24:相思相愛。両想い――十代の頃からの憧れ
朝食の後、宮殿の庭園でペパーミントを摘んだ。
詰んだペパーミントに対し、賢者アークエットが魔法を使い、あっという間に精油に変える。ガラス瓶に入ったペパーミントの精油が、次々と出来上がっていく。離れた場所では、空の樽を荷馬車に積み込んでいる。現地で樽の中に川や湖の水を加え、そこに用意したペパーミントの精油とエタノールを加えるというわけだ。ミント水に効果はあるかは分からないが、樽であれば防衛線として役立てることもできる。というわけでせっせせっせと準備をしていた。
宮殿の庭園に、こんなにペパーミントがあるのは驚きだったが。
元々、ペパーミントは強いハーブなので一株からどんどん増えていく。それにペパーミントは精油、茶葉、香料や薬味として使われているため、結構な面積で植えられていた。それが今回役立つ形になったのだ。
午前中いっぱい作業をすると、あんなにあったペパーミントが、庭園からごっそり消えている。でも全てを摘んだわけではないので、すぐに増えると賢者アークエットが言っていた。
「サラ様、こちらでサンドイッチなど昼食を用意しました! 賢者アークエット様も、休憩してください!」
ジョディが、テラスに置かれたテーブルの前で手を振っている。
ペーパミントを摘み、精油になった瓶を運ぶという作業は数十名で行っていた。だから用意されているテーブルは、ボート遊びをした時の軽食コーナーのようになっており、沢山の料理が並べられていた。
厨房は今朝からフル稼働らしい。宮殿を出発する招待客に持たせる軽食、宮殿に残る招待客の食事、宮殿に住まう私達の食事、瘴気迎撃に向かう騎士に持たせる軽食の準備と、それはもう戦場のような忙しさなんだとか。
その時。
テーブルに並べられた料理を眺めていたのだが。
地面に大きな影がいくつも現れた。
何かと思い見上げると……。
「すごい……」
上空を飛んでいるのは空の騎士団。
つまり、ワイバーンの群れだ。
百体はいるであろうワイバーンには、空の騎士団の騎士達が乗っている。
私を乗せたくれたクロッカスが先頭に見えた。
澄んだ青紫色のワイバーンなんて一体しかいなし、先頭にいるから目立つ。そしてそれを操るのはルドルフ。
「ああ、あれは。宮殿を出発した各国の招待客の護衛兼見送りで国境まで行っていた者達が、帰還したのでしょう。それぞれ違う方角へ出向いたはずですが、宮殿手前の上空で合流し、編成を組んだのでしょう。迫力がありますね」
賢者アークエットの言葉に、綺麗な編成を組み、宮殿の上空と飛んでいくワイバーンの姿を見送った。
すっかり土だらけになっていたので、手を念入りに洗っていると。ルドルフが空の騎士達を連れ、こちらへとやって来た。
「ここに行けば、美味しいランチにありつけると聞いたぞ。お、サラ様もいるではないか」
「ルドルフ! 招待客の見送り、お疲れさまでした。他の空の騎士の皆様も、ありがとうございます。テーブルには沢山の料理がありますから、ぜひ召し上がってください」
この言葉にルドルフも騎士達も大喜びで、テーブルの方へ向かって行く。ルドルフは大量のカツレツとパンをお皿にのせ、私と賢者アークエットの所へやってきた。
「しかし、サラ様は働き者だな。まさか宮殿の庭園で泥で手を汚しながらもペパーミントを摘むなんて。あのなみ」
「ルドルフ!」
賢者アークエットに一喝され、ルドルフは口の中のカツレツをゴクリと飲み込み、頭をかく。
「……いや、すまない、賢者様、ホント、ごめんなさい……」
「まあまあ、賢者アークエット様、私はそんなに気にしませんから。元いた世界ではパートを……その、まあ、労働もしていましたので」
私の言葉に賢者アークエットとルドルフはキョトンした顔している。
また、庶民丸出しな発言をしてしまったと思う。
異世界乙女は、元は労働階級の女だった……とみんな知ったら、乙女のイメージを覆すかな……? 背中に汗が伝うが。
