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どうやら弟子のようです

 シャアァァァ……。


 温かい湯が出るシャワーを全身浴びる。一気に浴室内に湯気が充満した。


「気持ちいー」

「でしょ?」

「あ、温かいお湯浴びるの、に、二年ぶりです」

「え……」

「お、お父様が亡くなってからは、い、井戸のお水しか使えなくて」

「そ、そっかぁ。でも、これからは毎日温かいお湯使えるからねー」


 涙をグッとこらえて、あえて明るく会話を続けた。


「わぁ、いい香り」

「でしょ?この香りはグレイ様のお気に入りだよ」

「グレイの?」


 髪を洗い、体も隅々までキレイに磨き上げられた。

 すっかり汚れも落ち、湯船でのんびりのシェルリーだった。


「シェルリーちゃん、ゆっくりしていてね」

 

 メイメイは一度、浴室を出た。


「メイメイ終わったか?」

「はい。今湯船でゆっくりしています。シェルリーちゃん……。二年ぶりにお湯で洗ったそうです……」

「え……」

「普段は井戸の水を使っていたって……」


 そう報告しながら、涙をポロポロこぼしながらエプロンをギュッと握る。


「戻りました」


 そんな話をしていると、買い物に出ていた執事のアークが戻ってきた。


「早かったな」

「あれ?アークさんどこ行っていたんですか」

「グレイ様!こんな恥ずかしい思いをしたのは人生で初めてでございます!」


 ボンと両手に持っていた紙袋をテーブルの上に置いた。


「ご苦労」

「ご苦労じゃないですよ!店員の女性や他の女性客からは怪しまれるし」

「で?買えたのか?」

「はい、仰せの通り六歳ほどの女の子用のが欲しいと伝えました」


 メイメイが袋から出すと、女の子用の服やナイトドレス、そして下着もそろっていた。


「やるじゃないか、アーク」

「あら、可愛い。アークさんの好みですか?」

「店員の好みだ!」

「では早速、これとこれと、あとこれ。あ、少し髪も切りそろえておきました」


 そう言い残して、メイメイはシェルリーが待つ浴室へと戻っていった。

 すっかりと身支度も終え、長い髪をメイメイが乾かしているとグレイが入室してきた。


「これは見違えたな」


 金具が錆びついたような褐色に変色していた髪もすっかりと輝きを戻し、美しい金色へと変貌していた。浅黒く汚れていた肌も白くなり、唇も赤みが差していた。


 メイメイが切りそろえてくれたおかげで、前髪もすっきりして美しい緑の瞳もはっきりと見えた。


「あ、あの。こ、これグレイが買ってくれたって聞いて……。ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げる。


「うん、よく似合ってる」


 リボンとフリルがほどこされた水色のナイトドレスは可愛らしいシェルリーにとてもよく似合っていた。


「買いに行ってきたのは私ですけどね」


 ニュッと現れたアークに、ビクンと体をこわばらせたシェルリー。それに気付いたグレイはサッと扉を閉めた。


「気にしないでねー、シェルリーちゃん」


 メイメイは再び手を動かし、シェルリーの髪を拭き始める。


「シェルリー、君の髪をもっとキレイにしてあげる」


 そう言ってパチンと指を鳴らすと、キラキラと小さな光がシェルリーの頭上に降り注がれた。


「ふあぁー。いい香り」

「香油ですね。髪がツヤツヤになりますよー」


 パチン

 

