13:すべてわたしに委ねてください
「そんなに恥ずかしがらなくても。あなたは十分、美しく、可愛らしいですよ」
「で、でも」
「大丈夫です。すべてわたしに委ねてください」
「ノア王太子様……」
ぎゅうっと抱きしめたその体は……。
文武両道で鍛えているはずだが、少し柔らかいような。
筋肉は……思いの外、ないのかしら?
それに肌はするっとして、もっと触り心地が良さそうなものを想定していたけれど。
期待を、し過ぎていたのだろうか?
遠慮がちに目を開けると……。
し、白い。
肌、白過ぎじゃない?
というか、体温を感じないのだけど。
そこでようやく気が付く。
自分が、白いリネンで包まれた枕を抱きしめていることに。
え、ど、どういうこと!?
混乱の極みで上半身を起こすと、部屋の中は明るい。
カーテンはすべて開けられ、陽の光が降り注いでいる。
私は天蓋付きのベッドのど真ん中で、どうやら一人、寝ていたようだと気が付く。
カチャッという音がして扉が開く。
心臓が飛び出しそうな程驚き、息を飲む。
「あ、サラ様。おはようございます!」
昨日とは一転、黒いワンピースに白いエプロンと言うお馴染みのメイド服姿のジョディが部屋に入ってきた。手にはトレンチを持ち、そこにはティーセットがのせられている。
「アッサムティーをご用意しましたよ。搾りたてのミルクもございます」
そう言うとジョディはそのまま私のところまでやってきて、サイドテーブルにトレンチをおき、紅茶の用意を始める。これは……“君待ち”でもお馴染みの、アーリーモーニングティーだ。
こうばしく甘みを感じさせる香りが漂ってきた。
「さあ、どうぞ、サラ様」
「……ありがとう、ジョディ」
渡されたカップとソーサーを受け取る。
一口紅茶を飲むと。
美味しい……。このミルク、アッサムの強いコクに全然負けていない。
搾りたてのミルクって濃厚ね……。
それにしても。
間違いないだろう。
昨晩……夜の儀はなかった……。
着ている白のネグリジェに乱れはない。
体に異変もないのだ。
そしてとてもよく眠ったという爽快感しかない。
「ねぇ、ジョディ、私……」
「大丈夫ですよ、サラ様」
「ジョディ……」
ジョディは昨晩、どういう状況だったのかを教えてくれた。
ノア王太子はきっちり1時間後、この部屋にやってきたという。そしてかなり暗い部屋の中、ソファで熟睡する私を発見する。
テーブルには王族に伝わる夜の儀に関する本が置かれ、お酒もズラリと並んでいた。これを見たノア王太子はどう思ったのだろうか……。
私を起こそうとしたのか。
それとも最初からこのまま寝かせておこうと思ったのか。
それは……分からない。
でもノア王太子は眠る私の体を抱き上げ、そのままベッドに寝かせると、自分の部屋へと戻っていったらしい。
今、私がいる部屋は、ノア王太子の部屋と隣接している。
つまり、ノア王太子の私室から、廊下に出ることなくこの部屋に来ることが出来た。つまりノア王太子の部屋と、この部屋は扉でつながっている。そう、ここは夫婦の寝室というわけだ。
「明け方、ノア王太子様に呼び出されました。そして今話したことをお聞きしました。アーリーモーニングティーを、時間が来たらサラ様にお出しするようにと。ノア王太子様はいつも通り、朝の剣術訓練に出ていらっしゃいます。間もなくお戻りになり、お着替えをされますから、サラ様もその一杯を召し上がったら、準備を始めましょう」
「ジョディ、その、教えて欲しいの」
こんなことを尋ねるのは相当恥ずかしいのだが……。
ノア王太子に聞く方がもっと恥ずかしい。
「王族の結婚ともなると、その……夜の儀が、滞りなくなされたかの確認とか……するのではなくて? その証拠を国王陛下や重鎮に示す必要があったりしないの……?」
恥ずかしくて最後の方は小声になってしまう。
しかも顔も体も、全身が恥ずかしくて熱くなっている。
一方のジョディは驚いた顔をしていた。
「もしやサラ様が元いらした世界では、それが……当たり前なのですか? そんな慣習、ソーンナタリア国でございませんよ。夜の儀については当人に任されています。今は隣国との戦争もなくなりましたが、かつては瘴気の数も少なく、国同士の争いが多くありました。そんな暗黒の時代においては、王族の婚姻も今より若い年齢で行われることも多く、夜の儀が上手くいかないこともありましたから。焦らず、当人同士のペースで進める。それがソーンナタリア国の慣習です。なにも婚儀の夜に必ず夜の儀をする必要もないのですよ。王太子様には弟君が二人いますが、末っ子の第三王子様の婚儀では、泥酔して爆睡でしたから」
「そうなのね……!」
それを聞いて一安心した。
安心はしたが……でも、ノア王太子は昨晩、夜の儀のためにこの部屋に来たわけで……。そして私は爆睡していた……。一体どんな顔で、ノア王太子と……。
「ねぇ、もしや着替えをしてその後は……」
「ノア王太子様と朝食です」
「……!」
いきなり気まずい……!
