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16:寝よう!

「サラ様、ナイトティーのご用意ができました。ブランデーを香り付けで加えています」


「ありがとう、ジョディ」


ジョディから受け取ったティーカップからは、アールグレイの柑橘系に、ブランデーの華やかで甘い香りが加わり、そのにおいをかいでいるだけでも落ち着く。一口飲むと、ホッと気持ちが和む。


結局。

ルドルフと3曲ダンスをした後、ホールに戻ってきたカイルとも3曲ダンスした。ウォルターは私がホールにいる間に戻って来ることはなかったので、ダンスはしていない。


ウォルターがなぜあんな言葉を言ったのか。その理由は結局分からず仕舞い。ルドルフやカイルにさりげなく尋ねても「虫の居所が悪かったのだろう」「クールが過ぎるとああなる」と、的を得ない答えしかもらえなかった。


ただ、二人とも「シュークリームを言い当てたから怒った!? まさか。そんなことで怒るわけない」と、そこだけはしっかり否定していた。


ウォルターのことは気になる。

気になるがどう考えても理由が分からない。

仕方ない。

これは悩んで解決する問題ではない。

どうしても気になるなら……本人に聞くしかないのだが。

本人もすんなり明かすかは……謎だ。

ということでモヤモヤした気持ちもあったが。

ナイトティーを飲んだことでかなり心が和んだ。


ちなみに。


朝食の席に一輪の赤い薔薇がなかったことを、ジョディが気にしている様子はない。祝賀舞踏会では普通に「そろそろお部屋に戻り、入浴をすると……。ナイトティーに丁度いい時間になりますよ、サラ様。それともまだ祝賀舞踏会をお楽しみになりますか?」と問われ、部屋に戻ることになった。


一方のノア王太子は。ホールに隣接した部屋で、隣国の男性王族達とテーブルを囲み、酒を楽しみながらの社交を行っていた。先に部屋を戻る旨を彼のバトラーに伝え、自室へ戻ったわけだ。


婚儀を挙げた翌日の夜に、お声がかからない。

元いた世界の感覚では、新婚不仲説が囁かれかねないが。

ソーンナタリア国では違う……と思う。

……本当に違うのだろうか?

気持ちを落ち着けようとナイトティーを何度も口に運ぶが。


ウォルターの件の時のように、心が和んでくれることはない。


ため息をついてチラッとジョディを見ると。

バッチリ目があった。

微笑したジョディは……。


「サラ様、もしかしてノア王太子様に会いたいのですか?」


ドキッ。

またも核心をつく言葉。

やっぱりジョディこそが千里眼の力を持っているのでは!?


「……そうね。一応、新婚なわけで。それに昨晩、私は爆睡してしまい、夜の儀がその……ね。だから今晩は……と思ったりして」


私の言葉を聞いたジョディはクスリと笑う。

そして優しくこんなアドバイスをしてくれる。


「焦らなくても大丈夫ですよ。朝食の時のサラ様とノア王太子様はとてもいい雰囲気でしたよ。それに昼食会でも夕食会でも、二人は息が合っている感じがしました。決して不仲なわけではないですよね。まあ、お世継ぎを早く、というのがあれば我々も気が気ではないですが、幸い二人ともまだお若いですから」


「そ、そうよね。そうなのだけど……。でも今朝、ジョディも今晩にも声がかかるって言っていたじゃない。でも実際、薔薇はなくて……。そうなるとノア王太子様は、私が昨晩爆睡していたことを怒っているのかなって」


ジョディはベッドに腰かけ、空になったティーカップとソーサーを受け取ると、そのままサイドテーブルに置いた。その上で私の手を握った。


「サラ様。ノア王太子様はお優しく、寛容な方です。そんなことで怒るわけがないですよ」


「ではどうして……」


「まあ。婚儀の翌日ですから。男性同士、少し盛り上がりたいのではないですか。もちろんノア王太子様は、サラ様との間の出来事を、ベラベラ話すことはないですよ。でもそれ以外の男性がしゃべりたいのでしょう。そういうお話を。まだ未婚の方も多いですから。嫉妬もあるのではないですか。何より、サラ様は異世界乙女です。招待客の多くが、サラ様と婚儀を挙げるノア王太子様に、羨望の想いをお持ちですから」


なるほど。

言わんとすることはよく分かった。

男性同士の付き合いって、そういうの、あるよね。

しかし。

異世界乙女の人気って……。

まあ、それだけ千里眼の力がすごいということなのだろう。


そう。

千里眼の力。

ヒロイン顔ではない私に、千里眼の力があるのか分からない。


というか。

私、ホント、何者なのかなー。

ひとまず悪役令嬢にも邪魔されず、すんなりノア王太子と婚儀を挙げることができたけど……。

……。


そこでふと、気づく。


まさか。

私はヒロインなのかよくわからない。

だがもしかしたらこの後、正真正銘のヒロインが登場することがあったりする!? もしヒロイン顔の女性が召喚されたら、私、もしかして離婚!?


