長女と次女
ジバンシー夫人は普段は王都で生活をしている。夫であるジバンシー伯爵が国王陛下の宰相であるからだ。時折、時期をみて別邸があるこの地にやってくる。
ジバンシー夫人のお茶会に誘われることがステータスになっているので、招待状を受け取った貴族は皆鼻高々だった。
今回のお茶会は数年ぶりの開催となった。
「ねぇ、お母様どうかしら?」
「まぁ、可愛らしいわ、ブロッサム」
「一時は間に合わなかったらどうしようかと思っていたけど。今回はお姉様を褒めてあげるわ」
フフンと鼻で笑いながら、シェルリー手作りのドレスをまとってクルクルと回ってみたり、裾を摘んでカーテシィを披露した。
ドレスが買えないなら、リメイクして王都で人気のデザインを真似て作るように命じられたシェルリー。寝る間も惜しんでコツコツと縫い上げたのだった。
細かい刺繍も丁寧に一針一針縫った。所々のビジューもシェルリーが幼い時に着ていたドレスからほどいたものだ。
食べ物もほとんど与えられず、ドレス作り、食事の準備、部屋の掃除、庭の手入れ、弟の世話を全てこなした一ヶ月となったので、シェルリーの気力ももう限界にきていた。
微笑むこともできないほど筋肉も削ぎ落とされていたのだ。
「じゃあ、シェルリー行ってくるから、しっかり弟の面倒をみているんだよ」
そう言い残し、母と妹はドレスを身にまとってジバンシー夫人の屋敷へと向かった。ポツンと屋敷に置いて行かれたシェルリーは、幼い弟に食事を与えてから散歩に連れ出し、戻ってからは本の読み聞かせをし昼寝をさせた。
一緒に寝たいが、母達が戻って来るまでにやらなくてはいけない仕事が山のようにある。でも、もう体が動かない。
「はぁ……。私……もう、死ぬのかな……」
思わず弱気になる。
「もう一度会いたかったな……。グレイ、メイメイ、アーク……」
もう枯れ果てたと思っていた涙が一粒、頬へと流れていった。
*
色とりどりのドレスをまとった貴族が集まってきた。お互い最新ドレスに身を包み、マウントの取り合いだ。
その中にはブロッサムのように小さな令嬢、令息の姿も多くあった。
「お母様、もしかしたら今日私の婚約者になる方も見つかるかも」
そんな淡い期待を胸に、初めての貴族のお茶会に出席したブロッサム。周りは見目麗しい令息も大勢参加していた。その中で一際目立っていたのが、スラリとしたシルバーの髪が美しい少年だった。
「お母様、あの方なんておキレイなんでしょう」
「おやまぁ、ブロッサム。あの方を気に入ったのかい?」
少年は裾が長く後ろにプリーツが施された黒のスーツ姿に、大きな黒の宝石を身につけていた。
当然のように、周りの令嬢もチラチラと美しい少年を見ながら話をしていた。誰もが彼を狙っているようだった。
少年の周りにはひっきりなしに挨拶にやって来る貴族達でなかなか近づけない。
「お母様!」
しびれを切らしたブロッサムが母に訴える。
「お待ち。今ジバンシー夫人に言って紹介してもらうからね」
母は妹ブロッサムには甘かった。ブロッサムも癇癪を起こせば、母がなんでも言うことを聞いてくれることを理解していたので、そのわがままぶりは加速する一方だった。
「本日はお招きありがとう存じます。これは娘のブロッサムです。ブロッサム、ご挨拶を」
「はじめまして、トワレ伯爵家次女のブロッサムでございます。お目にかかれて光栄でございます」
貴族令嬢らしくドレスの裾を摘みカーテシィを披露した。慣れていないので、少しぶれる。
「あら、ブロッサム。今日のドレスはとってもステキね。王都でも流行のデザインだけど、それ以上に素晴らしいわ。どちらで購入したのかしら」
褒められて嬉しいはずだが、痛いところをつかれた。購入ではなく、姉がリメイクしましたとは言えない。
「え、えっと、知り合いの作り手にオーダーメイドしましたの。オホホホホ……」
