ラブレターの幽霊 ~頑張る君へのエール~
わたしはこの学校で、〝ラブレターの幽霊〟と呼ばれている。
理由は、下駄箱の中や机の中に、こっそり手紙を入れるからだ。
何十年も前に誰かがわたしのことをそう呼んで、先輩から後輩へ伝わり続けるうちに定着してしまった。
わたしの手紙は〝Love〟じゃなくて〝Like〟を伝えるものだと思ってるんだけど、訂正しようとしても変わらなかったから、もう諦めちゃった。
夜、生徒も先生もみんな帰ったのを確認して回ってから、目当ての下駄箱を開ける。
あちこち絵の具がついて汚れた上履きの上に、書いてきたばかりの手紙をそっと乗せた。
使った紙は、宛先の女の子の机にあったルーズリーフを一枚だけ拝借したものだ。
人間だったら窃盗になるかもしれないけれど、わたしは幽霊だから捕まることはない。
それに、幽霊には便箋なんて買えないからね。ノートから一ページを拝借するくらい許してほしい。
『こんにちは。
君が毎日美術室に残って書いてた絵、すごく素敵だね。
空も海も澄んでいて、とっても綺麗。
絵の中の白い鳥はどこまで行くのかな。
ずっとずっと先まで飛んでいけそうで、わたしもあの鳥になりたくなったよ』
たったそれだけの短い手紙。
ただの感想だけど、どうしても伝えたかった。
この学校の敷地から出られず、いつも学内をうろうろしているわたしは知っている。
あの子が、毎日遅くまで一生懸命絵を描いていたこと。
何度も何度も描き直して、特に白い鳥の位置や羽根の向きを試行錯誤して、やっと仕上げた作品をコンクールに出したこと。
そのコンクールに落選して、今日は泣きながら帰ったこと。
全部知ってる。
ずっと見てたから。
コンクールは駄目だったかもしれないけど、わたしはあの絵が好きだよ。
どうかこの気持ちが、あの子に伝わりますように。
下駄箱を閉じて、念のためあたりを見回してみる。
うん、大丈夫。誰も見てない。
皆が帰ったのを確認してからここに来たから、学校内に人間がいないのはわかってるんだけど、幽霊仲間に見つかるのも恥ずかしいからね。
さて、今日の手紙は出し終わったし、朝まで星でも見ようかな。
(終)
カクヨムの自主企画「ラブレターをあげるお話、書いてみませんか?」参加作品。
絵でも小説でも、作品に対する感想って、読者から作者へのラブレターみたいだなって、時々思います。