25:出陣の儀
昼食後、ノア王太子は陸と水の騎士団を連れ、スワンレイクに向け、出発することになる。
空の騎士団は物資輸送のため、ノア王太子達とは別行動。最終的にはワイバーンだけ宮殿の寝床へと戻すという。
本当に驚きなのだが。
ワイバーンは自身の主である騎士の指示に従い、例え騎士本人が騎乗していなくても、自身の寝床へと戻っていくのだ。幼獣の頃から育んだ絆はそれだけ強いということ。さらに言えば、明朝、別れた場所に迎えに行くことも理解しているというのだから。“君待ち”におけるワイバーンの知能は、相当高いといえる。
「ノア王太子様、ご出陣となります」
宰相の言葉に、この場にいる全員が起立した。
今、宮殿に残る全員が玉座のある大広間に集合している。瘴気討伐へと向かうノア王太子の出陣の儀を行うためだ。国王陛下夫妻も立ち上がり、そして国王陛下は、赤い絨毯の上で跪くノア王太子のところへゆっくりと降りていく。玉座の置かれたひな壇にある階段を降りて。
ノア王太子の前に立った国王陛下は、厳かに告げる。
「ソーンナタリア国王太子であるノア・イル・ラックスに命じる。夕刻、嵐と共に襲来する瘴気を殲滅し、再びこの宮殿に戻ることを」
国王陛下の前で跪くノア王太子は、純白の軍服にスカイブルーのマント。マントにはソーンナタリア国の王家の紋章である薔薇と白馬が美しく刺繍されている。
婚姻の儀式でも見た軍服姿のノア王太子は、痺れるほどカッコいい。腰に帯びている剣もさらにその男前度をあげている。
ゆっくり国王陛下を見上げたノア王太子は、勝利を誓う。
「ソーンナタリア国王太子であるノア・イル・ラックスは、ここに王命を受け、夕刻、嵐と共に襲来する瘴気を殲滅し、再びこの宮殿に戻ることを誓います」
国王陛下が頷くと、ノア王太子はゆっくり立ち上がった。そしてまずは自身の母親である王妃に礼を行い、兄弟の元へ向かう。
小声で「留守を頼む」「国王陛下を守ってくれ」と次々に声をかけ――。
私の前に来た。
数日前は正面からの直視が無理だったのに。
気づけばちゃんと直視できるようになっていた。
なっている……のかな。
今、その美貌の顔を見て、心臓は破裂しそうな程バクバクしているけれど。でもこれから戦いへ赴くノア王太子の姿を、ちゃんと見ないといけないと思っていた。だからそのコバルトブルーの瞳をまっすぐに見た。
ノア王太子は……神々しい笑みを浮かべると、私の耳元に顔を寄せた。
そして。
「サラ。愛しています。あなたのことを。明日、宮殿に戻ったら、もうあなたのことを離さない」
そう言うと頬にキスをして、そのまま玉座に続く赤い絨毯へ戻っていく。
今の私は、立っていられるのが奇跡に近い状態だ。
目の前の景色が霞んで見えるが、瞬きはしない。
ちゃんと見送る。そう決めていたから。
既に玉座に座る国王陛下夫妻に再び礼をすると、ノア王太子は美しいマント翻し、赤い絨毯の上をゆっくりと歩き出す。
歩く方向には大広間の出入り口となる扉がある。
その扉が開かれると、外の景色が見える。
階段を降りた先には歩兵、騎乗した騎士がずらりと整列しているのが見えていた。
ノア王太子はそこへ向け、確実な足取りで歩いて行った。
◇
「大丈夫ですか、サラ様」
ノア王太子の姿を最後まで見送った瞬間。
私の体からは力が抜け、そばにいた賢者アークエットに支えてもらう事態になっていた。
その賢者アークエットは、アイボリーのローブを羽織り、その下にはミントグリーンのチュニックのようなものを纏い、腰にはゴールドの見事な装飾が施されたベルトをつけている。体を支えられた瞬間、森林を思わせる清々しい香りがした。
その香りのおかげで、少しだけ気分が落ち着く。
なんとか声を出すこともできた。
「だ、大丈夫です。出陣の儀に参列するのが初めてで、緊張していただけです」
勿論、嘘である。
緊張は……最初はしていた。
でも例のハリウッド女優気分で、気持ちを落ち着かせていた。
腰砕けになったのは。
ノア王太子の言葉。
ノア王太子の……頬への……キス……!
額にはキスをされていた。
でも頬へのキスは初めてだ。
勿論、挨拶でチークキスはしている。
でもそれは、チークキスだ。
本当に頬にキスをしているわけではない。
でも今は正真正銘、頬へキスをされた。
「部屋まで私がエスコートしましょう。歩けますか?」
賢者アークエットの言葉に頷き、ヨロヨロしながらも歩き出す。
国王陛下夫妻以外は、皆、大広間の出入り口の扉へとゆっくり向かっている。私も賢者アークエットにエスコートされながら、その扉を目指す。
扉を目指し、しずしずと歩いているが。
頭の中ではノア王太子の言葉でいっぱいだった。
愛しています――ストレートに言われた! 臆することなく言われた。
なんて、なんて甘美な響き。
その上で……。
もうあなたのことを離さない――これは、どういうこと!?
どうしても下世話な人間なので、それが18禁なことに思えてしまう。
でもノア王太子は気高く、清廉潔白。
あの場で18禁を意味する言葉を言うわけがない。
たぶん、一生私を愛するとか、そんな意味だと思う。
ともかく、だ!
愛していると明言された。
もうその事実だけで天にも昇る思いだ。
台風と共に襲来する瘴気の迎撃。
イベントとしてはいつも通りのものだ。
つまり。
“君待ち”のゲームのイベント通りであるならば。
アイテムをがっつり集め、攻略キャラの好感度上げを行う、いつもの楽勝イベント。
ノア王太子は明朝にも、瘴気を殲滅して帰って来る。
そうしたら……抱きつこう。
もう、許してもらえるだろう。
はしたないことかもしれない。
でも、もう我慢できませんよ!
あんな言葉を囁かれ、頬にキスをされ、受け身でなんかいられません!
こちらの好きもアピールしたい。
私も愛しています――と全身全霊で伝えたいのです!
「サラ様、本当に具合がどこか悪いのでは? 顔が赤いようですが……」
「いえ、そんなことはありません」
賢者アークエットにそんな風に言われながらも、なんとか部屋に戻ったが。
午後からは嵐の対策も必要だった。
風で飛ばされそうなものを片付けたり、窓の補強を行ったり。家屋の倒壊の危険がある市民を神殿で受け入れたり。そんなことをしていると時間はあっという間に過ぎていく。
気づくと日没となり。
そして――。
あんなに晴天だったのに。
雨が降り出した。
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