 指を鳴らした瞬間、温かい風がシェルリーを包み長い金の髪がフワリとなびいた。


「あ……」

「魔法は便利ですね」


 驚くシェルリー、のんきなメイメイ。あっという間に長い髪も乾いてしまった。


 軽く食事も済ませ、ウトウトし始めたシェルリー。


「さぁ、お姫様は寝る時間だよ」


 二階にある部屋に案内された。


「こ、ここは?」

「シェルリーの部屋だよ。少し早いけど、もう寝た方がいいからね」

「わぁーすごい。こ、こんな、き、キレイなお部屋初めて見ました」


 緑の瞳を輝かせながら部屋の中を眺める。大きなベッドに小ぶりのソファーとテーブル。飾り細工のキレイなドレッサーにキャビネット。


 どれもみんなシェルリーにとっては驚きの連続だった。

 頭を優しく撫で、目線を同じ高さにする。


「おやすみ、シェルリー」

 

 チュッと頬にキスを落とした。


「あ……。お、おやすみなさい」

「シェルリーちゃん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 グレイとメイメイが部屋を出ると、先ほどグレイにキスをされた頬に手を当てる。顔が火照るのが分かった。


「なんだか夢みたい……」


 部屋の窓から外を眺めると、いつのまにかもう暗くなっており、銀色の月が鮮やかに輝いていた。


「明日には……、も、もうここにはいられないのかな……」


 そんなことを考えると、胸が締め付けられた。ぶんぶんと首を振り、ふーっと息を吐く。


「こ、これだけ幸せな思いをしたのよ。感謝しないとね。あ、明日にはここを出されても大丈夫。どこでも、ひ、一人でやっていけるようにしないと」


 うんうんと、自分で言い聞かせてる。声に出して、自分で自分に言い聞かせるのはシェルリーのクセだった。

 ちゃんと耳で聞かないと、口で言わないと心が折れそうになるからだ。


「す、すごい!絨毯もフカフカだわ」


 手でさすると、毛足が長くフカフカ感が気持ちよかった。色々あった一日だったが、今は体の痛みも消え、ほかほかと暖かい部屋にいるので一気に眠気が襲ってきた。


「おやすみなさい」


 シェルリーはうずくまるように、体を丸めて眠りについた。いつもより深くぐっすりと。



 鳥のさえずりが聞こえる天気の良い朝。

 

 コンコンコン


 扉をノックする音。


「シェルリーちゃん、おはよう。よく眠れた……かな……って⁈え⁈」


 部屋に入ったメイメイは目の前の光景に驚いて体が固まる。心臓が早鐘を打つ。


「シェルリーちゃん‼︎」

 

