プロローグ
幾分か、規定の退勤時間を過ぎてから、ディルク・べーレンズは職場を後にする。昨年、王都にあるリントレオス学園の騎士科を卒業し、見習い期間を経て第三騎士団へ正式に配属された。
もうすぐ、二年目の夏を迎える。
入団試験を受ける際に、希望する所属を記載するところがあるけれど、第三騎士団に関しては、希望したところで、通らないことで有名だ。完全に実力主義、高位貴族の子息であっても容赦なく弾かれた。
だからディルクの元に入団許可通知と共に辞令が届いた時には、記載間違いではないかと疑い、もしくは、誰かが性質の悪い悪戯をしかけたのかと疑った。
けれどそれは正しく届いた通知で、ディルクの所属先は第三騎士団だった。それを喜んでばかりはいられない。第一王子が所属し、副団長の任についているせいでやっかみがある。正直言って、わずらわしい。人付き合いがそう得意ではないディルクはうまく受け流せずに、その点で苦労していた。
ただ第三騎士団は実力主義なだけあって、同僚には恵まれており、なんとかやっていけている。それでも学生時代とは異なる人間関係には、まだ少し慣れない。鍛錬も、遠征も、どんなにきつくても苦痛に感じることはないが、苦手な人との会話は苦痛で、疲れがあった。
見習時の強制入寮期間を経て、安易に、そのまま騎士寮に入らなくてよかったと最近よく感じる。常に誰かがそばにいるような環境は、必然と雑談が生まれた。
嫌なわけではないが、口下手なディルクではうまい返しなどできない。相手を――主に他の団に所属している人を不快にする可能性が高く、自身も気が休まらなかった。
――所属が違うと、顔と名前が一致するくらいだからね。
――あとは、爵位の有無。
相手を自分の価値観で勝手にラベリングして、知った気になっているから性質が悪いんだと、教育係の騎士は苦い顔をする。どこかでディルクが功績をあげれば、氷の騎士とか言って称えられるから心配すんな、とフォローするように背をたたかれたが嬉しくない。そんな名称で、呼ばれたくなかった。
(放っておいてくれねぇかなぁ)
先ほど、いつものように夕食を済ませてから帰宅しようと食堂へ向かい、苦手な男の顔を見かけ回れ右。そのまま、ディルクは帰路についていた。
すっかり日の落ちた道を、急ぐことなく歩く。城の敷地内ではないが、ディルクの借りている家は徒歩圏内で、王城で働く者が多く暮らしている、治安もいい地域だ。夜にふらりと気ままに出歩いても、危険はない。
吹き抜ける風が、ぬるくなっている。これからじわじわと上がっていく気温を思うとうんざりするが、明日は休みだ。道の先にある店の明かりに目に止め、何を買って帰るか思案していると、頭上から何か聞こえた気がした。
何気なく、視線を上げる。それと同時にぎょっとして、固めた思考を一瞬で動かし、ディルクは魔法で風を起こして腕を伸ばした。
どさり、と両腕に重みがかかる。どこかから落ちてきたのは、若い男だった。