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他の選択肢とは? と、蓮は瞳をしばたたく。
「レンくんさ、渡り人だろ?」
「わたりびと?」
耳慣れない言葉だ。すぐには、想像できない。
「他の世界から来たんだろ?」
指摘に、蓮は驚く。
確かに、ディルクと知り合った経緯は話した。
けれどそれだけだ。今まで会って話した人たちに、この世界の人ではないと、疑われたことはない。
「その反応は当たりかな」
「なんで、わかったんですか?」
服装も、ディルクに買ってもらったもので、元の世界のものではない。うかつなことも、言ってはいないはずだ。
空から落ちてきた話にも、ダーフィットから特に突っ込みはなかった。
「この世界にない知識をもたらしてくれるのが、異世界からくる異邦人、渡り人だからさ」
「それって、よく来るんです?」
「んー? 頻繁にはないはずだけど」
新しい情報に、ほんのわずか、還れるかもしれないと期待してしまった。
「黒髪じゃないから、確信はなかったけどさ」
「髪?」
「この世界では、黒髪は珍しいどころじゃないんだよ。だから、渡り人はすぐにわかる」
これは、よかった、でいいのだろうか――と、蓮は与えられる情報の多さに困惑する。たまたま、父親譲りの髪と瞳で、今まで目立つことなくこの世界に溶け込めていた。
「まあ、多いってだけで、絶対に黒髪ってわけじゃないはずだよ」
「はあ……あの、渡り人だと、なんか困るんですか?」
本人も、周りも。
先ほど、他の選択肢があると言っていた。
軽く唸ったダーフィットが、報告義務があるような、ないようなと、曖昧に濁す。報告するなら領主にする場合が多いけど、それは保護が必要な場合だ。
平民は自分が生活するので精一杯で、渡り人まで養う余裕がないから、通常は見かけたら報告して保護を願った。
「その点ディルクは王国騎士団所属で、高給取りだから問題ない」
予想通りに、ディルクは高給取りなのだと知る。王都、王城近く、一人で住むには広い家、充実した設備。快適に保たれている室内に、通いではあるが家政婦がいる。これを現代日本の住環境に置き換えてみれば、一目瞭然だった。
「で、王都であるここで報告するなら、王城になる。保護してもらえばきっと、更に今より快適でいい生活できるかもだけど?」
「あ、俺、そーいう願望無いんで」
不労所得、理想ではある。元の世界でなら一考するが、こちらの世界ではなんとなく、豪華な檻の中での生活に思えた。
「ディルクにはよくしてもらってるし、あ、ディルクが報告した方がいいって考えで、保護してもらえって言うなら従うけど」
「だって?」
「言うわけがない」
ダーフィットに振られ、ディルクは即答する。それがなぜか、蓮は嬉しかった。
「拾ったものは、最後まで責任持たないとな」
「言い方!」
間違ってはいない。追い出されることなく、面倒を見てもらっているけれど、蓮は釈然としなかった。
「ならまぁ、ディルクのとこに住んで、ウチで働くってことだな」
「お願いします! あ、けど俺、この世界の常識がかなりあやしいかも」
先に申告しておく。うっかり、この世界にはない知識をこぼしそうだ。
「接客はしなくていいよ。裏方は俺の友人だけだし、気のいいやつらだからすぐに仲良くなれるだろ」
「ありがとうございます!」
仕事が無事に決まって、蓮はほっとする。これでディルクに恋人が出来たとしても、じゃましないように、出て行くという選択肢を選べるようになった。
「ディルクは不満そうだな」
「兄さんの店までは遠い」
「充分徒歩圏内だろ」
だいたい、二十分くらいと教えてもらう。大丈夫だと、蓮は頷く。中学生くらいまでは、登校で毎日そのくらいは歩いていた。
自転車があれば楽なのだろうけれど、見かけたことがないのできっと、この世界には存在していない。
「蓮が帰る頃には、もう暗いだろう」
「過保護だな。子どもじゃないんだしさ」
ダーフィットが、呆れたように嘆息する。蓮も、同意見だ。
「暗いと、道に迷うかもしれないだろう」
「毎日通ってれば、迷わないって!」
しっかり否定しても、ディルクの表情は険しい。
「なら、ディルクが仕事終わりに迎えに来ればいいだろ」
「え!? 家から遠くなるだろ」
話が、どうにもおかしな方向へ転がっていっている。蓮が成人済みだということを、ディルクは忘れているような気がしてならない。子どもではないのだから、暗くなったからと迎えはおかしい。
「夕食、俺のとこで二人とも食べて帰ればいい」
「遠いの、変わんなくない?」
どうにも、ディルクが迎えに行く一択で、話が進んでいる気がしてならない。突っ込みを蓮が入れても、軽く流される。
「実家から、おまえの馬を連れてくればいいだろ」
「……そうだな」
馬!? と、蓮は驚くばかりだ。
もう、何を言っても無駄だと、成り行きにまかせることにした。
「それと、ディルクが遠征でいないときは、俺のとこに泊まってくれていいよ」
遠征とは、出張のようなものだろうか。家主不在の家に一人で過ごすよりはいいなと、魅力的な提案に感じる。ディルクも、それには異論はないようだった。
「レンは、勤務に関して何か希望ある?」
「……えっと、仕事に関してじゃないけど」
「うん」
「俺に、この世界の常識とか、教えてもらえたら助かります」
「それ、気になったんだけどさ。ディルク、教えてないのか? ああ、そうだった。ディルクじゃそこまで気が利かないな」
「そんなことはない」
否定には、ダーフィットのため息が返る。色々、察したようだ。
「いいよ、教える。店で働く、友人らにも言っとくわ」
「ありがとうございます」
「レン、俺が教える」
「おまえには、教えられませんー」
「決めつけんなよ」
「事実だろ。身体能力に全振りのくせに。自分の学園の成績忘れたとはいわせないからな。テスト前につきっきりで教えて、アレだろ。俺ら、無事に卒業できるかハラハラだったわ」
(アレ、とは……)
事実のようで、ぐぬぬとディルクがうめき声を上げる。ある意味、想像通りだ。
「……常識なら、勉強と関係ない」
「だとしても、それ以前にディルクは言葉が足りない。わかりにくい」
さすが兄弟だ。言葉に容赦がない。
「兄さんだって、平気でウソ教えるだろ」
まあねぇ、とダーフィットはあっさり認める。
「けどそれは、時と場合をわきまえてますぅ」
その辺が、ディルクがダーフィットを苦手とする原因かなと、蓮は想像してみた。
「なんか、仲良し?」
そんな感想しか、出てこない。
「そう」
「どこが!」
真逆の返事が、二人から返る。けれど端から見れば、蓮をだしにしてじゃれ合っているようだ。
弟の顔をしているディルクはとっつきにくさが消えて、妙に子どもっぽい印象を与える。拗ねた表情が、なんだか微笑ましかった。