え、そうなると、むしろ私、悪役令嬢じゃない……!?


え、私、悪役令嬢だったりする!?

いや、でも、この容姿は悪役令嬢のものではない。

というか、この世界には悪役令嬢はちゃんといて、今は隣国に――。


「サラ様、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫じゃないわ。私、ものすごく不安。……離婚されるかもしれない」

「!? どうしてそうなるのですか!?」

「だ、だって……」


異世界から来た乙女……という点は確かにそう。

でも千里眼の力があるかは分からない。

だってゲームでは、当たり前のように使えていたから。

千里眼の力では、瘴気の襲来を察知できる。

でも、イベントや本編ストーリーを知る私だと、瘴気の襲来を察知するわけではなく、知っているわけで……。


それに私はヒロイン顔ではない。

この後、本物のヒロインが召喚されるかもしれない。

その上、ノア王太子は……一輪の赤い薔薇を用意していなかったのだから。


いや、落ち着け、落ち着こう、私。


こんなに取り乱しても、すべてをジョディに話せるわけではない。

唯一話せるとしたら、一輪の赤い薔薇がなかったことだけで、それについては既に話している。それなのに繰り返しうじうじ話していたら、さすがのジョディも呆れるだけだ。


今、私が知りたいことは、千里眼の力があるかどうか、だが。


これは……正直、確認のしようがない。

となると、この後、ヒロインが召喚されるかどうかだが。



異世界から乙女を召喚できるのは、賢者アークエットだけだ。


つまり。

今後、乙女の召喚を考えているかどうかは、彼に聞けば解決だ。


今、今、何時!?

まだ23時半前。

祝賀舞踏会はまだやっているはずだ。

賢者アークエットもいるかもしれない。


よし。

彼に聞きに行こう。

でも……。

今からドレスに着替えて化粧して髪を結うのは……。

そうだ! この部屋に呼べばいいんだ!

私は王太子妃。立場的に部屋に呼ぶことができるよね?

それならガウンを羽織るだけでOKだ。


「ジョディ」

「何でしょうか」

「賢者アークエット様と話したいの」

「藪から棒に、どうしたのですか? でもまあ、分かりました。明日、使いの」

「今からは無理かしら? 祝賀舞踏会は2時過ぎまででしょう。まだ賢者アークエット様はホールにいるかもしれないわよね?」


ジョディは絶句している。

えっと……そんなに非常識な発言をしたかな?

祝賀舞踏会はまだやっているわけで、おかしくないと思うのだけど……。


「そ、そんなことをしたら、不貞を疑われますよ!」

「!? な、どうして!?」

「どうしてって……。サラ様がいた世界は寛容なのでしょうか。こちらの世界では、こんな時間に部屋に男性を招き入れたら、不貞をしようとしていると思われても仕方ないですよ」


むむむむむ。

そうなのか。


「で、でも、部屋にはジョディがいても?」

「関係ありません。まず、こんな時間に王太子妃の部屋に男性が訪れるのを、誰かに見られたら……。部屋の中に誰かいるなんて分からないのですから。変な噂が立ち、大変なことになります」


なるほど。

そう言われると……納得だ。


「……ジョディの言う通りね。……それで明日のボート遊びには、賢者アークエット様も来るのかしら?」


「ええ、明日、いらっしゃいます。そうですよ。明日のボート遊びの時に、話があるなら尋ねればいいのですよ、ね、サラ様!」


おっしゃる通り!

何を私は焦っていたのか。

今日はノア王太子も来ない。

明日は賢者アークエットにヒロイン召喚について聞ける。

だから今日はもう――


寝よう!

本日公開分を最後までお読みいただき

ありがとうございます!


次回は明日、以下を公開です。


10時台「食べ物に弱い私」

12時台「甘い甘い時間」

20時台「もう嬉しくてたまらない。」


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では皆様にまた明日会えることを心から願っています!

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