26:刻々と変わる戦況
神殿での炊き出しを手伝い、宮殿に戻ってきた時には、風が強まり、雨の勢いも増していた。
夕食はホールで国王陛下夫妻も同席で行われることになっている。
宮殿に残る招待客が不安にならないための配慮だ。少人数で部屋にいると、激しい風や雨音に不安になりがち。ホールであれば話し声もあり、にぎやかになるため、不安も薄れるというわけだ。
ひとまず煌びやかではない、ホワイトリリー色の落ち着いたワンピースに着替え、ホールへ向かう。
既に多くの人が着席し、静けさの中にも話し声が溢れている。賢者アークエットの隣に座ったその時。精霊騎士が一人ホールに入ってきた。
身長が高く、鼻も高く、美しく長い髪をしている。
その横顔は女性かと思う程だ。
美しい精霊騎士はそのまま国王陛下のところまで行くと耳打ちをしている。
国王陛下は深々と頷くと、チラッと私を見た。
もしや……。
バトラーが食事の開始を知らせる鐘を鳴らし、会話が止む。
国王陛下が皆を見渡す。
「食事の前に。皆様にお伝えしておきたいことがあります。瘴気が台風と共に現れ、グルシャ王国、パマール国で戦闘が開始したと報告がきました。この後は頻繁に伝令が来ると思います。逐次、情報は共有しますが、我が国の王太子とその騎士達が、これまで同様、撃退しますゆえ、ご安心ください。さあ、スープが冷めないうちに。食事をお楽しみください」
この言葉を合図に食事がスタートしたが。
皆、食事よりも瘴気の話に夢中になっている。特にグルシャ王国の王族と大使は、自国に瘴気が出現しているということで、落ち着かない様子だ。
食事は2時間半ほど続いたが、その間にも何度も伝令がホールにやってきた。
宮殿に残された者達が、戦況がどうなっているのか気にしていることは、精霊王も分かっている。そして精霊同士は、テレパシーのようなもので意志の伝達が可能だ。つまり早馬を走らせなくても、戦況は逐次入ってくる。だからこの宮殿にいる精霊騎士に、グルシャ王国、パマール国にいる精霊騎士が戦況を伝えてくれているのだ。国王陛下は精霊騎士から聞いたことを吟味し、必要な情報はその場で伝えてくれた。
その話を聞く限り、ムカデ型の瘴気はかなりの数がいるらしい。グルシャ王国もパマール国でも善戦はしているし、ブルードラゴンもレッドドラゴンも活躍してくれている。ただ、あまりの暴風と豪雨。防衛線を突破しているムカデ型の瘴気も多いという。ただ、今回は瘴気の襲来が事前に分かっていた。よって多くの国民が避難を済ませており、建物や畑への被害は出ているが、負傷者は本当に最小限で済んでいるのが幸いのようだ。
負傷者。
多くが逃げる際の転倒などが多いが、瘴気に直接触れると、触れられた部分は変色する。変色するのだが、それはなんというか宇宙のような色合いになるのだ。濃紺に染まるがそれはゆらゆらと揺らめき、白い斑点がまるで星のように明滅している。瘴気に触れ、肌が変色することは「穢れ」という言い方をされているが、とても穢れているようには見えないのが不思議だ。
見た目は美しいが、体にもたらす影響はヒドイ。頭痛、倦怠感、無気力と生きているのに覇気がなくなり、生きる屍のような状態になってしまう。そう、眼光から輝き失せ、生気が感じられなくなるのだ。
穢れは精霊による「粛清の力」で浄化できる。だがそれもどれぐらいの度合いで触れたかで変わる。ちょっと触れたぐらいであれば、早期に粛清の力で浄化すれば問題ない。だが瘴気に触れた時間が長かったり、触れた範囲が広いと……。
粛清の力で浄化しきれない場合もある。そうなると定期的に精霊により粛清の力で浄化してもらう必要があるが、生きる気力がなくなっているのだ。気づくと穢れを持った人間が消えている――ということも多いという。
「それでは今日の夕食会はこの辺で終わらせていただく。何か重大な動きがあった場合はこちらからお知らせします。ただ、この宮殿には多数の精霊騎士、賢者アークエット、宮殿護衛騎士、そして何よりも異世界乙女である王太子妃サラもいます。皆様、安心してお休みください」
国王陛下がそう言って、締めくくろうとしたまさにその時。
精霊騎士がホールに入ってきた。これまでと同じように、国王陛下に報告がなされる。この報告を聞いた国王陛下はゆっくり目を閉じ、そして開けると、一同を見渡す。
「グルシャ王国もパマール国の防衛線を突破した瘴気が、ウルクーナ山脈を越え、一部がロセリアンの森に姿を現したそうです」
この言葉にざわめきが起きる。
だが国王陛下は落ち着いた声で告げる。
「ロセリアンの森は精霊王の本拠地です。そこには大勢の精霊騎士がいて、聖獣イエロードラゴンもいます。さらに精霊王がいらっしゃるのです。そしてその森の後には王太子がいます。大丈夫です。必ず撃破します。ご存知の通り、我が王太子は過去に瘴気相手に負けたことありませんから」
そう、そうなのだ。
ノア王太子はこれまで何度も何度も瘴気の襲撃を撃退している、無敗の王太子。無論、その活躍には精霊王や精霊騎士の果たしている役割も大きい。
この場にいる者でノア王太子のこの活躍を知らない者はいなかった。よってざわめきも次第に収まる。そして再度、国王陛下が夕食会の終了を告げ、皆部屋へと戻っていく。
「賢者アークエット様」
「何でしょうか、サラ様。お部屋までのエスコートでしたら勿論するつもりですが」
「いえ。部屋には戻りません」
私の言葉に、賢者アークエットはきょとんとした顔になる。
精霊騎士による報告はこれからも続く。賢者アークエットをはじめ、宰相、精霊騎士の隊長、宮殿護衛騎士の団長は、その報告を聞くために会議室に詰める。それはゲームのイベントと同じだと思ったのだ。
だから。
「これから戦況の報告を聞くため、会議室に詰めますよね? 私もそこに連れて行ってください。神殿から戻った後、すでに入浴は済ませていますから。可能な限り、状況を確認したいのです」
「サラ様……。……分かりました。でもくれぐれも無理なさらないでください。ノア王太子様がお戻りになった時、サラ様が過労で倒れられても困りますから」
それは私も困る。なぜなら帰還するノア王太子に私は抱きつく予定なのだから。そのためには身だしなみもちゃんとしたい。何より、今回の瘴気も撃退できると分かっている。だから過労で倒れるほど待たない間に決着がつくと踏んでいた。つまり徹夜になる心配はないと。
「勿論です。私としても帰還するノア王太子様をきちんとお迎えしたいと思っていますから、無茶はしません」
「分かりました。では会議室へ向かいましょう」
私は頷き、賢者アークエットにエスコートされ、ホールを出た。
このあともう1話公開します!
20時台に公開します。