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光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。  作者: みぃ


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 荷物は増えたが、せっかくなので街を少し歩くことにする。今のままでは、蓮にとってどこもかしこも未知の場所だ。


 現代日本とは違う風景、目に馴染まない光景すべてが物珍しくて、蓮はついきょろきょろする。見事なくらい田舎者丸出しの姿だが、あちこち気になるのだから仕方がない。そのせいで、前方不注意になる。通行の邪魔になりそうなところを、気付いたディルクに引き寄せられた。


「前を見ていないとあぶない」


 腰に回された腕は力強い。思いがけず距離が近づいて、間近に見た綺麗な顔に蓮は鼓動が跳ねた。


「あ、ごめん。ありがと」

 スマートな対応だ。無自覚なタラシ疑惑が、むくむくと蓮の中で湧き上がった。


「迷子にはなるなよ」

「ならないよ」


 なぜなら、ディルクが目立つ。ただ蓮と歩いているだけなのに、ちらちらと控えめに、じいっと不躾に、女性の視線を集めていた。遠く離れなければ、人の目を集める男は簡単に見つけられるはずだ。身長も、悔しいけれど蓮よりも幾分か高い。


(ほんと、男の俺から見てもかっこいいもんなぁ)


 現代日本なら、間違いなく合コンの客寄せに使われる。優しいから、頼まれればきっと断れない。終始居心地悪そうにしているディルクの姿が浮かんで、蓮は笑いそうになった。


「どうかしたか?」


 空想のせいで、どこかが緩んでいたようだ。訝しそうにするディルクに、蓮は慌ててごまかした。

 世界の常識の何もかもが違いすぎて、正しく伝えるのは難しい。きっと説明だけではうまく想像できないだろうから、笑い話にするのも難しかった。


「あ、荷物持つよ」


 すべて持ってもらっていることに、蓮は今更気づく。服も下着も、会計してそのままディルクが持っていた。


「いい」

「よくないだろ」


 元々、蓮の物ばかりだ。会計もしてもらっているのだから、荷物くらい持つべきだ。

 けれど、拒否される。


「疲れるだろ?」

「は?」


 どれだけ、貧弱だと思われているんだ。買った物は衣服が中心で、決して重い物ではない。そう訴えても、ディルクに聞き入れてはもらえなかった。


「せっかくだから、気軽に街を散策したらいい」

「あーもう、ありがと! おぼえてろよ」

 どこかで、絶対に返してやる。これでもか、というくらいに。

「なんだそれ、破落戸のセリフみたいだな」

「うっせぇ」


 簡単には返せないものが、次から次へと与えられる。優しさに溺れそうだ。


「ここが、この街のメイン通りかな」

「へぇ」


 店が建ち並ぶエリアは、なんとなく昔ながらの商店街を思わせる。きっと、個人商店が多いからだ。露天が多く出ているエリアもあった。肉に野菜に果物に、蓮の見たことがない食材も並んでいて、眺めているだけでも楽しい。

 実際、買った物もある。手に取った時のディルクの反応も悪くなく、食べるのが楽しみだ。


 日用品が買える店、薬が買える店、目につくとディルクが教えてくれる。焼きたての香りについ足を止めるパン屋、焼き菓子を並べている店もあって、街に活気があった。けれど王都の中心街に比べれば、店の種類も数も、到底及ばないらしい。


「旅行者が、立ち寄る街ではないからな」


 ディルクの説明によると、王城を中心に、外側へと広がるように形成された大きな街は九つあり、正面から伸びた道に沿って、もっとも栄えている王都の中心街だ。大きな商会などが店を構え、稀少な魔道具を扱う店もあり、冒険者ギルド、商業ギルドなどもある。旅行者は、主にここを訪れた。


 他にも王城から伸びた道は二本あり、片方は王都最大の学園へ行き着く。王城の裏から伸びた道は、王都の外れの森へ繋がっていた。


 各街への移動は、歩くには遠い。移動は主に馬車で、馬でも可能だ。


(なんとなくしか、想像できないな)


 ここでも充分に栄えていると感じるのに、さらに規模が大きくなるのだから、人も比べものにならないほどいるのが予想できる。住みやすさなら、きっとここだ。


「この辺までにしておこう」


 あまり遠くまで歩いて行くと、帰るのにも時間がかかる。好奇心から興味はあっても、絶対に一人でいくことはないので、切り上げる提案に蓮は渋ることなく同意した。


 帰りは、違う道を選ぶ。また違う雰囲気で、楽しくなった。

 ぱっと目に飛び込んできた異世界のスイーツに、蓮は興味を惹かれる。見た目に、奇抜さはない。よく目にする形状だ。


「入りたいのか?」

「まあ、気になるかな」


「俺が店に入ると、注目を浴びる」

「ああ」


 見目のいい男が、甘い物を求める姿は目を惹く。誰かへのプレゼントなのだろうか、それとも自分で? と、好奇心もくすぐられるものだ。ディルクの印象もやわらかくないので、余計に微笑ましいし、何を選ぶのかと蓮でもつい見てしまう気がした。


「ムサイ男がいるのは、不快なのだろう」

「はい?」


 想像とは違う見解が返ってくる。ムサイに、違う意味があるのかと蓮は一瞬困惑した。


(どこがムサイ?)


