23:いつかこのテーブルに
翌日の朝は、夕方に嵐が来るとは思えないぐらい、実に爽やかな気候だった。
空に雲はなく、朝陽が降り注ぎ、鳥のさえずりが響き渡っている。
一瞬、本当に嵐が来て瘴気もくるのか――。
そう不安になるが。
間違いない。
“君待ち”でも、同じ。
日中は快晴。
でも突如の天候変更と共にイベントスタート。
早朝、まだ私が寝ている間に、精霊王、パマール国の王族と大使他何か国の招待客が、この宮殿を出発している。私が起きた時も、外では騎士達が既に忙しそうに準備を始めていた。
こうなるとオシャレを楽しんでいる場合ではない。
トップスは白のレース、スカートはオールドローズのプリーツチュールのドレスに着替え、急ぎ朝食の部屋へと向かう。そこは宮殿内に用意されている、ノア王太子と私専用のダイニングルームだ。
部屋に入ると、すでにノア王太子が席についていた。
「ノア王太子様、おはようございます。遅くなり申し訳ございません」
「おはよう、サラ。わたしも今、来たばかりです。大丈夫ですよ」
朝からノア王太子は爽やかな笑顔だ。
昨晩の驚いた表情のノア王太子の顔を思い浮かべてしまい、思わず笑みが漏れてしまう。爽やかな笑顔もいいけど、あの無邪気な顔もたまらない。
なんとかデレそうになる顔を、普通の顔に戻しながら、席につく。すぐにメイドが着て、カップに紅茶をいれ、焼き立ての卵料理を運んでくれる。
今日のノア王太子はゆったりとした白シャツに濃紺のスリムなズボンで、武術の訓練を終え、この席についたのだと分かった。
「ではいただこうか」
「はい」
偶然だが。
二人同時に卵料理を食べ始め、そして同じタイミングでパンに手を伸ばしていた。
思わぬシンクロ率の高さに、今度は二人同時に笑ってしまう。そこからはいつものようにフランクに話せるようになった。
「ノア王太子様は昨晩、ゆっくり休むことはできましたか?」
「……今日のこともあるので、早く休まなければと思ったのですが……。ダメでした。なかなか寝付けませんでした。サラはどうでしたか?」
元の世界では寝つきが悪かったのだが。
ここに来てからは、なんだかんだで爆睡できていた。
「ノア王太子様が瘴気のことを考え、寝付けなかったというのに……。私はぐっすり眠ってしまいました。元いた世界では枕が変ると眠れなく質でしたが、こちらの世界によっぽど馴染んだのか。寝つきがよくなりました」
「それは良かったです。ここに慣れず、眠れないのでは可哀そうですから。わたしの寝つきの悪さは、今に始まったことではないので」
ノア王太子はどうってことはないという顔で笑っているが。その立場上、いろいろと悩むことが多いのだろう。
……せっかく、彼の妃になったのだ。
気持ちよく眠れるようにしてあげたいな……。
「今朝は何もなければ、リクエストされたパンケーキを用意してもらうつもりでした。でも今朝は未明からバタバタしていたので……。せっかくだから落ち着いた時に、サラのいうキャラメルソースのパンケーキを食べたいと思い、普通の朝食になってしまいました。すまなかったですね」
「そんな! お気になさらないください。この先、ノア王太子様と私は何千回、いえ、何万回も朝食を共にするのですから。別に今日ではなくても、大丈夫ですよ」
すると。
ノア王太子は嬉しいのに泣きそう、そんな表情になってしまった。
な、どうして!?
なにが彼をこんな表情にさせてしまったの!?
もしかしてパンケーキ、本当に今日、心底食べたかったのかしら……!?
「サラは……これからも毎朝、わたしと朝食を共にしたいと……思ってくれているのですか?」
「はい、もちろん! ノア王太子様との朝食、とても楽しいですから」
ノア王太子は今度は片手で顔を覆ってしまった。
え……、なぜ!?
もしかして私と毎朝朝食はキツイとか!?
私ががっついて食べるので、その様子を見るのが苦痛……とか!?
「サラからそう言ってもらえて、とても嬉しい……」
うん!?
一緒の朝食が楽しい……この言葉に反応してくれたのかしら?
「朝食もいいですが、今度は二人で温室で夕食を楽しみましょう。来月になれば秋薔薇も楽しめます。コスモスやコリウスも綺麗ですよ。キャンドルを灯して……それに星空もとても美しいですから」
「それは……とてもロマンチックですね! 楽しみにしています」
そう返事をした時のノア王太子は……。
本当に太陽のように輝くような笑顔だった。
なんだか私も笑顔になり……。
その後はお互いの好きな食べ物について、いろいろ話した。
そうしているうちに食後の紅茶の時間になった。
そこで私は。
例のミント水の入った香水瓶を、ノア王太子に渡すことにした。
「なるほど……。ムカデ型の瘴気であるならば、ムカデ自体が禁忌する香りを嫌うかもしれないと……」
「あ、あの、これは千里眼の力とは関係のない、完全な思いつきです。効果があるという保証はなく……。本当に気休めというか、ただのお守りみたいなもので、申し訳ないのですが」
するとノア王太子は「そんなことはないですよ、サラ」と首を振る。さらにとても真剣な顔で、こんなことを言ってくれた。
「何事も試してみないと分からないですよ。それに出発までまだ時間があるので、そのミント水を用意し、それぞれの防衛ラインに配備してみます。効果がなくてもミントの清々しい香りは、不気味なムカデを見た者達の心を、浄化してくれるでしょう」
「そう言っていただけると……。ではミント水の準備は私も手伝いますね」
「ありがとう、サラ。……瘴気の襲来を予知してもらえるだけでも助かるのに。会議にも顔を出し、準備も手伝ってくれるなんて。心から感謝しています」
本当に感動してくれているようで。
ノア王太子の瞳がウルウルとしている。
ホント、大したことはしていないのに。
優しいな、ノア王太子は。
今日は当然、ない。
でも。
瘴気の件が落ち着いたら。
いつかこのテーブルに、一輪の赤い薔薇を置いてもらえるかな。
そんなことを思いながら、朝食を終えた。
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