おはようございますの挨拶の後に、「うっかり寝ていて申し訳ありませんでした」と言うわけ……? 恥ずかしすぎる……。
「あの、サラ様」
「な、何、ジョディ!?」
「夜の儀の件は気にされないで大丈夫かと」
「……!」
ジョディは勘が鋭い。
すべてお見通しという感じだ。
「今日から三日間は、婚姻祝賀期間で、ノア王太子様の執務はぐっと抑えられています。各国の王族や大使もまだ滞在中です。本日のノア王太子様は、朝食の後、各国の王族や大使の皆様とゴルフ。その後は夕食会、よして夜はまた祝賀舞踏会です。明日も同じように予定が組まれています。深夜まで執務に追われることもないですから、また今晩にもお声がかかりますよ」
「そうなのね……。というか、声がかかるって……」
「サラ様。それは準備をしながら説明しますね」
そこで一度話を終え、まずは顔を洗ったりで身支度を整える。
ドレスを着せてもらいながら、「声がかかる」の件について聞くことが出来た。
「夜の儀については、基本的に朝食の席で、ノア王太子様から意思表示されるのです。つまり、今晩部屋に来て欲しい時は、朝食のテーブルに一輪の赤い薔薇が飾られます。こうすることで、執務などであらかじめ忙しいと分かっているのに、気を持たせないで済みますからね」
「なるほど……。では執務が思いがけず早く終わった場合は?」
「その場合は私達にお声がけがあります。すぐにお支度しますから大丈夫です」
ドレスを着ることが出来たので、ネックレスやイヤリングをつけてもらいながら、気になることをジョディに尋ねることにする。
これは……少し、聞くにはどうかなーと思うことだ。
でも、ジョディ以外で聞く相手は思いつかない。
「そ、その、王太子様からではなく、その……こちらから、その……」
「サラ様からお声がけしたい場合は、王太子様のテーブルにぼたんを置いておくのです」
「ぼたん!?」
まさか牡丹じゃないわよね?
そう思ったら……。
「『どうやらシャツのボタンが外れているようだ。サラ、今晩、このボタンをつけにきてくれるかい』と言われれば、お誘いに応じたことになります。部屋においで、というわけですね。逆にボタンについて何も言われなければ、今晩は都合が悪いということです。でもその場合は、普通に会話の中で『今日は執務で遅くなりそうだ』という感じで、ダメな理由を教えてくださりますから、安心です」
なんともまあ、奥ゆかしい……。
というか……意外と面倒なのね。
いい雰囲気になって盛り上がって18禁になだれこむ……なんて下品なことは、王族の皆様にはないということなのかしら?
「ちなみに何も夜の儀がすべてではありませんから。夜の場合は今の手順ですが、それ以外はお二人の自由意志の元、いつでもどこでも、お好きなように、ですから」
賢者アークエットは千里眼の力を私が持つという言い方をしたが。
実はジョディが持っているのでは!?
「さあ、準備が整いましたよ、サラ様」
ジョディの言葉を合図に、姿見に映る自分を確かめる。
朝食の後、そのままゴルフに向かうノア王太子に当然、私も付き添う。ギャラリーとして。だから動きやすいワンピースタイプのドレスを選んだ。上半身はシャーベットグリーンの生地にビーズを使った立体的な刺繍が施されている。スカート部分には金糸でアラベスク模様が刺繍されており、ドレス生地と同じ色のチュールが、全体的に重ねられていた。エアリーでまるで森の妖精みたいだ。髪は、編みこみのハーフツインテール。これに白い日傘と白いレースのロンググローブをあわせる。
「とてもお似合いですよ。素敵です。今日は天気がいいので、テラスで朝食をとノア王太子様から言われております。ご案内いたしますね」
ジョディに促され、部屋を出た。
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次回は明日、以下を公開です。
8時台「朝からこんなお姿を拝めるなんて」
12時台「陸と水の騎士団長」
20時台「寝よう!」
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【お知らせ】
>>まさかの続編スタート<<
『断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!
既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?』
https://ncode.syosetu.com/n8030ib/
SSを用意しようとしたら、結構長くなりそう……。
ということで続編開始決定☆
本作をお読みいただいていた読者様。
よかったら4月29日(土)の12時台の更新を
ご確認くださいませ~