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 当面の居場所が見つかり、安心して気が抜けた途端、ぐううと腹が空腹を訴える。身体は蓮が思うより正直で、現金だ。


「風呂より、食事が先だな」

 真顔で言われてしまう。なんだか、笑いがこみ上げてきた。

「ディルクは食べた?」

「いや、まだだ。何か買ってくるつもりだったけど、忘れていた」


 困った、というように眉を下げる。トンデモナイ拾いものをすれば、忘れもするよなと、蓮は苦く笑った。


「悪い、俺のせいだよな。食材は何もないかんじ?」

「たぶん、それなりにあるとは思う」


 妙に曖昧な物言いに、蓮は首を傾げる。一人暮らしなら、食材を用意するのも自分だ。あるかないかは、答えるのに難しくない。


「えっと、把握してないわけ?」

「食材の管理、調達は、主に通いの使用人がしているんだ」


 時々目についた物を、ディルクが買うこともある。ここ数日は食品庫に入っておらず、見なければ何があるのかわからないと言った。


「普段の食事はどうしてんの?」


 口ぶりから、自炊しているようには思えない。けれど食材は用意してあるというから、蓮は疑問がわいた。


「職場にある食堂で、食べることが多い」

「食材あるんだろ?」

「通いの人がつくりおきしてくれたり、家族が時々来て何かつくったり、そのままかじったり?」

「かじったり?!」


 最後のは、納得がいかない。そのままかじるって、なんだ。


「その、料理ができないんだ」

「え、できないのに食材用意してもらってんの」


 うっかり、思ったことがそのまま口から飛び出す。しまった、と思っても遅い。親しくもない蓮が口を出すことではないのだが、ディルクは怒ることなく、どこかばつが悪いような表情を浮かべた。自覚はあるようだ。


「その、当初は作る気はあったんだ」

「うん」

「けど、失敗ばかりが続いて、食材を無駄にするくらいならそのまま食べた方がいいかと」


 まるで飼い主にしかられた猫や犬のように、しゅん、とする姿に、蓮は気付かれないよう唇を引き結び、軽くうつむく。誰もがかっこいいと形容したがるであろう容姿の、でかい男がしょげる姿がかわいく見えて、うっかり変な声を上げそうだった。


 んん、と小さく咳払いして、蓮は気持ちを立て直す。


「実家から通えばいいのに。遠いの?」

「いや、王都の家から通えなくはない」

「なら、実家から通えばいいのでは?」

「兄が結婚していて、子どもも三人いるんだ。学園を卒業したなら、さっさと出て行くべきだろ」


 そんな理由だと、実家とはいえ居座りづらい。同じ状況なら蓮も、仕事に就くタイミングで家を出るはずだ。


「あ、ディルクも近々結婚の予定あるとか?」


 この話の流れなら、先ほどの疑問を訊くのも不自然ではない。早々に追い出されるのなら、心の準備はしておきたかった。


「ないな。そんな相手はいない」

「そっかぁ……そーいえば、ディルクっていくつ?」

「十九になった」

 はい? と、蓮は目をしばたたく。


「うそだろ……まさかの年下?」

「は? 年上?!」


 びっくりしたような声が上がる。ぱち、と視線がぶつかった。

 そんなに驚くか? と、蓮は心の中で突っ込みを入れる。そこまで、幼い容姿をしていない。ただ単に、ディルクが大人びているだけだ。


「レンは、いくつなんだ?」

「二十一だよ」

「……てっきり、同じ歳くらいかと」


 呆然と呟くディルクに、俺も、と蓮は返す。

 二歳差などあってないようなものだが、目の前の色気さえ感じさせる男を年下と表現した途端、違和感が強くなった。


 完全に負けている。何に対してなのかはわからないが、蓮は手で顔を覆い、天を仰ぎたくなった。


「けっこう、驚きました」

 俺もだよ、と今度は心の中で相槌を打つ。


「いや、なんで突然敬語?」

「年上なんで」

「そーいうの、いーよ。俺、拾われたんだし」


 捨て犬、捨て猫の類いではないが、似たようなものだと思わないでもない。途方に暮れていたところを、親切なディルクに拾われたようなものだ。


 それに元々、上下関係が厳しいような体育会系に、蓮は身を置いたことがない。バイト先でも先輩後輩、果ては社員まで距離が近く、最低限のマナーを守ればいいような緩い環境だった。


 それなら、とディルクが頷く。気を遣わなければいけないのはむしろ蓮の方なのに、本当にいい子だ。


「そういえば、レンはなんで落ちてきたんだ?」

「あ」


 やっと訊いた。このままなあなあになりそうな予感が、いい意味で裏切られる。危機管理能力は大丈夫なのかと、疑っていた。

 訊かれたからといって、正確に答えられるとは限られないのだけれど。


 蓮の身に起こったことを、ありのままディルクに話すかに迷う。本人さえもいまだに信じられない、荒唐無稽なことを言って、関わってはいけない危ない人認定され、追い出される可能性がよぎると躊躇した。


「何らかの、魔法に巻き込まれたのか? もしくは、」

「魔法!?」


 素っ頓狂な声が出て、ディルクが驚いたように瞳を瞬く。けれどそれ以上に驚いている蓮は、気にしていられなかった。


「え、魔法ってなに」


 使えるものなのか? 空想の世界の話ではなくて? と、思考が忙しない。蓮にとっては使えないことが普通で当然で、幼い頃ならいざ知らず、そこそこの大人になった今では、魔法使える? なんて世間話の流れでもする機会はなかった。


「魔法だが?」


 真顔で軽く首を傾げるディルクに、蓮はもどかしくなる。知りたいのは、そこではない。


「……ディルクは、魔法を使える、のか?」


 訊くのに、えいっとした気合いがわずかにいる。大学の友人たちにそんなことを訊こうものなら、残念な子を見るような眼差しを向けられるか、冗談として受け取って笑われるだけだ。


「使えるが?」


 それなのに、当然のように肯定される。まじか、とまったく違う世界にいることを、蓮はここにきて、やっと実感できた。


「レン?」

「俺は、使えない」

「そうなのか?」

「ん。俺、ほんとなんで落ちてきたんだろ」


 嘆くような、力のない声が蓮の唇からこぼれ落ちる。あんな誰が見ても不自然な道路の光に、近づかなければよかったと心底後悔した。


「その、落ち込むな。そうだ、食事にでもしようか」


 未知の料理以外は作れないんだが、と続けられた台詞に、蓮は吹き出す。顔を上げると、色々な意味で狼狽えるディルクの姿があって、なんだか気持ちが引き上げられた気がした。


「俺、料理できるよ」

「そうなのか?」

 ぱあっと、表情が明るくなる。

「俺が作ったのでいいなら、作るけど」

「作ってもらえるなら、助かる。食べに行ってもいいが、この時間は酔っ払いも多いんだ」

 絡まれ、あしらうのが面倒だと軽くディルクの眉根が寄った。


「なら、作るよ。ある食材見せて」


 どんなにショックを受けても、落ち込んでいても、しっかりと空腹は感じる。人の良さそうな男に拾ってもらえたことを感謝して、何はともあれ、まずは腹ごしらえから始めることにした。



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