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治癒の魔法

「グレイ様、代わりましょうか?」

「いや、このままで」


 ゴトゴトゴト……。


 マーモット家の豪華な馬車の中。グレイの膝の上にはグッタリとしたシェルリーが収まっていた。


 トワレ夫人の手から助け出してからずっと抱えたまま。シェルリーがいくらやせ細っているとは言え、若干十四才のグレイがずっと抱きかかえているのも負担になると思い、良かれと思ってメイドのメイメイは声をかけるが首を横に振られた。


「シェルリー、疲れただろ?もうすぐ屋敷に着くから我慢してくれ」

「はい」


 ようやくマーモット邸に到着したシェルリーは、再びこの屋敷に入れたことを喜んだ。もう二度と会うこともないと思っていたグレイ、アーク、メイメイにも会えたことだけでも感謝の気持ちでいっぱいだったのに。


 見上げると、美しいステンドガラスの窓が色鮮やかにシェルリーを出迎えてくれているような錯覚を覚えた。


 やっぱりキレイだわ。


「メイメイ、シェルリーに湯浴みを」

「はい、かしこまりましたグレイ様」

「もし……。もし少しでも異変を感じたらすぐにオレを呼べ。近くにいる。迷うな」

「はい。仰せの通りに」


 メイメイは丁寧に頭を下げて、シェルリーの手を繋ぎ浴室へと向かった。


 クンクン。思わず自分の服の匂いを嗅ぐシェルリー。確かに匂う。ちゃんと湯浴みをしたのは二年前だった。


 父が亡くなった後は浴室を使うこと禁じられていたので、普段は井戸の水をかぶったり、寒い日はお湯で温めた布で体を拭いていたのだ。


 髪もバケツに水を入れて洗っていたので、美しかった金の髪もパサパサになり、今では錆びついた金具のような色に変色してしまっていた。


「はい、じゃあシェルリーちゃん。服を脱いでね」

「は、はい」


 人前で脱ぐのは初めてだったので、少し戸惑いつつも言われた通りに破れたワンピースを脱いでいった。


「ひっ」


 メイメイが息を呑む。


「しぇ、シェルリーちゃん……。ちょっと……、これで前を隠していてね……」

「は、はい」


 言われるがまま、タオルで前を隠す。背中は丸見えだった。今はメイメイに言われた通りに下着も全て脱ぎ、全裸の状態だった。


「ぐ、グレイ様!グレイ様!」

 

 メイメイが扉の外に向かって大声で主を呼ぶ。すぐにグレイが扉を開け中を除いた。


「⁈」


 小さな痩せ細ったシェルリーの背中にはいくつものムチで打たれた傷が痛々しくあった。足にもアザが。腕にも無数のアザと傷。


「なんて……ことを……」


 後から来たアークも、思わず目を背けたくなる光景に驚愕した。

 いくつかはまだ新しい傷だった。


「シェルリー、少し体に触れるよ」

「え?」


 グレイの言葉に驚いて振り向いた。タオルで前を隠してはいたが、首の下、横から見える腹部にもアザは確認できた。


「あ……」


 キレイな青い瞳が自分の体を見ていることに気付き、慌てて前を見た。


「触るよ」

「は、はい」


 グレイは膝をつき、シェルリーの背中にそっと手を当てた。


「ん……」


 初めて触れられた手の温もりを、直に感じた。

 手を触れたところが光、傷が消えていく。


 温かい……。背中の痛みも消えてきている……。


 シェルリーは不思議な感覚を背中に感じていた。見えないので一体何が起きているかも分からない。


 この温かい感覚は初めてこの屋敷に訪れた時、グレイに手を握られた時と同じだった。光が放たれ、傷だらけだった手がすっかり癒えたのだ。


 結局、そのあとまた傷だらけになってしまったので、シェルリーは申し訳なく思っていた。


 そして今、再び同じ感覚を背中に受けていた。

 次に腕、足と次々に傷は癒えていった。


「次は……」


 言葉を飲み込む.

