1:プロローグ
ほ、本物だ。
本物の、“君待ち”のノア・イル・ラックスが目の前にいる。
なんて、なんていう美しさなのだろう。
まず、晴れの日のこの衣装の清らかさ。
純白の軍服にスカイブルーのマント。
マントにはソーンナタリア国の王家の紋章である薔薇と白馬が美しく刺繍されている。そしてこの衣装をまとうノア王太子の美貌と言ったら……。
アイスシルバーの髪は、ステンドグラスからの光を受け、キラキラと輝いている。
髪色と同じキリッとした眉毛に、長い睫毛。
瞳の色は透明感のあるコバルトブルー。
鼻梁の通った鼻の下の唇は艶があり、潤いを感じさせた。
乙女ゲーム“君待ち”シリーズで絶対的な人気を誇る攻略対象キャラだけある。
存在感も半端ないが、よく実体化できたと唸るしかない。
なにせ長身スリム、それなのに筋肉はしっかりあり、まさに黄金比を実現した体つきをしているのだ。それは二次元だからできることで、現実では……と思ったが、そこにちゃんと存在している。
すごい。すごすぎる。
しかもこの美貌で、文武両道なんて。
まさに全世界の女子の夢が詰まった、この世の至宝ともいえる男性。
それが、乙女ゲーム“君待ち”こと
『君のことを待っている~夢の扉を開けて~』の
ノア・イル・ラックスなのだ。
そしてこのノア王太子と私は、今から婚儀を挙げるのだ!
◇
さかのぼること3時間ほど前。
私はパートの仕事を終え、お気に入りのパン屋に寄り、家へ帰るつもりだった。
夫は朝食を家でとるが、夕食は職場で簡単にすますか、飲んで帰ってくるのが当たり前。そのため私の晩御飯は、自分が食べたい物を好きなように楽しめる。だって使うお金は私がパートで稼いだお金。毎日みっちり働いているのだから。好きな物ぐらい、食べてもいいわよね。
今晩は、昨晩の残りもののグラタンとお気に入りのパン屋のフランスパンをあわせて食べよう。あとはサラダを簡単に用意すればいい。
そして。
晩御飯を食べながら。
現在ハマっている乙女ゲーム“君待ち”こと
『君のことを待っている~夢の扉を開けて~』を楽しもう。
パート仲間から乙女ゲーを紹介された時は。
まさか自分がハマるとは思わなかった。
でも別のパート仲間がハマったのをきっかけに、休憩時間になると、“君待ち”の話題で持ち切りになってしまう。周りの話題にあわせるため。軽い気持ちで始めたら……。いつの間にか化粧品や洋服代より、“君待ち”のために使うお金が増えていた。
だって“君待ち”をプレイしている時間。
ゲームの中の私は、お姫様のようなドレスで着飾り、日本人男性には望めないようなレディファースト全開の王太子様や騎士様からちやほやされるのだから。心が踊って当然だ。
ゲームの中で夢のような時間を過ごしていると、夢想してしまう。
私もゲームの中のヒロインみたいになれたらと。
だって“君待ち”のヒロイン、すなわち私が扮する主人公は、異世界に召喚された人間だ。つまり、現実世界でごくごくフツーの生活を送っているのに、ある日突然、“君待ち”の世界――ソーンナタリア国に召喚される。そこからは五人の攻略対象を相手に、甘い恋の時間を楽しみ、これぞという男子を落とし、ハッピーエンド(攻略)を迎えるのだ。
異世界への召喚。
私も君待ちの世界に召喚されたらいいな。
そんなことを思いながら、パン屋に寄ろうと公園へと向かう。
勿論、いい大人だし、そんなファンタジーは無理だと分かっている。でもいくつになっても女性の心には、乙女が残っていた。だから「いいな」ということで、夢は見てしまう。
お気に入りのパン屋に行く近道は、この緑豊かな公園を横断するに限る。
夕方のこの時間は、まだ遊び回る子供が沢山いた。
買い物帰りの私みたいな主婦の姿も、ちらほら見える。
左手にはツツジが咲き誇る生垣があり、右手にはこの公園の名物のくじら池が見えていた。その手前には、くじら池につながる小さな滝があるのだが。
「うん?」
なんだか滝壺がキラキラと輝いているように見える。
何?
まさか、滝壺に金塊でもある、とか?
そう言えばものすご~く昔は、ここの滝壺で砂金がとれていたという噂を聞いたことがある。それに元々この公園は、豪族の屋敷があった場所と言われていた。公園として整備する中で、小判が発見されたと、ちょっとしたニュースにもなっている。
もしも。
もしも金塊を発見できたら。
人生やり直しができるかもしれない。
人生100年と言われているけれど。
正直、今のままで100歳まで生きるのは……辛い。
なにせ。
夫は絶賛不倫をしているわけで。
そう。
夕食を家で食べない。
その本当の理由は、不倫相手と食事をしているから。
こんな夫とは離婚したい。
でもパートでこの先、一生生きていくのは……。
だからの現状維持。
そんな今を打破するには……もはや一攫千金しかないのかもしれない。
くじら池に沿って道を進み、滝壺の方へ向かい、歩いて行く。
さっき見えたキラキラは、まだ見えている。
本当に、金塊があるのかもしれない。
心臓がドキドキしてきた。
少し早足になり、滝壺に近づくと。
そこまでの深さではない滝壺の中央辺りが、さらに輝きを増している。
周囲を見るが、この輝きに気づいている人は私しかいない。
滝壺の底に何があるのか。
何が光っているのかと少し、身を乗り出し、底を見ようとしたその時。
「え!」
滝壺というか、そのキラキラに吸い込まれそうな気がした。
疲れて眩暈でもしたのかしら?
そう思った瞬間。
全身が光に包まれた。
はじめましての読者様。一番星キラリと申します。
数ある作品から本作をご覧いただき
ありがとうございます。
お馴染みの読者様。本作もご覧になっていただき、光栄です。
心から感謝です。
時間差であと2話公開します!
引き続きお楽しみくださいませ。