22:どうしたのだろう……?
やっぱり、私、ヒロインじゃないから……。
千里眼の力を純粋にもっていれば、きっと瘴気の襲来までしか察知できなかったはずだ。
うー、この先は気をつけよう。
“君待ち”のイベントで知っている情報だからって、ひょいひょい話してはダメなんだ。
「サラ様」
そこは丁度廊下の曲がり角で。
大きな柱があった。
その柱の影に、精霊王は自身と私を連れて行く。
「こんなに人間の女性に興味を持つのは初めてのことです。あなたのその得難い力。そして美しさ。その魅力は種の壁を超えていると思います」
精霊王はそう言うと私の手を取り、甲へとキスを落とす。
手の甲への口づけは、先日と同じ薄い布越しなのに。普通にキスをされている以上に、その唇を感じドキドキしてしまう。しかもキスを終えた後、実に熱を込めた瞳で私を見ている。
柱の影にいるため。
その瞳はブラックダイヤモンドのように見える。
漆黒の闇に誘われ、禁断の世界へ墜ちていく……。
ヤバいです。
精霊王はそれではなくても、人智を超えた美貌なのだから。
「精霊王ランドール様、送っていただき、ありがとうございます。その、部屋はもうすぐそこですから、もう大丈夫です。一人で行けますので。本当に、ありがとうございました」
ゆっくりと掴まれていた手を自分の胸元に引き寄せ、お辞儀をして歩き出そうとしたが。
すぐに腕を掴まれ、身動きがとれなくなる。
「サラ様。お待ちください。部屋がすぐそこ、なのであれば、最後まで送らせていただけないでしょうか」
そう言われてしまうと……。
それに精霊王の機嫌はあまり損ねたくはない。
特に明日、瘴気の襲来が予想されているのだから。
仕方なく精霊王にエスコートされる形で、柱の影から出たその時。
「サラ……、精霊王様……」
声に振り返ると、ノア王太子がそこにいる。
驚いた表情でこちらを見ているが、驚いたのはこちらも同じだった。
当然、何か用事があり、来たのだと理解する。
「ノア王太子様。いかがされましたか? 瘴気の件で何かございましたか?」
私が尋ねると、ノア王太子は我に返り、すぐに答える。
「……いえ、それは大丈夫です。その、サラはまだ部屋に戻っていなかったのですね」
ノア王太子はぎこちなく微笑み、私を見ている。
どうしたのだろう……?
「ノア王太子様。サラ様をお部屋へお見送りしているところでした。少しおしゃべりをしながらでしたので、時間がかかってしまったようです。でも、ノア王太子様がいらしたなら、わたくしがエスコートするまでもないですね。どうぞ、サラ様をお部屋まで」
精霊王はそう言うと、私の手をノア王太子へと差し出す。
ノア王太子はそのコバルトブルーの瞳を一度精霊王に向け、ゆっくり視線を私に戻すと、差し出されていた私の手を取った。
「では、わたくしはこれで。明朝、ロセリアンの森に向け、出発しなければなりません。今日は早めに体を休めないと。ノア王太子様も、明日に備え、ゆっくり体を休めてください」
実に優雅な動作でお辞儀をし、微笑んだ精霊王は。自身の近衛騎士を連れ、この場から去って行く。その姿を見送ったノア王太子は小さくため息をもらし、静かに歩き出す。
ノア王太子の様子がおかしいと感じる。
その理由を聞くべきかどうか悩む。
瘴気の襲来を控えている。
余計なことをして、心配事を増やすようなことはしたくない。
そんなことを考えていると、部屋の前についていた。
余計なことはしたくないが。
少しでもノア王太子が笑顔でいられるようにしたいと思った。
「ノア王太子様。部屋まで送ってくださり、ありがとうございます。今回は嵐に乗じての瘴気の襲来。でも大丈夫です。ノア王太子様なら、必ず、撃退することができますから」
「サラ……」
「明日の朝、また朝食の席で。美味しい物を沢山食べて、元気をつけてからスワンレイクに向かってください」
元いた世界だったら。
これぐらいで大騒ぎすることはないだろうが。
この世界ではどうなのだろう。
ソーンナタリア国ではどう思われるのだろうか。
でも。
未だノア王太子と私は清い関係のまま。
まるでティーンの恋愛のようだ。
いや、それにも満たないかもしれない。
エスコートはされても、手をつないだこともないのだから。
だから。
これは……。
かなり行動に移すには勇気がいることだったが。
ノア王太子の両手を、自分の両手でぎゅっと包み込んでいた
「大丈夫ですよ、ノア王太子様。きっとうまくいきます」
「……ありがとう、サラ」
ゆっくりノア王太子から手を離し、ドアを開けると、ジョディが「サラ様!」と声をかけてくれる。入浴の準備を始めてくれていたようだ。
「おやすみなさいませ、ノア王太子様」
「ああ、おやすみ、サラ」
最後はニッコリ笑顔で。
扉は閉じたが。
閉じた瞬間。
恥ずかしさとドキドキで、のたうち回りそうだった。
私からノア王太子の手を握ってしまった……!
驚いたノア王太子の顔。
……お可愛いかった。
思わず頬が緩む。
ありがとうと言った時は、頬が少し赤くなられていた!
たまら~~~ん!
「サラ様、どうなさったのですか!?」
ジョディに驚かれながら、入浴を行った。
入浴を終えた後。
瘴気との戦に挑むノア王太子のために、何かできないかと考えた。
これが本当に“君待ち”のゲームの中であれば、アイテム集めやガチャで武器を手に入れるのだが……。どこかにあるのだろうか、武器とか。
「あ!」
ムカデって、ミントの香りが苦手だったはずだ。
子供の頃。
我が家でムカデが出たことがある。
しかも昼寝している妹の足にムカデがいて……。
あの時はもう、ホント、大変だった。
妹は大絶叫で。
殺虫剤で撃退したけど、この世界にさすがに殺虫剤はないだろう。
だって乙女ゲーのアイテムで殺虫剤とかってねぇ。
でもって、その妹の足にムカデがはい回った事件以降。
我が家でムカデ対策がとられ、その一環で、ミントの香りを嫌うと分かり、玄関にミントスプレ―を作っておいていたのだ。外から帰宅したらシュッとふりかける。玄関の隙間から入り込まないようにと。確かミントの香りは、ムカデの好物の虫にも効くから、一石二鳥とか言っていたよね。
ということで。
ミントがもしかしたら、ムカデ型の瘴気に効くかもしれない!
バスルームに行き、棚をごそごそと探すと。
あった!
ペパーミント精油。
これでミントスプレーを作ろう。
スプレーという言い方をしているけど、瘴気を目の前にシュッシュしている暇はないだろう。だから、エタノールと水とこの精油でミント水を作り、手の平に収まるサイズの瓶にいれた。いざという時はこれを投げつければいい。
効果があるかは分からない。
だからあくまで、お守りとして。
丁度いいサイズの香水瓶を見つけ、そこにミント水を作って注ぐ。精油の量は多めにしたので、かなりミントの香りがする。
効果が……あるといいな。
完成したミント水をベッド横のサイドテーブルに置き、眠りについた。
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次回は明日、以下を公開です。
8時台「いつかこのテーブルに」
12時台「相思相愛。両想い――十代の頃からの憧れ」
では皆様にまた明日会えることを心から願っています!









