 

「アーク、お前は出てろ」

「かしこまりました」


 アークがいなくなったことを確認し、シェルリーに自分の方へ向くように声をかけた。


「あ、あの……」


 恥ずかしながら前を向くシェルリー。


「大丈夫。すぐ終わるから」

「はい……」

「少しタオルをずらすよ」


 そっと下におろし、胸のぎりぎりまで確認する。しっかりとアザができていた。それにムチの傷痕も。


 思わず顔を歪める。

 その表情に気づいたシェルリーは、申し訳なさそうに謝った。


「ご、ごめんなさい……」

「なぜ謝る」

「だ、だって……。き、汚いもの見せてしまっているので……」

「誰かに言われた?」

「お、お母様と妹に……。み、水浴びをしていたら……。き、汚いから……、外でやりなさいって……」


 メイメイの瞳から涙が次々と流れる。嗚咽まで始まった。


「メイメイ……。気が散る。下がってろ」

「だ、ダメですー。それはできません。こんな可愛らしいご令嬢とケダモノを二人きりにはできませんー」

「誰がケダモノだ」

「だってー。シェルリーちゃん今は裸なんですよ」

「メイメイ、首にするぞ」


 そう言いつつも、グレイは次々にシェルリーの傷を治していった。


「シェルリー、そ、そのタオルを外してもいいか」

「へ?」


 下腹部が気になった。ここまで全身にアザや傷があるなら、ほぼ確実に下腹部にもあるだろう。

 今のうちに治しておかないと大変なことになる。恥ずかしがっている場合ではなかった。


 まだこんなに小さな女の子なのだ。お互い照れることはない。


 そう自分に言い聞かせ、グレイは迷っているシェルリーを膝の上に乗せた。


「ふぁ」

「ごめんね、シェルリー。責任はしっかり取るから安心して」

「え?」

 

 そう言って、グレイはシェルリーが押さえていたタオルをはぎ取った。


「きゃっ」

「くっ」


 案の定、下腹部には大きなアザが無数に広がっていた。


「すぐに治すから」


 手を当て、癒しの魔法ですーっとアザを消した。少し長めに光を当てる。


「グレイ様?触りすぎじゃありませんか?」


 心配になって、メイメイがまたもや口を出してきた。キッと再度睨みつける。


「中で出血を起こしている。全て治さないと、子が産めなくなる」

「え……」


 メイメイが心配そうにシェルリーの下腹部を見つめた。


「んん……」

「よし、もう少しだからな」


 癒しの魔法は高位魔法のため、かなりの集中力が必要になる。使いすぎると魔力切れになるのでよっぽどではない限り使う事はない。


「ん……んん……。グレイ……」


 うっすらと緑の瞳が潤み、頬に赤みがさしてきた。


「シェルリー、オレを感じる?そう、いい子だ。もっと。そう、もっと感じて……」

「グレイ……」


 シェルリーがグレイの服を握ってきた。顔は紅潮し、息も荒くなってきた。


「うん。良かった。これでもう大丈夫だよ、シェルリー」


 グッタリしたシェルリーを抱き直し、はぎ取ったタオルで覆い隠した。


「さ、メイメイ。待たせたな。シェルリーに湯浴みを」

「はい、グレイ様」

「さっきの言葉は忘れないぞ」

「だ、だってー。女の子のあんなところずっと触ってたから」

「メイメイ」

「ひっ。違いました。手をかざして治療なさってたからの間違いです」

「最初に言っただろ。責任はちゃんと取るって」


 そう言い残し、浴室を出ていった。


「アーク」

「はい、グレイ様」

「すぐに、シェルリーのサイズに合う服や下着を買ってこい」

「はい。え?下着もでございますか?」

「お前はバカか?下着を着けない貴族令嬢がどこにいる?お前だって履いてるだろ」

「ですがー。その、女児の下着をメイメイではなく、私目が買いに行くのでございますか?」


 自分で自分に指差す。


「メイメイは今、シェルリーの湯浴みの手伝いをしている。ん?お前、メイメイと変わりたいのか?」


 ギッと睨む目は鋭く、十四歳の少年とは思えない迫力があった。


「め、滅相もございません。えっと、サイズがよく分かりませんが……」

「店の者に6歳くらいの女の子と言えば用意してくれるだろう。とりあえず、数枚で良い。服も少量でいい。シェルリーが落ち着いたら一緒に買いに行くからな」


 なんだか楽しげな表情の主とは反対に、気が重い執事はなくなく馬を走らせ店が集まる街へと向かったのだった。


 

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