17:食べ物に弱い私
翌朝。
爆睡した私は窓から差し込む明るい陽射しで目覚め、ジョディが差し出すアーリーモーニングティーも元気よく飲み干し、着替えを行った。
今日は各国の王族や大使と共にボート遊びをすることになっている。昨日同様、動きやすいワンピースタイプのドレスを着ることにした。
トップスは白のレースにパールのビジューが飾られている。スカート部分は淡い色合いのブルーグレーのチュールになっていた。軽やかで歩きやすく、それでいて動きに合わせ色味が変る感じが実に涼やか。ウエストには柔らかい紫――オーキッド色のリボンベルト。これに昨日同様、日傘と日よけのための白いレースのロンググローブを合わせる。
髪はお団子にしてまとめ、リボンベルトとお揃いのオーキッド色の小ぶりのボンネを飾って完成だ。イヤリングとネックレスはパールで揃える。
「さあ、朝食に行きましょう!」
「サラ様、今朝はやけに元気ですね」
それはそうだ。
賢者アークエットを問い詰めれば、私の中のモヤモヤは解消される。
とっと朝食を終え、ボート遊びの場に向かいたい。
そのため、みなぎっているのだ!
今日の朝食はテラスではなく、外で、と聞いていた。
テラスではなく、外。
どいうことかと思ったら……。
厨房の裏口を出ると、そこはちょっとした休憩スペースになっていた。小さな噴水があり、その噴水の縁に、腰を下ろせるようになっている。その縁に綺麗な布が敷かれ、座れるようになっていた。
そして、この場所に辿り着いた瞬間。
とんでもなくいい香りが漂っている。
そう、これは焼き立てのパンの香り……。
「サラ、おはよう」
「おはようございます、ノア王太子様」
笑顔のノア王太子がやってきた。
今日のノア王太子も実にカッコいい!
アイスシルバーの髪はキラキラと輝き、そのサラサラの前髪はいつもと分け目が違う。ただそれだけで、ハンサム度がぐっぐっとアップしている。
ライトブルーのシャツに濃紺のタイ、白のベストに同色のズボンに濃紺のブーツ。
爽やかな朝にふさわしい、清々しい装い。
目の保養になるな~。
「昨日、サラがリクエストした、生クリームを使った食パンをまさに今、焼いてもらっています。出来立てをすぐに食べて欲しいと思い、こんな場所での朝食になってしまいました。驚いたでしょう? 許してもらえますか、ダイニングルームやテラスではない場所ですが」
「……! 焼き立ての食パンを食べられるのなら、大歓迎です!」
私の返事にホッとした表情のノア王太子は、早速私の隣に腰をおろす。すると厨房から、焼き立ての食パンを木のトレーに乗せた、パン職人が登場した。
「焼き立てです、王太子様、王太子妃様。まずはそのままで召し上がりますか?」
「そうしますか?」とノア王太子に聞かれ、「はい!」と大きく頷くと、噴水のそばに用意された小さなテーブルの上に木のトレーを置き、素早くパンをスライスしてくれる。カットされるそばから湯気が立っている。
「どうぞ」と差し出された熱々の食パンを頬張ると……。
「おいしい!!!!!!」
柔らかく、ふんわりとした甘さと焼き立ての香りが口に広がり、もうそれはまさに天国のよう。
半分ほどを一気に食べてしまった。するとそこに蜂蜜が登場し、たっぷりつけて食べると……。
もうたまらない。
スイーツ並みの甘さと美味しさ。
さらにその場で、サラダとローストビーフのサンドイッチも作ってくれた。それをパクリといただくと。ローストビーフとマスタード、そしてクレソンが、甘いはずの食パンと、絶妙なハーモニーを奏でてくれる。さらにベーコンと卵をサンドしたもの、キューカンバーサンドなど、いろいろなサンドイッチを用意してくれて……。
最高だった。
幸せ。
満腹。
「サラ考案の食パンは、蜂蜜でも美味しく食べられますが、サンドイッチにしても美味しいですね」
ノア王太子は食後の紅茶を手に、天使のような微笑みを私に向ける。美しいお姿につい意識を持って行かれそうになるが、なんとか踏みとどまり、口を開く。
「私が考案したというより、元いた世界にあったものですが……。私はもっぱら蜂蜜やジャムで食べていたので、サンドイッチにして食べるのは初めてでした。でも本当に、ノア王太子様が言う通り、塩気がある物との相性もバッチリです。とても美味しく、満足しました」
するとノア王太子は、さらに輝きを増した笑顔で私を見た。この笑顔を見るだけで、寿命が一日伸びた気がする。
「では今日の朝食は成功ですか?」
「はい! こうやって外でフランクに食事できるのも、とても楽しく感じました。それにノアお王太子様も笑顔でしたので。私も嬉しくなりました。その、夢を叶えてくださり、ありがとうございます」
「夢……それはこの生クリーム入りの食パンを食べられたこと……?」
ノア王太子が驚いた顔をしている。
また、庶民丸出しをしてしまった気がするが……。
でもこれが私なのだ。仕方ない。
「そうですね。その、王太子妃なのに、発想が……陳腐ですみません」
「いや、そんなことないですよ、サラ。世の中には高級な宝石やドレスを与えられないと『ありがとう』を言えない女性もいるのですから。でもサラみたいに小さなことにも感謝の気持ちを伝えられることは……素敵なことだと思います。されて当然、という態度ではなく、『ありがとう』と言われた方が、嬉しいですからね」
なるほど。
庶民丸出しなだけなのに。
こんな立派な宮殿に暮らしている女性や上流貴族と言われる人達は、感覚が狂ってしまうのかな。
「サラ、今日、ボート遊びする湖は、宮殿の敷地内にあります。でも少し離れた場所です。馬車で移動するので、部屋に迎えに行きますよ」
「あ、はい。では準備して部屋でお待ちしていますね」
ノア王太子は頷くと、手にしていたカップをソーサーに置いた。
私もカップに残っていた紅茶を飲み干す。
こうして朝食を終え、部屋に戻った。
美味しい朝食を満喫し、ノア王太子の笑顔を見ることもできている。
満足だった。
だが……。
出掛けるための準備をして気づく。
えっと、一輪の赤い薔薇は……?
あった? いや、そもそもテーブルがなかった。
薔薇を飾るスペースは皆無。
あの場所に植え込みはあったが、薔薇は……ない。
これはどう解釈したらいいの……?
さらに。
賢者アークエットにさらなる乙女の召喚について問うことで頭がいっぱいになっていたが。
ノア王太子に聞きたいことがあったではないか!
そう、コレ!
ノア王太子はいきなり私と婚姻の儀式を挙げることになり、そのことをどう思っているのか……?
そしてコレを聞くために、二人きりになりたいと思っていたのだ。
くう~っ。
私ってば。
つい、美味しそうな香りと味を前にすると、自分が置かれている状況やすべきことがすぐに吹き飛んでしまう。今度こそ、聞かなければ。
そうだ。
湖までは馬車での移動。
馬車の中では二人きりだ。
聞こう。ノア王太子に。
私を自身の妃にしたことを、どう思っているのか。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!!
このあともう1話公開します!
12時台に公開します。