18:甘い甘い時間
ノア王太子にエスコートされ、エントランスに向かうと。
オープンカーのような馬車バルーシュが待っていた。
そしてこの馬車は四人乗り。
馬車の前後に、警備のための近衛騎士が配備されているが、馬車にはノア王太子と二人だけだ。
御者はいるが、隣同士で座るのだ。
小声で話せば聞こえるはずがない。
ついに。
聞くことにする。
ノア王太子はいきなり私と婚姻の儀式を挙げることになり、そのことをどう思っているのか……?
ところが。
丁度、私が馬車に乗り込み、ノア王太子がそれに続こうとした時。賢者アークエットが一人ふらりとエントランスに現れた。
彼は魔法を使える。だから一人ふらりとエントランスにいて、そこに彼のための馬車がなくても、問題ないはずだった。だが、二人の人間が賢者アークエットに反応した。
その一人は、ジョディだ。
ジョディは私が賢者アークエットと話したいことを知っていた。知っていたが、私が賢者アークエットと二人きりで話したいとは、思っていなかった。
だから。
私に賢者アークエットを乗せればいいと目で合図し、彼に声をかけていた。
ジョディ、今はノア王太子と二人きりになりたいの!
賢者アークエットとは、ボート遊びの最中、なんとか二人きりになり、そこで問いただすから、今はいいの!
そう念じたが、伝わらなかった。
ジョディには伝わらなかったが、ノア王太子は私の表情の変化に気づき、後ろを振り返った。
「賢者アークエット。あなたも今日はボート遊びに参加されますよね? この馬車で一緒に湖まで移動しませんか?」
ノア王太子は……優しい人だ。
賢者アークエットは魔法を使えるが、そんなことは関係ない。湖に向かうのだ。行く先は同じなのだ。それに馬車の座席は余っている。
親切心。
ただそれだけ。
別に私と二人きりが嫌だったわけではない。
思いやりの気持ちで、賢者アークエットに声をかけた。
「それは助かります。同乗しても、よろしいのですね?」
賢者アークエット!
私達は新婚なのだ。二人きりにしてよ。
そう念じたが、当然、それは届くわけはなく。
笑顔の賢者アークエットが、馬車に乗り込んできた。
賢者アークエットは。
どこか人間離れした美しさを持ち、ただ見ているだけで心を魅了されてしまう。彼ではない攻略対象を選んでも、何度も彼に陥落されそうになり、肝心の攻略対象をクリアできなかったこともしばし。それだけとんでもない魅力の持ち主。
それなのに。
ノア王太子と婚儀を挙げたからだろうか?
全く魅了されることなく、今に至っては……“邪魔”とさえ思っていた。
これは恐ろしいことだ。
全国の“君待ち”の賢者アークエットファンから、白い目で見られる事態だ。それではなくてもノア王太子と婚儀を挙げている。無論、夜の儀は果たされていないが。それでも今の私は王太子妃。全国のノア王太子ファンに、ブーイングされても文句は言えない。
「今日も天気が良くて良かったですね。ボート遊びには最適です」
私の心のうちなど知らない賢者アークエットは、ニコニコと天気について話題にしている。同じく私の渦巻く気持ちを知らないノア王太子もまた、天使のような微笑みで「そうですね。まるで天気からも、サラとの婚儀を祝福されているようで、嬉しく感じますよ」と応じている。
一方の私は頬を膨らませていたが。いつまでも恨み節では仕方ないと、気持ちを切り替える。さらに。三人の共通の話題になりそうなことを話そうと考えた。
あ、そうだ。
他愛のないことだが。
少し気になっていたことがある。
それを尋ねることにした。二人に向け。
「そう言えば、婚姻の儀式の時、婚姻の誓約で指輪の交換をしましたよね? あの時、指輪に口づけをしたら光が発せられて、とても驚いたのですが。あれは……魔法ですか? 王太子様と……私は、魔法を使えたのでしょうか?」
この問いに、なぜか二人はギクリとして、身を固くした。
え、なぜ……?
賢者アークエットが固まるのは……少し分かる。
だって指輪が光るなんて、元いた世界ではあり得ないことだ。その光が魔法によるものであるならば。私が元いた世界に魔法がないことぐらい、賢者アークエットは知っているはず。あらかじめ私に話さなかったことを「しまった!」と思っている。そう思えた。
でもノア王太子がなぜギクリとするのか……?
「サラ様、王太子様も含め、お二人は魔法を使えません。あの指輪に魔法がかけてありました。そのつまり……演出です」
賢者アークエットはそう言った瞬間。
しまった!