母がうまくかわした。
「ところで、ブロッサムあなたは次女なのね?で?本日長女はどうしたのかしら?」
高価な奥義をヒラヒラさせながらジバンシー夫人は聞いてきた。
「えっと、ですね。本日長女は事情がありまして、欠席を。その……、我が家にはまだ幼い息子がおりまして。長女は弟の世話をしたいと言いはりまして……」
オホホホホと、笑って逃れようとするトワレ伯爵夫人に一人の少年が声をかけてきた。
「それは心優しいお嬢様ですね、トワレ伯爵夫人」
「え?あ……」
振り向くと、そこには先程からブロッサムが話をしたいと言っていたシルバーの髪の少年が立っていた。美しい顔立ちはまるで絵画の天使のようだった。
「突然申し訳ありません。僕はグレイ・マーモットです」
「は、はじめまして!私はトワレ伯爵家の次女ブロッサムでございます!」
嬉しさのあまりテンションマックスになったブロッサムは、勢いよく自己紹介をした。
ニコリと微笑むグレイ。処世術は心得ている。
「トワレ夫人。先程ジバンシー夫人とお話ししていた長女の方ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「え……。あの子の名前?ど、どうしてでしょうか……」
グレイの質問にいぶかしむ母。
「お茶会を欠席してまで弟の面倒をみるなんて。とても心が美しい方なんですね。きっとあなたの育て方が素晴らしいからでしょう」
「ま、まぁ。そうですわね。あの子はとても弟思いの優しい娘なんですのよ。オホホホホ」
「で?彼女のお名前は?」
グレイが詰め寄る。
「シェルリーよ」
答えたのは妹ブロッサムだった。
「シェルリー」
「あ、あのシェルリーがなにか……」
「いえ、お心だけでなくお名前もお美しいので驚きました」
「そうですか……」
これ以上シェルリーの名前を出したくない母は、さりげなくその場を離れようと試みるが、グレイはそれを許さなかった。
「トワレ夫人。僕はどうやらそのご長女のシェルリーさんを気に入ってしまったようで、お会いしてみたくなりました。できれば明日にでも、トワレ伯爵邸に伺ってもよろしいですか?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「そ、その、シェルリーは人見知りが激しい子でして。それに、あの幼い頃ケガをして顔に傷があるんですよ」
なんとしてでもシェルリーから興味を無くそうとウソを並べてみたが、勿論、グレイ・マーモットには通用にない。
「んー。僕見た目は気にしないですよ。肝心なのは心の美しさですからね。では、明日伺いますね」
そう一方的に言い放ち、グレイはトワレ伯爵夫人とブロッサムの前から消えた。
「もう!なんでお母様はお姉様なんか褒めるのよ!グレイ様がここにいないお姉様に興味持ち始めたじゃない!」
頬を膨らませて怒り出すブロッサムだった。
「まずいわ……」
「なに?お母様?」
「明日、グレイ様がうちに来ちゃう……」
「私、明日こそグレイ様とたくさんお話しして婚約者にしてもらうわ!」
呑気なブロッサムは嬉しそうに目を輝かせて、他の貴族令嬢、令息と話をしているグレイを見つめていた。
「なにバカなこと言ってるの!グレイ様がうちに来たらシェルリーのことがバレるじゃない!」
「あ……」
みすぼらしい姿の長女。見られるわけにはいかなかった。
「ブロッサム、すぐにうちに帰るわよ」
「え?もう?」
「シェルリーをなんとかしないと……」
今の母には、ボロボロの長女シェルリーを他の貴族には絶対に見られることだけは避けたかった。
チラリとグレイ・マーモットの様子を確認したトワレ伯爵夫人は次女ブロッサムを連れて、ジバンシー夫人の邸宅を抜け出した。
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