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二人だけの話


「グスッ…‥、グスッ……」


 いつまでたっても泣き止まないシェルリーに、グレイはずっと抱きしめ続けていた。

 ここはグレイの寝室。執事のアークもメイドのメイメイもいない。もちろん、聖霊の宿った黒ネコのフィーも入れてはいない。二人きりの空間だ。

 最初はアークもメイメイも心配し、せめてフィーだけでも入れてはと進言するが幼さが残る主は一切聞き入れてはくれなかった。


「グレイ様、信じていますからね!」

「グレイ様、決して我を忘れてはいけませんよ」


 執事からもメイドからも信頼は薄い。

 手をヒラヒラとさせながら面倒くさそうにあしらい、自分の寝室に入ったのだった。


「ねぇ、シェルリー。君と初めて会った日のことオレは今でも覚えているよ」


 急に以前のことを話し始めたグレイに嗚咽を少し我慢する。


「傷だらけの小さな君がアークとメイメイに連れられて、あの屋敷にやって来たこと。初めは少し面倒だった……」


 その言葉にビクリと体が反応する。もちろん、グレイはすぐに気づき少し強めに抱きしめた。


「ごめん。でも、あの日、君を一人帰してしまったことをずっと後悔していたんだ。もっと早く助けて

 出してあげられればって今でも後悔の念は捨てられないでいる」

「グレイ」


 プニッとシェルリーのぷっくりとした唇を指でつつき、少し困った顔で話を続ける。


「オレは……、人を信じない……から。人魚の歌で眠らされている時に夢を見た。昔の……。あれは本当のできごとだ。シェルリーはオレの夢の中に入ったって言っていたけど、オレの夢を見た?」


 その質問にはフルフルと首を左右に振った。


「わ……、私が入った時は……、ぐ、グレイは、ひ、一人で立って、い、いたわ」

「そうか」


 泣いていたからか、それとも前の辛い生活を思い出したのか。シェルリーの言葉は以前のように、言葉が詰まるようになってしまった。


「聞いてシェルリー、君に本当のオレを知ってもらいたい。たとえそれで君に嫌われたとしても……」

「え……」


 胸に顔をうずめていたが、グレイの言葉に弾かれ顔をあげる。緑色の瞳に映る魔法使いは少し悲しげな表情をしていた。


「オレはマーモット公爵家の長男として生まれた。母も魔力持ちでオレも少ないながら魔力を持って生まれた」


 類い稀な魔力の持ち主グレイ・マーモット。その彼が少ない魔力で生まれたことにシェルリーは驚く。


「オレの両親はあまり仲がよくなかった。まぁ、父は少なからず母を愛してはいたみたいだけど、母はそうじゃなかった。理由は父が美しすぎるから……だってさ。自分よりも目立つ父を疎ましく思っていたんだ。だから……」


 そこで一度言葉を区切った。

 美しすぎる父。なるほど、グレイの容姿は恐らく父親譲りなのだろう。

 初めてグレイを見た時、お姫様のようだと感じたことをシェルリーは思い出す。


「グレイ?」


 グレイはそっとシェルリーの頬に触れる。柔らかく温かい。以前よりも肉もつき感触もよい。


「母には他に男がいたんだ。まぁ、それは……仕方がない。でも、死んだ愛人を生き返らせるために父を殺したのは許せなかった」

「え……」


 緑色の大きな瞳がさらに開く。


「オレの母はね、黒魔術に手を出したんだ。決してやってはいけない黒魔術に。魔力のある者にとっては魅惑的な存在だ。死者をも生き返らせることができる術を有しているからね。でも、黒魔術には裏がある。それが等価交換だ」

「とうか……こうかん?」

「そう、等価交換。同じだけの代償を払わないといけない」


 ウェーブかかった金色の髪を撫でる。グレイの指が耳に触れると少しくすぐったさを感じ、肩を窄めた。


「黒魔術には悪魔が絡んでいるから」

「悪魔?」

「そう。奴らは目に見えない。心の奥底に現れてそっと近づき、獲物を物色する。母は……、奴らの誘いに乗ってしまったんだ。黒魔術を成功させるために、父の両目を差し出した」

「りょう……め……を……」


 うまく呑み込めない。グレイの言っている意味がシェルリーの頭では追いつかなかった。


「父の瞳はアメジストのような美しい紫色だった。母が言うにはその瞳に映った令嬢は皆、父に恋をしてしまうらしい」


 クスリと笑うグレイ。

 グレイの瞳は青色だ。これは母親譲りなのだろうか。その時ふとシェルリーは思った。

 自分は一体誰に似ているのだろうか……と。


「悪魔の手助けによって生き返りの魔法陣を作った。そして……。オレを生贄にしたんだ」

「⁈」


 声が出なかった。親に虐げられていたのは自分だけではなかった。シェルリーを助けてくれたグレイも同じく心に深い傷を負っていたのだ。

 手を伸ばし、今度はシェルリーがグレイの髪に触れる。柔らかく、艶やかな髪。

 何度も髪を撫でたり、頬や首筋に触れた。体温を感じる。

 それがシェルリーにとって安心につながった。


「フフ……、大丈夫だよシェルリー。オレはちゃんと生きているから」


 両手でシェルリーの手を掴む。


「魔法陣が発動したけど、そのお陰で眠っていた魔力が目覚めてね。母は黒魔術に失敗して等価交換で自分の命を失った。で、今のオレがいる。あの日以来、誰も信じることはなかった。唯一信じていた従者にも実は裏切られていたことを知ってね。それからずっと一人で生きてきたんだ。家には戻らず、あちこちを旅したよ。その時にアークと出会ったんだ」


 日常を話すように父親の死と母親の死について話す。そしてグレイからアークについての話を聞くのは初めてだった。


「一人で魔法を訓練しながらあちこち渡り歩いていた時に、アークに出会ったんだ。アークはあの時、男爵家の三男でね。少し……、いや、かなり生意気なヤツだったな」


 意外だった。普段、生真面目なあのアークが生意気な時期があったとは。いつもメガネを指でクイっと上げている姿が目に浮かぶ。


 

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