とまだ合流していないの?」
賢者アークエットは、手にしていたカップをソーサーに置いた。
「精霊王様の館にいます」
「なるほど。そちらで休息をとらせていただいているのですね」
「休息……そう、ですね」
なんだろう。歯切れが悪い。
私も手にしていたカップをソーサーに置いた。
「サラ様」
顔を上げた賢者アークエットが、金色の瞳を私に向ける。
その瞬間、心臓が嫌な鼓動を刻む。
「ノア王太子様は、昨晩の戦闘で瘴気に触れ、穢れを受けてしまいました」
え……。
「精霊王様にはルーナ様という妹君がいらっしゃいます。昨晩は瘴気の襲来があると分かっていたので、砦に避難されていたのですが……。逃げ遅れた精霊の子供がいることに気づき、少人数で森の中へ向かい、そこで瘴気と遭遇してしまったのです。そこを助けたのがノア王太子様だったのですが。ルーナ様と子供を庇い、瘴気に触れてしまったと、未明に報告がありました」
賢者アークエットの顔は、見たことがないぐらい苦悩に満ちている。心臓がバクバクと嫌な音を響かせていた。それでもなんとか気持ちを落ち着け、口を開く。
「そ、そうですか……。それで具合はどうなのですか? そばに精霊王様の妹君がいたのでしたら、すぐに粛清の力をお使いいただけたのでしょう?」
手が震えている。
震えを止められない。
カップがソーサーに当たり、カタカタいっている。
視界がぼやけ、心臓が止まりそうだ。
「ノア王太子様は、瘴気を受けたものの、精霊王様の妹君と子供をまずは安全な場所まで撤退させ、その瞬間に気を失われました。そこですぐに精霊王様の妹君が粛清の力を使い、さらに沢山の精霊騎士が駆け付け……。もちろん、お命はあります。穢れを全身に受ければ死亡してしまいますが、そうはなりませんでした」
賢者アークエットが優しい眼差しで私をみる。
「ノア王太子様は、ミント水をお持ちだったので、そのガラス瓶をその場で割ることで、襲い掛かってきた瘴気を退却させることに成功したのです。サラ様のおかげで、お命は助かりました」
命は助かった……。
命こそ取られなかったが、穢れは相当受けた……ということだ。
「そうですか……。お命が助かり、安堵しました。夜も明けましたし、粛清の力を使っていただけたなら、ノア王太子様は帰還できるのですよね?」
賢者アークエットは一瞬黙り込み、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「穢れの範囲が広いそうで……。意識もまだ……戻らないとのことです。引き続き粛清の力で穢れを抑える必要があるため、現状は精霊王様の館で、その……様子見の状態でして……」
穢れの範囲が広い……?
意識がまだ戻らない……?
宮殿に、王宮に帰還できない状態ということ……?
心配と不安で血の気が引いている気がする。
でも。
ここでパニックになってはいけない。
落ち着け、落ち着け、私。
「ノア王太子様が帰還できないのであれば、こちらが出向けばいいのですよね。すぐに支度をするので、ロセリアンの森に、精霊王様の館に案内いただけますか?」
「勿論です。レブロン隊長と共にご案内します。でもその前に、まずは……」
賢者アークエットが、まずは国王陛下夫妻とも話して、とか、いろいろ話を続けている。
でも、正直何も頭に入ってきていない。
命は助かった。
でもそれは生きているが死んだも同然という状態なのでは……?
瘴気に触れ、穢れを受ける。
穢れを受けた人間を襲うのは――。
頭痛、倦怠感、無気力。
生きているのに覇気がなくなり、眼光から輝き失せ、生気が感じられなくなる。定期的に精霊により粛清の力で浄化してもらう必要があるが、生きる気力がなくなっているのだ。気づくと穢れを持った人間が消えている――ということも多い。
あのノア王太子が、まさかそんな状態に……?
いや、まだこの目で見たわけではない。
まずは会ってみないと。
自分の目で確かめないと。
そう分かっているが、心臓がバクバクしている。
「ではサラ様、支度ができた頃に迎えに上がりますから。ジョディ、頼んだよ」
ジョディが返事をする声を、ぼんやり聞いていた。
「サラ様、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫ですよ、賢者アークエット様」
なんとか返事をしたけれど。
この後、自分が何をすればいいか分からない。
賢者アークエットを送ったジョディが、私のところへ戻ってきた。
「サラ様、大丈夫ですか? 顔色が……とても悪いです。先ほどからほとんど言葉も発していないですよね?」
「ええ、大丈夫よ。……着替えをお願い」
次の瞬間。
ジョディが私をぎゅっと抱きしめた。
「サラ様。大丈夫ですよ。ノア王太子様が瘴気に触れ、穢れを受けたぐらいでどうにかなるわけがありません! それに精霊王様の妹君が粛清の力を使ってくれているなら。その力は相当お強いはずです。サラ様が到着する頃には、穢れは浄化されているかもしれませんよ」
「そうよね。私も……そう思うわ。早く、ノア王太子様に会いに行かないと」
まずは。
実際に会ってみないと。なんとか気合を入れ、ベッドから降りた。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!!
このあともう1話公開します!
12時台に公開します。









































