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連れ去られそうになったせいか、周囲の過保護ぶりが悪化する。朝もディルクが付き添っての出勤になり、どこかに買い出しとなれば、レオン、ヨリック、リュークの誰かが必ず付き添うようになった。
「自由に出かけられなくて、不便だよな」
「俺はいいんだけど、なんかみんなに悪いなって」
「気にすんなよ、レンと出かけるの楽しいんだからさ」
優しすぎる人たちに迷惑をかけていることが、蓮は申し訳なくて、心苦しい。だからといって大丈夫と言い切ることもできず、軽くへこんでいると、招かれざる客が現れた。
「ちょっと、いいかな」
閉店作業をしているところへ、ずかずかと遠慮もなくその男は入ってくる。対応にダーフィットが出ていくと、傲慢が滲み出る顔で、アホボン伯爵と名乗った。
ダァーメン商会の後ろ盾になっている、評判の悪い家だ。
それでも伯爵位を持つ貴族なので、街にいる兵では太刀打ちできず、あくどいことをしているとわかっていても、いまだ処罰できないでいる。被害に遭った多くの店や人が、泣き寝入りしているのが現状だ。
「この店で、渡り人が働いているのはわかっているんだよ」
裏で隠れ、話を聞いていた蓮は、ひゅ、と息を呑む。
渡り人として知られている容姿とは違うので、今までどこへ行っても気付かれることはなかった。
なぜ、という気持ちが強くなる。
「ごまかせると思わない方がいい。渡り人の恩恵を独占し、荒稼ぎをしていればわからない方が間抜けというものだ」
言葉の端々が、どうにもイラつく。
元はこの世界の住人ではないとはいえ、蓮には特別な力などない。多少アイディアを出しはしたが、それをきっちり形にしたのはダーフィットを始めとしたこの店の人たちだ。
盗みを働き、安易に利益を得ようとする人たちでは、同じことができるわけがない。その証拠に、真似で始めたシェフのデザート提供も、評判が悪くなっていた。
対面になれば、繊細な作業を求められる。儲け主義で詰め込んだ予約では、客の望むものが提供されるわけがない。雑な仕上げでは、また足を運ぼうなどと思えるわけがなかった。
「本来保護されるべき渡り人が、働かされているなど嘆かわしい。だから私が保護しようと思ってな」
違う、と反論したい。けれど今出ていけば、相手の思うつぼだ。
傍らにいるリュークも、ゆるく首を振って蓮を止めた。
「今まで散々利用し、不当に利益を得たのだから、本来は処罰の対象だ。だが、素直に引き渡せば見逃してもいい」
(はあ? 利用なんて、されてねぇし!)
理不尽な話を聞いていることしかできないのが、もどかしい。
働きたいと願った蓮を、雇ってくれたのがダーフィットだ。
「私の寛大な措置に、感謝したまえ。ああ、別れを惜しむ猶予くらいあげるよ。また三日後にくるから、理解に乏しいその頭でよく考えておくことだね」
言いたいことだけを一方的に話すと、勝ち誇った顔でアホボン伯爵は店を出て行く。色々な感情がこみ上げてきて、蓮は拳を白くなるくらい握りしめた。
従業員はとっくに帰していたので、今の出来事が外に出ることはない。それを見越して、アホボン伯爵は閉店作業中に来訪したのだ。渡り人の恩恵を、独り占めしようという思惑が窺えた。
はあ、と深いため息が落とされる。とりあえず店を片付け、全員でダーフィットの家に場所を移した。
何かをしている方が、気が紛れるので、蓮がいつものように夕食の用意をする。仕事を終えたディルクが来ると、沈んだ空気に何か感じるものあったようで、食事を始めてすぐに話を促した。
先ほどあったことを聞き終えると、そうか、と言ったきり口をつぐむ。
「なあ、おまえら隣国にかけおちするか?」
「するかっ!」
「かけおち……」
真剣な顔で考え始めるディルクに、蓮は腰のあたりをばしりとたたく。
考えんな、と呆れたように突っ込みを入れる。ディルクの経歴を無駄にする選択など、させるわけがなかった。
「まさか、こんな手にでてくるなんてな」
「卑怯なやつらは、卑怯な手段にでるもんなんだな」
「ある意味、渡せって直球だけどな」
笑い事ではない。
この店に、蓮によくしてくれた人たちに迷惑をかけたくはなかった。
一年にも満たない間ではあったが、楽しい思い出はいくつもある。それらが蓮の背を押し、覚悟を決めさせた。
「あのさ」
「ん?」
「俺のこと、王宮に報告してくれるか?」
「レン?」
「だってさ、そーいう話だろ。本来はさ」
ただの一貴族が、勝手に蓮の処遇を決めていいわけがない。どうせ今の生活が維持できないのなら、本来の王宮に保護される道を選ぶだけだ。
「あんなやつらに利用されんのやだし、でも、身分的に逆らうのは難しいだろ」
そんな蓮の申し出も、ディルクが渋る。けれど相手が伯爵という身分を盾にしてきていることから、最終的には蓮の安全を最優先するため頷いた。




