銀色の月
少し残酷な描写があります。
「シェルリー!シェルリー!ったく、あの子はどこ行ったんだい」
「お母様、私のドレスどうするの?」
「え⁈ドレス⁈」
「そうよ。言ったじゃないお母様。今度のお茶会には新しいドレスが着たいって」
「あぁ、ブロッサム。可愛いあなたのためでも……。こればっかりは」
「えぇ⁈」
王都から来る貴族主催のお茶会に招待されたトワレ伯爵令嬢ブロッサムは、初めての参加となる。せっかくのお披露目会なのに、貧乏なせいで新しいドレスすら買ってもらえず、イライラが募る。
「これもあのシェルリーがちゃんと稼がないから悪いのよ!」
ブロッサムの声で幼い弟が泣き出した。
「あー!もうなんで泣くのよ!」
「シェルリーはどこに行ったんだい!」
母も妹も、そして弟さえ騒ぎ出したトワレ伯爵邸。何も知らないシェルリーは野草の他、包んでもらったお菓子を持って帰宅した。
「シェルリー‼︎」
母の怒声とともに鞭が振り降ろされた。
目を覚ました時はすでに真っ暗な夜になっていた。冷たい風が小さな体を通り過ぎていく。
「うっ……んん……」
体中が痛い。手を。まず手を動かしてみよう……。大丈夫。指は動く。腕は?ダメだ……、動かない。
次は首。これは大丈夫。足は……。
ゆっくりと膝を曲げてみる。
「大丈夫、大丈夫……」
声に出して自分に言い聞かせた。自分の声で少し安心したようで、腕の感覚も戻ってきた。
「んん……」
力を振り絞って、なんとか起き上がれた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸を整える。痛みがあると言うことは生きている証。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
呪文のようにひたすら唱えた。割れた窓からは綺麗な月が見えていた。もうすぐ満月になりそうだ。
「わぁ、キレイなお月様。ま、まるでグレイの髪の色みたいにキラキラ輝いてる……」
今日のできごとは、シェルリーにとって一生分の幸せがやってきたのだと納得した。どんなに辛いことがあっても、あの楽しい幸せな時間を思い出せば頑張れる。
「ありがとうグレイ、メイメイ、アーク」
*
「んー。今日も来ないですねー」
「何かあったんですかね」
メイメイは毎日シェルリーのためにお菓子を用意していた。アークは毎日シェルリーのためにキレイな花を飾っていた。
シェルリーが初めてこの屋敷にやって来た日のことを二人は思い出していた。
庭で小さな畑の間引きをしようとしていた時、急に後ろから大きめな帽子を被った子どもが声をかけてきた。
「す、捨てるなら、そ、その野菜ください!」
必死な様子。服はボロボロで靴にも穴があいていた。擦り切れた手は所々、血がにじみ出ていた。
お腹が空いているようだったので、部屋でお菓子でも食べて行くように誘ってみた。嬉しそうに、美味しそうに食べる姿が可愛らしかった。
一番驚いたことは、てっきり男の子だと思っていたらその子は女の子だったことだ。気付いたのは主であるグレイ・マーモット。
あまり深くは事情を詮索しなかったが、いつでもまた来るようにと話し、シェルリーはマーモット邸を後にした。
しかし、これが最初で最後となってしまったようでシェルリーは再びこの屋敷にやってくることはなかった。
「アーク、メイメイ」
「はい、グレイ様」
「あの子……。シェルリーをどう思った?」
「え?どうって何ですか?グレイ様」
シェルリーは主の質問の意図が分からず小首を傾げた。
「見た目はボロボロだったが……。おそらくどこかの貴族令嬢だろう……」
グレイは考え込むようにアゴに手を当てシェルリーのことを思い出していた。
「き、貴族令嬢⁈」
グレイの言葉にメイメイが驚く。
「確かに……。所作が美しく、食べ方も上品でしたね」
アークが納得する。
「あぁ。それに、紅茶の飲み方。しっかりとソーサーを持ってからカップを手にしていた。貴族の嗜みだ」
「あ……、そう言われてみれば……。見慣れていたから当たり前と思ってましたけど……。じゃあ、シェルリーちゃんは……」
「間違いない。どこかの令嬢だ」
三人は揃って頷く。
「でも、どうして貴族の令嬢があのような姿を……」
「かなり困窮しているどこかの貴族だろう……。娘を使用人以下の扱いさせて……」
「グレイ様、シェルリーちゃん大丈夫ですかね……。もうあれから一ヶ月も姿が見えません……」
メイメイの言葉が重く突き刺さる。
「グレイ様」
アークは何か訴えてくる目でグレイの青い瞳をジッと見つめてきた。
「分かった……。来週のジバンシー夫人のお茶会に出席する。確か、このあたりの貴族に招待状を配ったと聞いているから、何か情報が掴めるかもしれない」
「はい!早速、グレイ様の衣装用意いたしますね」
メイメイは元気よく返事をし、笑顔で部屋を出て行った。
「では、私はジバンシー夫人に出席の返事をお伝えしに行ってまいります」
アークが部屋を出ようとした時、グレイは呼び止めた。
「アーク。ジバンシー夫人には出席するが条件があると伝えろ。このオレが直々にお茶会に出席するんだ。それなりのギブアンドテイクがないとな」
ニヤリと笑う姿はとても十四歳の少年の姿には見えなかった。