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ドラゴンの谷 2

 黒ネコのぬいぐるみは、ずぶ濡れになった自分の体をモフモフの手で器用にギュッと絞る。ビチョチョーと、絞った体からは水が滴ってきた。


 最後にブルブルと黒い毛に覆われた体を振るう。おそらく中に詰められている綿までは乾いていないであろう。


「あ、あの、ラルク。魔法でフィーを乾かしてもらっていい?」

「あぁ……」


 一生懸命に自分で自分を絞っている様子を一部始終見守っていた二人。少し重そうに歩き始めたフィーを見て、思わずシェルリーはラルクにお願いをしたのだった。


 指をクロスさせると、ふわりと温かい風が吹き黒ネコのぬいぐるみを包む。あっという間にフサフサのぬいぐるみ姿に戻った。


「お前達……。ロック鳥を捕まえに来たのか……」

「え?ロック鳥?」


 それまで無言で立っていたドワーフが急にしゃべり始めた。


「ロック鳥がここにいるのか?」

「……いる、いや……いない……」

「どっちなんだよ!」


 ラルクがドワーフに詰め寄る。一歩、ニ歩と後退する。


「ラルク、そんなに強く言ったらダメ。怖がっちゃうわ」


 すかさずシェルリーがラルクの服を引っ張り止めに入る。そして、ずんぐりむっくりしたドワーフと目線が合うように、少し身を屈めた。長いヒゲが特徴的だ。


「私はシェルリー。魔法使いの弟子です。私達は、ドラゴンの谷に行きたいの」

「ドラゴンの谷?何をしに?」

「ドラゴンに会って、虹の花を分けてもらいに」

「虹の花?あれはまだまだ咲かない。行ってもムダだ」

「大丈夫。私、少しなら魔法が使えるから」


 そう言って、ニコリと微笑む。ドワーフの顔が赤らんだ。


「おい、それよりもどうしてオレ達がロック鳥を捕まえに来たと思ったんだ?」

「それは……。ここ最近、ロック鳥のヒナが盗まれた。人間が今も他のヒナを狙っている」

「え……」

「だから森が怒っている。いきなり滝が破裂したり、山が噴火したり、竜巻が起きたり……」

「そうか……。だから、さっきも急に滝の勢いが強くなって川が氾濫したのか……」



 ラルクは顎に手を置き考える。シェルリーはその間、興味深々にドワーフの周りをぐるっと歩きながら観察する。


「あ、あの……。お嬢さん?」


 シェルリーの緑の瞳がらんらんと輝く。


「可愛い!ドワーフって可愛いわ!」

「へ?」

「はい?」


 ドワーフもラルクも驚く。まさか、こんなずんぐりした体型のおじさんに向かって可愛いとは……。

 ラルクは側にグレイがいなくて良かったと心から安堵するのであった。


「シェルリー、ドワーフはこう見えてとても力が強いんだよ」

「まぁ!そうなの!すごいです!」


 テヘヘと照れるドワーフ。


「ドラゴンの谷に行きたいなら、こっちが近道だ」

「え?教えてくれるの?」

「あぁ。ただし条件がある」

「条件?」


 シェルリーはいつものクセで小首を傾げた。


「密猟者からロック鳥の卵を取り返してほしい」

「ロック鳥の卵⁈」

「あやつらは、ヒナだけじゃなく卵も奪っていったのだ!これ以上、森を怒らせない為にも、卵を取り返してくれ!」

「で、でも。その人達はどこに?」


 あてもなくこの広い森の中で探し出すことなど、できるだろうか。それだけ、ドラゴンの谷へはいつまで経ってもたどり着けなくなってしまう。


「分かっている。あそこだ」


 ドワーフが指を指す方向にシェルリーとラルクが視線を合わせる。すると、そこにはものすごい絶壁の崖が聳え立っているではないか。


 その崖の途中に窪みらしきものが見えた。


「え?もしかして崖の途中の穴のこと言ってる?」


 ラルクが穴をジッと見る。


「あぁ。密猟者はあそこからロック鳥の巣に行き、卵を持って、またあの穴の中に消えた」

「えっとー。ドワーフさん。どうやったらあそこまで行けるのかしら」

「よじ登るか空を飛ぶ」

「え?」

「はい?」


 シェルリーとラルクは同時に声を上げ、崖を見ながら口を開けっぱなし状態になる。


「えっと……。ラルクは空飛べるの?」

「……。」


 いくら魔法がつけると言っても万能ではない。

 

