20:なぜ、なぜ分かるのですか、あなたは!!
ボート遊びは結局午後も続き、日が傾いてきた頃に終了となった。
宮殿に戻る馬車は、隣国の大使が同席した。
とてもおしゃべりな大使だったが、割と国と国同士の重要な話をしていると分かった。だから部屋までのノア王太子のエスコートを辞退し、宮殿についた後は、私は迎えに来てくれたジョディと共に部屋に戻った。
この後、夕食会のために、また着替えが必要だったが……。
日傘をさしていたとはいえ、たっぷり陽射しを浴び、美味しいもの食べている。少し遅い時間だが、昼寝をして、夕食会に臨んだ。
夕食会の後の祝賀舞踏会のために選んだのは、ミッドナイトブルーのドレス。全体の生地はシルクサテンの無地のミッドナイトブルーだが、その上に星空をキラキラしたグリッターで表現したチュールが重ねられている。そう、このドレスはまるで星空を纏ったかのような、幻想的なデザインなのだ。ウエストにはミッドナイトブルーのサテンリボン。
おろした髪にダイヤモンドのティアラ、ネックレス、イヤリングをつけると……。
まさにお姫様。
これは子供の頃に女の子が一度は憧れるお姫様を、具現化したとしか思えない。夕食会で私のこのドレス姿を見たノア王太子も、間違いない。目を奪われていたと思う。だってあのコバルトブルーの瞳を大きく見開き、私の姿をじっと眺め……頬がほんのり桜色に染まったのだから。あんな表情をされた私は、嬉しくて頬が緩むのを抑えるのに必死だった。
そんなキュンとする表情を見せてくれたノア王太子は……。
パイ落下事件ではとんでもなく落ち込んでいるように思えたが、今はいつも通り。つまり夕食会の最中は、これまで通り周囲の席の人達としっかり会話し、祝賀舞踏会でも昨晩同様、外交とダンスを両立させ、忙しそうにしていた。
私も……これまでより外交らしい会話ができるようになったと思う。さすがにもう、初めましての人は少ない。形式的な挨拶の会話は終えている。となると踏み込んだ会話をすることになった。そうなるとやはり、私が異世界乙女であることが話題の中心になる。どうして瘴気の襲来を予知できるのか、とか、元いた世界の文明について、とか。異世界乙女への関心の強さを感じることになった。
それは……精霊王ランドール、その他、隣国の大使らと会話をしている時の、何気ない会話のはずだった。
「でも本当に、サラ様がお持ちになる千里眼の力。これがあれば、ソーンナタリア国は、安泰ですな」
ワインを何杯も飲んだらしい髭の大使は、愉快そうに笑っている。
「それを言えば、精霊王様のいらっしゃるロセリアンの森も、安泰ですよなぁ。精霊の皆様が持つ粛清の力、それがあれば瘴気もひとたまりもない」
別の太っちょ大使がワインを飲みながら、精霊王を見る。
本日の精霊王の装いもまた、優雅だった。
今日もアルバに似た衣装を着ているが、その色はパールホワイト。袖口と裾には金糸と濃紺の糸で細かい模様の刺繍が施されている。そして羽織っているマントはシャーベットカラーのエメラルドグリーン。キラキラした金糸で縁どられ、とても爽やかだ。腰には革製のベルトで沢山の宝石が埋め込まれている。口元と鼻はいつも通り。衣装と同じパールホワイトの布で隠されている。
「確かに粛清の力で瘴気を倒すことはできます。でも瘴気がいつ現れるか察知できないと、被害は出てしまいます。異世界乙女の千里眼の力、そして粛清の力、この両方が揃うことで、瘴気への対策が万全になるのです」
精霊王の言葉に、二人の大使は「それは……その通りですなぁ」と頷く。
現状。
瘴気を倒すことは、精霊しかできない。
だから瘴気被害を経験している国は、精霊王に多大な貢物を行い、精霊騎士を国に配備してもらっている。
一方のソーンナタリア国は……。
異世界乙女がいれば、瘴気がいつ現れるのかが分かる。
千里眼の力で得た情報は、ソーンナタリア国から各国へと伝えられた。
ソーンナタリア国はその情報を各国へ渡しても、見返りは求めていない。だが当然、各国はソーンナタリア国に恩を感じている。それに異世界乙女がいなければ、予知はできず、精霊王が言うように、瘴気による被害が出てしまう。つまり、被害が出てからの対処となる。よって異世界乙女を有するソーンナタリア国に、手を出そうとする国はいない。それは精霊王も同じ。
ソーンナタリア国にはどこの国よりも多くの精霊騎士が配備されている。だがソーンナタリア国は、精霊王へ貢物はしていない。あくまで対等な関係だ。
「ところで、サラ様。ここしばらく瘴気の襲撃がありません。奴らもまた、サラ様とノア王太子様の婚姻を祝い、自粛しているのでしょうか?」
髭の大使の言葉に、「確かに」と思う。
“君待ち”において、瘴気の襲来は、イベント扱いだった。
本編で攻略を進めつつ、イベントで瘴気を倒し、ハートを一気に獲得するのだが……。
多くのイベントが、カレンダーのイベントと連動していた。
今は9月。
9月はイベントが少なかったはず。
何せ祝日も敬老の日と秋分の日ぐらいしかない。
いや、違う。
秋の果物狩り、台風、秋祭りでイベントをやってた!