 絨毯に横たわるシェルリーに近づき、呼吸の確認をする。

 スー、スーと寝息が聞こえた。安心したせいか、体の力が抜けていく。


「よ、良かったぁ……。って、よくないじゃん!なんでこんな所で寝ているの⁈」

「んん……。あっ!メイメイ!ご、ごめんなさい!」


 目の前にメイメイがいることに気付き、シェルリーは慌てて起き正座して頭を下げた。


「なにやってるの、シェルリーちゃん……」

「ほ、日が昇ってから起きてしまい、も、申し訳ありませんでした!」

「え?え?日が昇ってから起きて?え?普通じゃない?え?」


 意味が分からず戸惑うメイメイ。


「え、いやそれよりなんでここで寝ているの?」

「あ……。も、申し訳ありませんでした。こ、こんな高級絨毯の上で寝てしまって……。床で眠らず申し訳ありません!」


 こんな意思疎通が全く取れてない二人の会話が続いていると、この屋敷の主で魔法使いのグレイ・マーモットが顔を出した。


「メイメイ何をやっている。シェルリーは起きたのか?って……、二人で何やってる?」


 部屋の中に入ると、シェルリーとメイメイが絨毯の上に座り込んで話をしていた。ただし、会話のキャッチボールは全く成り立っていない状態で。


「あー、グレイ様大変です!シェルリーちゃんが絨毯の上で寝ていました!」

「え⁈」


 驚くグレイに再びシェルリーは頭を下げ、謝罪をした。


「なんで謝るシェルリー」


 勿論グレイにも謝罪の意味が分からない。グイッと抱き上げベッドに移動し、座らせた。想像した以上にフカフカだった。


「どうしてシェルリーはベッドで寝なかったの?」

「え?」

「ん?ベッド使わなかったんだろ?シワ一つない。君がここに座ることすらしていなかったのは一目瞭然だ」

「あ……あの、そ、それは……」


 俯くシェルリー。


「大丈夫、怒らないから言って」


 優しく諭すグレイ。


「わ、私なんかが、こ、こんなステキなベッドに、ね、寝るわけにはいきません」

「どうして?ここは君が使っていい部屋だよ?」

「だ、だって、わ、私……、す、すぐに孤児院に行くんですよね?だから……、よ、汚すわけには……」


 グレイの瞳が戸惑う。こんな風に胸が苦しくなる会話を今までしたことがなかったからだ。


「なぜ……、孤児院に連れて行かれると思った?」

「お、お母様が……。屋敷をで、出たら、こ、孤児院に行くことになるって……」

「そう言われたの?」


 コクリと頷いた。


「あっ」


 シェルリーの小さな体はグレイの手によって持ち上げられ、膝の上に乗せられた。


「シェルリーごめんね」

 

 今度はグレイが謝ってきた。


「君にもっとちゃんと説明すれば良かったね。いいかいシェルリー。君はもうあの母親とは一緒には暮らさなくていい。でもだからと言って、孤児院にも行かない」


 よく分からないと言った様子で、小首を傾げる。その仕草が可愛らしかった。


「シェルリーはずっとオレの側で暮らすんだよ。アークもメイメイも一緒だ」

「え?」

「君はもうオレの弟子なんだ」

「で、弟子?」


 ますます頭が混乱する。


「オレは国王陛下に仕える王宮の魔法使いなんだ」

「お、王宮の、ま、魔法使い……?」


 そう、初めて会った時に手の傷を治してくれた時もグレイは魔法だよと言った。いまいちピンときていなかったが、どうやら本物の魔法使いらしい。


 しかも、王宮の魔法使い。無知なシェルリーでも分かる。王宮に勤める魔法士がどれだけ高位な存在なのかと。


 思わずグレイの頬を両手で挟むシェルリーだった。


「グレイが……、お、王宮の魔法使い様……」

「ククッ、そうだよ。驚いた?」


 うんうんと何度も頷くシェルリー。


「そして君がこのオレの弟子。つまり魔法使いの弟子だ」

「へ?わ、私が……ま、魔法使いの……弟子……」

「そうだよ。だからオレは君を立派な魔法使いに育てる為にこれから一緒に過ごすんだ」


 頬を挟んでいた細い手に、グレイの少し大きい手が重なる。


「い、一緒に?」

「そう、一緒に。ずっと一緒にいる」

「ずっと……?」

「うん、ずっと。シェルリーはずっとオレと一緒だ。離すつもりもない。いいね?」


 真っ直ぐな瞳で、ジッと見つめてくる。その真摯な眼差しがシェルリーの心に温もりを与えた。


 ギュッと端正な顔立ちの魔法使いにしがみつく。これが今、シェルリーにできる精一杯の感謝の気持ちの表現方法だった。


 グレイもそれに応えるように、シェルリーの細く壊れそうな背中をそっと抱きしめた。


「それじゃあお姫様、よく聞いて。この屋敷にいる間はここが君の部屋だよ。寝る時は必ずベッドの中で。絨毯の上で寝るのは禁止。勿論、硬い床もダメだよ。また体にアザができてしまうからね」


 グレイは気付いていた。体にできていたアザが叩かれたものだけでなく、どこか固い場所で寝ていた時にできたものも含まれていることに。


 黒く変色したアザは縦のラインでしっかりと刻まれていたのだ。


「少しずつでいいから、ゆっくり慣れていこう。いいね、シェルリー」

「は、はい」


 シェルリーに笑顔が戻ったことに安堵し、グレイは金色に輝く髪をかきあげ優しく撫でた。







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