そう思うがもう遅い。
賢者アークエットの黄金スマイル!
必殺技のようなスマイル出され、私は賢者アークエットにロックオンされ、何を言われても無抵抗な状態になってしまう。
「な、なるほど……。演出。とても厳粛な場で、あんな演出があるなんて。驚きでしたが、演出だったのですね」
ち、違う。
そうじゃないのに!
あんな厳粛な場で、あの光の演出、必要でした!?
おかげで私は腰を抜かすところだったと、ツッコミをいれたいのに!
あ、でも……。
あの光のおかげで。
ノア王太子の香りを……。
……!
ふわりとノア王太子に抱き寄せられていた。
そしてあの時と同じ。
フレッシュでみずみずしいノア王太子の香りを感じていた。
いい香り……。
「あの時、驚いたサラを受け止めましたよね。サラはとても華奢で軽くて……。大切にしようと思えました」
華奢で軽い……。
そう、そうなのだ。
元いた世界では普通に中肉中背でしたが。
今の私はホント、ハリウッドの女優さんみたいだから。
出るところは出て、くびれるべきところはくびれ、引き締まるところはちゃんと引き締まっている。つまりは、ボン、キュッ、ボン。それでていて手脚はほっそり。
あ、でも今朝みたいにパンをパクパク食べていたら……。
ヤバい、ヤバい。気をつけないと。
「……お二人は、なんとも仲がいいですね。初対面も同然で婚儀を挙げた状態だったのに」
賢者アークエット!
召喚していきなり婚儀を挙げろと言ったあなたが、どの面下げてその発言!?
そうツッコミをいれたくなったが。
「確かにそうですね。でもわたしはサラで良かったと思っていますよ、賢者アークエット。サラを召喚してくださったあなたに、感謝しています」
え……。
心臓がドクンと大きな音を立てる。
今の言葉、空耳?
私の願望が、ノア王太子の言葉を、脳内で勝手に変換していない?
「そうでしたか。それは……本当によかったです、ノア王太子様。お二人の幸せを私は願っていましたから」
「ありがとう、賢者アークエット。サラと幸せになりますよ」
さらにぎゅっと、ノア王太子に抱き寄せられていた。
これって、これって、これって……。
ノア王太子は私を気に入っている……ということ?
ノア王太子はいきなり私と婚姻の儀式を挙げることになり、そのことをどう思っているのか……?
その答えは……。
初対面も同然だった。でも私で良かったと思ってくれている。私を召喚した賢者アークエットに感謝さえしている。さらに私と……幸せになりたいと、ノア王太子は思ってくれている……!
本当に? 本当に?
脳内変換はしていない。
いつの間にノア王太子の私への好感度は上がっていたの?
疑問いっぱいで顔を上げた私は……。
透明感のあるコバルトブルーの瞳と目が合った。
透き通って輝くようなその瞳には……。
目は口程に物を言う。
それを実感した。
伝わってくる。
私に対する……好きだという気持ちが。
信じられなかった。
既に婚儀を挙げているのに。
周囲からは王太子と王太子妃と認められているのに。
その、実感がなかった。
でも、今、ハッキリと感じた。
私だけが一方通行で、ノア王太子を好きになっていたかと思ったのに。そんなことは……なかったのだ。ノア王太子もまた、私のことを好きになってくれていた。
ヤバいなぁ。
ジョディが綺麗にお化粧をしてくれたのだ。
泣いちゃいけない。
「サラ様。コットンキャンディーです」
驚いた。
目の前にカラフルな綿菓子を差し出されたのだ。
「……賢者アークエット様、ありがとうございます。これって……食べても大丈夫なのです?」
「ええ。勿論。甘くてふわふわして、幸せな気分になれますよ」
そう言って賢者アークエットはウィンクする。
私が泣きそうになっていると気づいて。
綿菓子を魔法で出してくれたのだろう。
「これは……初めて見ましたよ。コットンキャンディーというのですね。街で流行っているのですか?」
ノア王太子は、このカラフルな巨大な綿菓子に目を見張っている。こんな風に驚いた顔のノア王太子は……可愛いなぁ。
「ええ。最近、街で売り出されたようになったばかりですが、口に入れるとふわっととろけ、まるで雲をたべているようですよ」
賢者アークエットの説明を聞いたノア王太子は、笑顔で私を見る。
「サラ、わたしも味見していいですか?」
「勿論です! 一人では食べきれません。三人で食べましょう!」
こうして湖に着くまで。
三人で綿菓子を楽しんだ。
この時の時間は、綿菓子と同じ、甘い甘いものだった。
このあともう1話公開します!
20時台に公開します。