「……え、ええ、まあ、その元いらした世界のことは気にされないでいいかと。今はここがサラ様のすべてですから。それに率先して動くサラ様の姿に皆、感動しているのですよ。宮殿内に残る招待客たちも『自分達に何かできることはないか』と、ノア王太子様に声をかけたそうです。一部の王族や大使は、自分達もスワンレイクに出向いて瘴気と戦うとまで言い出して。さすがに多くの騎士団を動かすので、嵐の襲来では誤魔化せなくなり、瘴気が来襲することは明かされたわけですが……。異世界乙女であるサラ様の献身的な行動を見て、誰も文句を言うこともなく、むしろ皆の気持ちが一つになっています」
賢者アークエットのこの言葉に、ただただ驚くばかりだ。
だが、これは私の功績というわけではない。
「賢者アークエット様、これはノア王太子様のおかげです。私の思いつきのミント水を採用してくださったのですから。それがなければ今頃私は、自室で祈りを捧げていたぐらいで……」
「それは違うのではないか、サラ様」
「ルドルフ!?」
「だってサラ様、性格的に何かしていないと落ち着かないだろう? 部屋で祈る姿なんて想像できない。それこそ俺や賢者様をつかまえ、『何か手伝えることはありませんか!?』って言い出しそうだ」
「そ、それは……」
悔しいが、ルドルフの言う通りである。
私は……そういう性分だ。
何かしていないと落ち着かない……。
でも、それこそまさに貧乏性な気がする……。
王太子妃なのだ。
ここはドーンと構えていた方がいいのではないか。
「俺はそんなサラ様が好きだけどな」
ルドルフはそう言ってペロリとカツレツをたいらげる。
何を言い出すとツッコミを入れようとすると。
「それは賢者様も同じだろう? 昨晩は会議にだって出席して。襲来する瘴気の姿に加え、最後には瘴気の数の多さまで指摘して。賢者様は過去に、こんな異世界乙女を見たことがあるのか?」
ルドルフに問われた賢者アークエットは、サーモンとホウレンソウのキッシュを飲み込むと。
「サラ様のような異世界乙女に会ったことはありません。稀有な存在であると思っています。私としてもサラ様を召喚できたことは……奇跡と思っています」
「そ、そんな大げさな……!」
揚げたジャガイモをフォークに刺したまま、顔が赤くなるのを感じる。多分、私が歴代異世界乙女と違うのは……ヒロインではないからだ。
そこで思い出す。賢者アークエットは本当に……。
「サラ様。断言します。あなたがこの地にいる限り、私は異世界から乙女を召喚するつもりはありません」
金色の瞳で私を見る賢者アークエットが、嘘を言っているとは思えない。
本当に、そうなのだろう。
「それは当然だろう! サラ様以外の異世界乙女を今さら召喚されても困るだろう、ノア王太子様も。間違いない。ノア王太子様はサラ様にゾッコンだからな。女性の趣味に関して、ノア王太子様と俺は同じだ。俺がサラ様を好きなんだ。ノア王太子様もサラ様を好きに違いない」
「ルドルフ、そんな言い方をされては、サラ様が困るだけです。もう少し誤解を生まない言葉を選んだください」
賢者アークエットにたしなめられ、ルドルフは「えー、じゃあどう言えばいいのだろうか、賢者様!」と詰め寄り、賢者アークエットは「ですから……」解説を始めていたが。
正直、私はそれどころではない。
ノア王太子が私にゾッコン!?
もしそれが事実なら……。
チートをしたのだろうか!?
それともこの短時間で好感度を示すハートを大量に集めてしまったのだろうか!?
ただ、とにかく嬉しい……。
やっぱりどちらかの想いだけが強すぎても、幸せにはなれない。お互いがお互いを想い合ってはじめて、本当に幸せになれると思うから。
相思相愛。両想い。
これは十代の頃からの憧れだ。
元いた世界ではそれが叶わなかったわけだけど。
ここでは。
この“君待ち”では、今度こそ真実の愛と出会いたい!!
ほくほくのジャガイモを噛みしめ、強く願った。
……どうしても、ヒロインじゃないから最後はきまらないけど。ジャガイモとか齧っているし。
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