「グレイ様だって飛べないからな」


 自分だけできないと思われるのも癪なので、あえてグレイの名を出してみた。


「よじ登れる?」

「……。」


 ものすごい絶壁だ。しかもどうやら突風も吹き荒れているようだった。

 密猟者は一体どうやってロック鳥の卵を手に入れたのだろう。その疑問に気付いたのか、ドワーフはこう言った。


「あいつらはゴブリンを使ってロック鳥の卵を奪った。ゴブリンは普段人には使役されない。だが、今回はなぜか密猟者の手伝いをしている」

「まさか、あのゴブリン⁈」


 よりによって、シェルリーに一番会わせてはいけない種族が絡んでいた。

 

 そして、シェルリーにとってはまたもや知らないワードが出てきたのだ。ドワーフに次いで、ゴブリンとは。


 クイクイとラルクの服を引っ張り、緑色の大きな瞳で見上げる。

 あまりの可愛らしさで思わず抱きしめたくなるが、ここは我慢。コホンと一つ咳払いをして、気持ちを落ち着かせる。


「ゴブリンは耳が尖っていて、背もドワーフよりもっと小柄。普段は洞窟に住んでいて、人間嫌いなんだ。ドワーフと違って凶暴性がある」


 うんうんと頷きながらドワーフが付け足す。


「ゴブリンはあの崖のあちこちに洞穴を作って暮らしている。だから、ロック鳥の巣にも簡単に行けるんだ」

「そうなのね……。ドワーフさんは崖の洞穴の道は知らないの?」

「知らない。ゴブリンは我々ドワーフとも友好関係とは言えない。普段はお互い干渉しないで生活している」


 しばし、ラルクは考える。ドラゴンの谷に行きたいが、肝心の案内人ハルとも離れ離れになってしまった。頼みの綱のグレイもいない。


 かと言って、この広く危険溢れる森の中で闇雲に仲間を探し続けるのも危険だ。


 ここは、素直にドラゴンの谷を目指して、その途中または現地で皆と落ち合うのが得策だと王宮騎士のラルクは考えに至った。


「やはり、ロック鳥の卵を取り返してドワーフにドラゴンの谷まで案内してもらうのがいいだろう」

「でも、ラルク。どうやってあそこまで行くの?」


 そう。まずはこの絶壁をクリアしなければならない。


「空を飛べたらな……」

「鳥じゃないとムリよ」

「鳥か……。鳥。鳥の羽……。翼……」


 ラルクが弾けたように、シェルリーの細い肩を急に掴んだ。


「きゃっ」

「シェルリー!そうだ!翼だよ‼︎」

「え?ラルク?」

「ほら!ルルカ様からもらったキャンディ!」

「あ……」


 そうだ。誕生日のプレゼントとして、一級魔法士ルルカにもらった小瓶に入った魔法のキャンディ。ルルカはこの危険な旅に必ず必要になると言っていた。


「これ!」

 

 シェルリーがポーチから小瓶を出す。色とりどりの小粒のキャンディが詰まっている。


「えっと……、翼は確か……、黄色?」


 そう言って、黄色のキャンディを瓶から摘む。


「まずはオレから」

「あっ」


 そう言うと、シェルリーの指にあったキャンディをパクリと口に含んだ。自然な流れだったので、ラルクも何も意図していなかったようだ。

 しかし、そのままシェルリーの指も一緒に口に入ってしまったので、真っ赤になったシェルリーの顔に気付き釣られて自分も赤面する。


「あ……、ごめん……」


 なんとなく気まずい空気が流れたが、キャンディの効力ですぐに一変した。


「う……。背中が熱い……」

「ラルク⁈」


 背中を丸めてうずくまるラルク。

 バサァっと、その背中には大きな白い翼が広がったのだ。


「わぁぁ‼︎すごい!」

「ほー、これはこれは見事な羽ですなー」


 ドワーフも感心する。


「シェルリー」

「はい」


 シェルリーはもう一つ黄色のキャンディを取り出し、自分の小さな口にコロンと入れた。


「ん……、んん」

 

 細く小さな背中が疼く。すると、ラルクと同じくバサァっと真っ白な羽が広がった。シェルリーサイズで、小さめの翼。


「なんと。まるで天使様だ……」


 シェルリーの長い金色の髪と相まって、まるで大地に天使が舞い降りたような姿だった。


「すげー……」


 おもわず、ラルクも見惚れる。

 そんな二人をよそに、シェルリーは背中に生えた翼をふよふよと動かして飛ぶ練習をしていた。


「よし、それじゃあ行くぞ、シェルリー」

「はい」


 飛び立つ瞬間、黒ネコのフィーがピョンとジャンプし、シェルリーの肩に捕まった。


「お気をつけて!」


 手を振るドワーフがだんだんと小さくなっていく。


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