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光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。  作者: みぃ


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 かすかな、雨の音が蓮の意識を引き上げる。ゆるく瞬きを繰り返し、眺め見た窓の外は鈍色の雲のせいで薄暗い。雨は憂鬱な気分にさせられ好きではないが、雨の日の二度寝は好きだった。


 店は営業しているが、蓮は休みだ。慌てて起きる必要はない。

 ざあざあと降る雨の音を聞きながら、ベッドの中で怠惰に過ごす時間が、とても贅沢な気分にさせられる。けれど今は心地好いまどろみは消え去り、耳につく雨の音がただただ憂鬱を誘った。


 身体を起こし、雨の音に混ぜるのはため息だ。

 かもしれない、が現実になった。魔獣討伐の編成部隊にディルクは名を連ね、遠征に出かけて行った。


 移動の関係もあり、おおよそ一ヶ月くらいの日程だと聞かされている。想像よりも長期間であることに、蓮は驚いた。せいぜい、数日間のことだと思っていた。


 討伐のための遠征は、騎士団では珍しいことではない。そう付け加えたディルクは、蓮がダーフィットの家に遠征中は滞在できるよう、さらりと段取りをつけてきた。渋るような素振りを見せていたのに、妙に手際がよかった。


「一人でも平気なのになぁ」


 子どもではないのだから、留守番くらいできる。そんな蓮の主張は、ディルクとダーフィットの二人にするすると流され、仕事場の店舗から続く住宅に広い一室を与えられた。


「ディルクが使ってるだけの部屋だから、遠慮なくどーぞ」


 まれにだが、泊まることもあるようで、その際に使用している部屋だった。

 着替えも、少しだけある。ただ本当に泊まるだけの部屋らしく、家具も最低限のものしか置いていない。


「俺が、使ったらだめなのでは?」


 勝手に、私室を使うのと同じだ。

 どうぞ、と家主に言われても、蓮はなんだか気が引けた。


「今度から泊まるときは、二人でこの部屋を使えばいいよ」


 なぜに? そんな蓮の心の声は届かない。

 他にも、いつものメンバー三人が、泊まる部屋もあるとダーフィットは教えてくれる。おかげで、雑魚寝の類いだと理解した。


「酒が入るとさ、帰るのが面倒になるんだよ。だから、アイツらしょっちゅう泊まってくんだ」


 苦笑しながら、ダーフィットが肩をすくめる。

 飲むとなると、仕事の後だ。当然、疲れている。酒場に行くのも、そこで飲んでから帰ることも億劫で、いつからかダーフィットの家に移動して飲むようになり、勝手に泊まっていくので部屋を用意するに至った。


(仲いいんだな)


 四人の関係性が羨ましくなる。ふざけ合って、仕事では真面目に向き合って、いい関係を築いている。ふっと、蓮の脳裏に元の世界の友人たちの顔が浮かんで、消えた。


「あいつら、レンがいるときも泊まるだろうし、レンもディルクはいないんだし、気軽に滞在してくれていいからな。自分の部屋だと思ってさ」

「ありがとうございます」


 あたたかく迎えられ、ダーフィットとの同居生活が始まった。


 が、本当に四人で暮らしているのではと思うくらいに、店を閉めた後も、同じメンバーが顔をそろえている。何かと蓮を構いたがる人が増えた分、賑やかだ。


 そんな騒がしい環境に身を置けることに、蓮は数日で感謝することになる。日がたつにつれ、ふとした時にディルクの不在を強く感じ、不安も一緒に連れてきた。


 一人でいると、気を紛らわせるのも難しい。

 けれど店や、ダーフィットの家でも、案外ひとりの時間は少なくて、話しているときは不安な気持ちは忘れていられた。


「心配か?」

 表情が曇っていたのか、レオンが気遣うような眼差しを蓮へ向ける。 


「そう、ですね」

「レン、心配しすぎだろ」


 隠すこともないので肯定すると、リュークから突っ込みが入った。


 今夜の食卓も賑やかだ。中華っぽいものを、蓮が用意した。

 四人と会話を楽しみながら、共に食事をするのは楽しい。それなのに、賑やかな中にいるのに、何かが足りない感覚が消えなかった。


「だって、魔獣討伐だし」


 店で働くようになって、順調に知識が増えている。王族、貴族、平民、優先順位がはっきりしていて、蓮が思うより人の命は軽い。とても死が近い世界だと、知ってしまった。


「レンの世界には、魔獣は存在しないのだったな」

「うん、いない」


 未知のものは、より強い不安を感じる。それなのに、一度遠征に出てしまえば、戻るまで連絡を取ることは叶わない。


 誰もが簡単に連絡が取れるスマートフォンのようなものは存在せず、無事を確認する手段がなかった。まるで聞いた話でしか知らない、一昔前の日本のようだ。


 高度な魔法を使える者同士ならば、使い魔や念話と呼ばれるもので連絡を取ることも可能らしいが、蓮には魔法の才能はない。本当に、ただ待っていることしかできなかった。


「だからさ、すげぇ危険な生物想像しちゃって。怪我とかさ、しないかなって」


 うっかりディルクが口にして、ダーフィットに窘められた台詞が、ぺたりと思考に貼り付き忘れられない。


「アイツがよけいなこと言うから」

「回復魔法の使い手も同行するし、ディルクは強いよ。なにより、第一王子殿下も同行するってことだから、怪我人なんてそうでないだろ」


 リュークのフォローに、蓮は余計に気持ちが重くなった気がした。


「普通、王子の盾になるんじゃないの?」


 懸念を、蓮はそのまま口にする。それを受けた四人の表情は、少しも曇ることはなかった。


「あー、そう考えるのが普通か。逆だよ」

「逆って?」

「第一王子殿下は、まわりが止めても自ら前線に行くんだよ。王族だけど、部下を盾にする人じゃないから、安心していいよ」


 すぐに、レオンが疑問に答えてくれる。それに続くように、リュークとヨリックが口を開いた。


「むしろ、盾になりそうな人だよなあ」

「荒事専門のようになってるしな」


 友人が騎士団にいるので、確かな情報だと断言される。それはそれで、蓮を混乱させた。 


「王子がそれでいいの!? 第一王子って、次期王様じゃないの?」

「王位継承権は二位なんだ。弟の方がうえ」

「え、なんで?」

「この国の方針なんだよ。正妃の子の方が高くなる」


 第一王子の母親は、隣国から嫁いできた側妃だ。

 そっかぁ、と新たに増えた知識に、蓮は頷いた。


「それでも、王位継承争いはなくならないんだけどな」

「ええ!」

「権力には派閥があるからな」


 ダーフィットの家は、元は商人の出なのでどこにも属していない。ヨリックの家も貴族で、中立派だと教えてくれた。


「本人の意思とは無関係に、画策しようとする者がどうしてもでてくるんだ」

「めんどくさ」

「国の上層部なんて、そんなものだろ」

 そのリュークの一言で、納得してしまった。


「殿下はこの国一の魔法の使い手で、魔力も膨大だ。剣の腕も確かだから、よほどのことがない限り、普通の魔獣じゃ誰も怪我なんてしないよ。今までも討伐に出たことがあったけど、騎士がケガしたとかそんな話聞いたことがないくらいだ」


 それを聞いて、蓮はやっと気持ちが緩む。


「けど、魔獣が増えてるって、結界が弱くなったんかな」

「そうだとすると、今この国に聖女様はいないから、どうなるんだろうな」

「遠征が増えないといいけど」


 ぽつりと落とされた懸念が胸の中に落ち、じわりと不安となって蓮の中に広がっていった。



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