プロローグ
――安倍晴明。平安時代における稀代の大陰陽師であり、当時のスーパーヒーロー。
オレの先祖はそんな安倍晴明の何番目かの弟子…だったらしいが(死んだ爺ちゃんが口を酸っぱくして言っていただけであり)定かではない。
実際のところは歴史書に先祖の名は刻まれておらず、子孫であるオレたち葛木家は代々この町の寺を継いでいる。
オレはその寺の息子で、時期寺主。
――と、いうのが今までのオレの自己紹介
だったのだが…。
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――数刻前。
3日前、爺ちゃんが亡くなった。
葬儀は先ほど終わった。オレは心に穴が空いたようで落ち着かなくて、本寺から少し進んだ離れまで歩いていた。
父と親戚一同はまだ寺の中で話している。
「わしらのご先祖様はな――安倍晴明とマブダチじゃったんじゃぞ!!」
――という調子で、先祖代々"口頭でのみ"伝えられてきたというご先祖様の自伝を幼い頃から散々言われてきた。
正直、特別興味も無かったし「なぁんだ、晴明がご先祖様じゃないのか」って呟いたら本気で叱られた。
祖父との記憶なんて、正直それくらいしかない。
オレの家は父と祖父とオレの3人暮らしだ。
母さんはオレを産んですぐに亡くなってしまった。
寺を継いだ父は、仕事があるからと1年の大半を寺で過ごし、遊んでもらった記憶も出かけた記憶もほとんどない。
それにとても小さな田舎町だから、近所に歳の近い友達もいなかった。
よって、幼少期は必然的に祖父と共に過ごすことが多かったのだ。
まあそれも小学校に入ると、友達もできて遊びに行くことが増えた。それとほぼ同時期に、祖父は老衰で床に臥せってしまった。
――そんな祖父も、とうとう逝ってしまった。もっとちゃんと話を聞いてあげれば良かった、なんて今更遅いのだが。
………幼い頃の記憶が、朧げに蘇る。
「明継。お前はな―――――」
あれ、その後爺ちゃんはなんて言ったのだろう―――。
せつな。
どぉん。
――!?
寺の方からだ。かなり大きい爆発音。
呼吸が止まった。
―――父さん!!
ピタ。
頭では必死で駆けつけようとしているのに、身体が動かない。
まるで石にでもなったかのように、ピクリともしない。
突然、身体が動きを止めたのだ。
「なんで、だ…よっ!!」
歯を食いしばっても動く気配がない。
巡る思考をよそに動かない身体に、涙が出てきた。
どぉん!!!
さらに大きな爆発音。
「父さん!父さん!!父さん!!!」
必死に、叫んだ。
離れから本寺までさほど遠くない。
走ればすぐなのに、動けない。
本寺から黒煙が立ち昇るのが見える。
早く、早くしなければ。
父さんたちははまだ中にいるはずなのだ。
――――――トン。
と、背後で何かが地面に落ちる音がした。
同時に、甲高い声が響いた。
「あら、こんなところに1人いた♪」
――それは何かが落ちる音ではなく、女が地面に降り立つ音であった。
その女は小柄で長い黒髪の、丈が短い着物を着た少女だった。
「だ、れ……」
必死に絞り出した声は、ひどく掠れていた。