 ムサイとは、かなり遠い所にいる男だ。むさいを繰り返ししすぎて、蓮の頭の中は、ゲシュタルト崩壊を起こしている。スマホを取り出し、知識に間違いがないか確かめるために検索したくなった。


「だから、連れて行ってやれないんだ。悪い」

「いや、それはいいんだけどさ」


 絶対に入りたいと、だだをこねるような幼い子どもではない。ただディルクの誤解は、解きたくなった。


「ディルクは、ムサクないよ。むしろ、爽やかだし」

「慰めてくれるのか? レンは優しいな」

「違うってば。ホントのことだよ」

「そう言ってもらえると、少しは気がラクになる」

「ぜってぇ、信じてないだろ」


 むうっと、蓮は唇を尖らせる。無自覚なイケメンほど、性質の悪いものはない。


「まあ、無理に行こうなんて言わないけどさ、ディルクは甘い物はどうなんだ?」

「……きらいではない」

「ふうん、あのヘンは? 食べられそう?」


 露天から、甘い香りが漂ってくる。先ほど昼食にしようと、ホットドッグのようなものを買い食いして腹を満たしたが、甘い物はやっぱり別腹だ。香りに誘われて、蓮は食べたくなる。


「食べたいのか?」

「食べたい!」

「なら、買ってくるといい」


 小銭を、渡してくれる。まるで子どものお使いのようだが、蓮はまったく気にしない。むしろイケメンの男に荷物を持たせ、従え歩いているような姿の方がいかがなものかと気になっていた。


「ディルクは?」

「いい」

「そう?」


 ならば、一緒に食べればいいかと蓮は買いに行く。店の前に行くと、甘い香りは強くなった。


「おねぇさん、一袋ください」

「あら、おねぇさんだなんて、おばさんに嬉しいこと言ってくれるのね」

「おねぇさんは、おねぇさんでしょ?」

 にっこり笑って蓮が返せば、ふふ、と楽しそうに笑う。ほんの少し年配だが、おねぇさんには変わらない。


「おまけしてあげる」

「ありがと」


 ひと口サイズの焼き菓子を、袋にぽいぽいと追加で放り込んでくれる。最初に入っていた量よりも、かなり増えた。手に持てば、重みを感じる。


「こんなにいいの?」

「いいのよ。気に入ったらまた買いに来てね。連れのイケメンさんにもよろしく」

「うん、おねぇさんありがと」


 笑顔を返し、ひらひらと手を振って、蓮はディルクの元へ戻る。なぜか、唖然としたような顔をしていた。


「なんか、いっぱいおまけしてくれた。一緒のイケメンさんにもよろしくって」

「……俺のことか?」

「他に誰がいんの」


 さっそく、蓮は口に放り込む。香ばしく、甘い香りが鼻を抜けた。


「あ、うまい」


 スイートポテトみたいな味がする。もう少し芋っぽさが少なくて、食感がしっかりしていた。よくわからないけれど、美味しいのは確かだ。


「はい」


 袋の中からひとつ摘まんで、蓮はディルクの口元に持って行く。両手が塞がっているからきっと、手を出さないつもりだ。けれどせっかくなら、一緒に食べたい。


「そんな甘くないよ?」


 戸惑っているディルクの唇に、更に菓子を近づける。やっと遠慮がちに唇を開くので、強引すぎたかとほんのわずか反省しながら蓮は放り込んだ。

 じい、と反応を窺う。苦手そうなら、むりやりは食べさせるつもりはなかった。


「……うまいな」

「だろ。せっかくだから、一緒に食べよ」


 思わず、というように綻んだ表情に、大丈夫だなと蓮はほっとする。家の方角に向かって並んで歩きながら、行儀悪く口の中に放り込み、時折ディルクの口にも菓子を放り込む。


 最初はディルクも戸惑っていたけれど、慣れたのか、あきらめたのか、素直に口を開く。まるで餌付けしているようで、油断すればにやけそうになる顔を引き締め、蓮はひそかに心の中でもだえていた。


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