今は……9月の第一週。
第一週はイベントがない、けれど、明日は月曜日。
……!
明日の夕方から雨になり、台風……嵐になる。その嵐に乗じて瘴気が現れる。しかも見た目にどうしても嫌悪感を覚えてしまうムカデの姿で。
全く。
“君待ち”は乙女ゲーなのに!
ムカデ姿の瘴気退治の時は……本当に「うぎゃぁ」と言いながら周回した記憶がある。
いや、それは今はいい。
嵐は広域に渡る。
ソーンナタリア国はもちろん、ロセリアンの森、グルシャ王国、パマール国でも瘴気は出現する。警告を出さないといけない。
「すみません、皆様。ノア王太子様に急ぎ、伝えたいことがあります。外させていただいてもよろしいですか?」
その場にいた全員がもちろん問題ないと答えてくれる。急いでノア王太子の元へ向かおうとした時、精霊王から腕を掴まれた。
彼は押し殺した声で、周囲には聞こえないよう、囁く。
「もしや、瘴気の襲来を察知されたのですか?」
私は静かにコクリと頷く。
精霊王は深いため息をつく。
「そうですか……。このような祝賀期間に……。でも今ではないのですね?」
「はい。明日の夕方から嵐が来ます。その嵐と共に、瘴気が襲来します」
「こんなに穏やかな天気なのに……? 天候の変動は、我々精霊が一番早く察知するはずです。しかし、何も気配を感じていませんが」
精霊王の七色の瞳は、シャンデリアの下、イエローダイヤモンドのように輝いている。その瞳をまっすぐに私に向け、尋ねた。
「そう、ですよね……。もし千里眼の力での予知がなければ、一番に瘴気の襲来を察知するのは、精霊の皆様です。ただ、その時点は既に、ロセリアンの森、グルシャ王国、パマール国で被害が出た後になります。……嵐についてはもう、天気の急変としかいいようがありません。でも間違いなく嵐と共に、瘴気は現れます」
「なるほど。ノア王太子様と話すのであれば、私も一緒に参りましょう」
そう言った精霊王は、当たり前のように私の手をとり、エスコートして歩き出す。その手の美しさは……手タレもビックリだと思う。
まずはその見た目。透けるように白い。そして関節にほとんどが皺がなく、なめらかだ。触り心地もシルクのようで、そしてしっとりと潤いを感じる。
エスコートのために手が触れているだけなのに。
とんでもなくドキドキしてしまう。
自分の立場が王太子妃と分かってはいるが。
それでもこれは……賢者アークエットの黄金スマイルと同じ。
体が勝手に反応してしまう。許してほしい!
「こんなことを申し上げるのは大変失礼かと思いますが」
ノア王太子の後ろ姿が見えたまさにその時。
精霊王が、何かを切り出そうとしていた。
何だろうと思い、その顔を見ると。
口元と鼻が隠れていようとも、美貌の青年であることが、一瞬で分かってしまう。
「遠目で見ていても、仲睦まじい様子のお二人が、夜の儀を果たされていないのは……不思議ですね。瘴気が来る……となれば、当然、今晩、明日。もしかすると明後日も。夜の儀は行われない……。わたくしだったら、婚姻の儀式のその夜に、必ずその体を求めてしまうでしょう。それが無理であればその翌日には必ず。例え瘴気が来ると分かっていても。館から出る前に、その体に触れてからではないと、とても戦闘に集中できない気がします。精霊と人間。全く異なる種族ですが。男としての性は同じだと思うのです。ノア王太子様は、男性としてノーマルに思えるのに、なぜサラ様を放っておけるのでしょうか。本当に、不思議でならないですね」
思わず「言わないでぇぇぇぇ、それを!!!!!!!!」と叫びたくなるのをこらえる。
精霊王!
なぜ、なぜ分かるのですか、あなたは!!
私とノア王太子が、まだ夜の儀を行っていないと。
それに、なんというか……。
今の話で、いかに自分が異常な事態に置かれているのか、認識してしまう。
かのマリー・アントワネットとルイ16世も、長年その夜の生活が問題視されてきたが、それにはルイ16世に切実な問題があったわけで……。
え、まさか、ノア王太子、そちらで悩みを抱えている……?
いや、いや、いや、ない、ない、ない。
ここは乙女ゲーの世界。しかも18禁版の方の。
そこにルイ16世のような要素が盛り込まれているはずがない。
というか、普通に“君待ち”をプレイしていた時は、ノア王太子とだって……。
そう、そうなのだ。
ノア王太子は攻略後、ちゃんと愛してくれたわけですよ。
特典映像で。攻略後に解放されたストーリーで。
なのに~~~。
で、でも。
初日は……完全に私が悪い。
翌日は……分からない。うっかり忘れた……?
そして今日は……。朝、一輪の赤い薔薇はなかった。
瘴気が問題が浮上しなくても、夜の儀は元々予定されていない。
なぜ……?
私に対して好意はあるはずなのに、なぜ夜の儀が行われないのか!?
「ノア王太子様、お話中、大変申し訳ございません。とても重要なお話があります。少しばかり、お時間をいただけないでしょうか」
精霊王の言葉に我に返る。
ノア王太子がゆっくりこちらを振り返った。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!!
このあともう1話公開します!
12時台に公開します。